Works 193号 特集 採用のジレンマ
スキルの陳腐化が加速するAI時代、採用基準は「リスキリングし続ける人」に。そのとき企業と大学は
生成AIの進化は、私たちが働く世界を大きく変えようとしている。知識やスキルの陳腐化のスピードは加速度的に上がり、人々に何より求められるのは「学び続ける力」となる。採用は同時に、リスキリングの始まりということだ。大学と企業、そして個人がどのように「学びの循環」を作るのか。DXの先端を走る大阪大学教授の鎗水徹氏と、リスキリングの第一人者・後藤宗明氏の対話によって紡ぎ出す。

大阪大学OUDX推進室 副室長(兼)D3センターDX研究部門長 教授
鎗水 徹氏(左)早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満了。新日本製鐵(現・日本製鉄)入社後、コンサルティング会社、機械部品メーカーなどを経て2022年、大阪大学OUDX推進室副室長・教授に。
ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事
後藤宗明氏(右)富士銀行(現・みずほ銀行)勤務後、2001年米ニューヨークに移住。グラウンドゼロの救済ボランティア、会社経営を経て2008年帰国。社会起業家支援NPOの日本法人設立、外資系企業の日本法人代表などを経て2021年より現職。
――1つの会社に入った後も、知識やスキルをアップデートしていくことはもはや欠かせません。企業はその支援が必須になっていると思いますが、後藤さんは日本のリスキリングの現状をどう捉えていますか。
後藤:やはりアメリカとヨーロッパの取り組みは日本よりはるかに進んでいます。コロナ禍で日本でも紙からデータへの移行は進みましたが、デジタルを活用して事業やサービスそのものを変革していくトランスフォーメーションでは、まだ攻めあぐねている状況です。背景には、経営層が将来のビジョンを描けていないことがあります。結果として「どんなスキルを身につければいいのか」という方向性が現場に示されていません。
さらにいうと、日本のなかには「デジタルスキルは自分で身につけるもの」と考える経営者が今でも多く、結果として日本のリスキリングは自己責任型にとどまっているのが現状です。
一方で欧米では、組織が主体となって社員のスキル習得を支援してきました。日本の労働者は非常に優秀なのですが、リスキリングを個人に委ねてしまった構造が、欧米との大きな差を生み出してしまったと感じます。
――採用するうえで、リスキリングできるか否かも重要なポイントになってきますね。
鎗水:大阪大学は卒業生のキャリアライフサイクルをサポートする仕組みを導入しましたが、学び直しの場で、自分のブランディングのために学ぶ人は伸び悩むことが多いように感じます。むしろ「自分を成長させたい」「仲間とともに何かを成し遂げたい」という内発的な動機を持っている人は成長が続き、なかには50代になっても新しいキャリアを切り開いている人もいます。
知識を学ぶだけでなく、それを社会や会社、自分の人生にどう還元するかという意思を持っているかが問われます。面接でそれを自分の言葉で話せるか。知識だけでなく、人や組織を動かす経験が必要だと思います。
後藤:私が企業で採用業務を担当していたときは、3つの基準を置いていました。嘘をつかない人、謝れる人、そして最も重要なのは学ぶことができる人です。外部環境の変化が激しいなかで、今スキルがあるかどうかより、未来に向けて学び、変わり続けることができるかどうかが重要なのです。今のスキルで満足している人は、5年後、10年後に貢献できなくなるリスクがあります。
自分がどう生きるのか 決断と覚悟が必要
――日本はまだ新卒一括採用が中心で、アメリカやカナダのように解雇リスクが高いわけではないため、個人の意識もまだあまり変わっていないのかもしれません。
後藤:もともとリスキリングが海外で注目されたのは、技術的失業を防ぐためでした。現在はフィジカルAIやヒューマノイドロボットの開発が進み、人の労働がデジタル技術に置き換えられる時代になっています。
米アクセンチュアのジュリー・スウィート会長兼CEOは、「AI時代にリスキリングが現実的でない社員の退職を進める」と明言しました。リスキリングしてAIの進化に追いつけるかどうかが、生き残りに関わる時代になったということです。
ちなみに私は、アメリカ型の解雇を前提とした労働移動には反対です。私自身もアメリカ企業を経験するなかでその厳しさは身をもって痛感していますし、日本で同じことをすれば、従業員が保身に走り、日本企業が持つ組織の強みを失うことになると考えています。
しかし、この自動化の流れは止められません。「新しい成長分野の仕事が増えるから雇用はなくならない」という人もいますが、換言すれば、「デジタル化を通じて成長分野で雇用を生み出す企業」と「自動化により縮小していく企業」の二極化が進むのです。
個人は、AIの時代にどう生きるかの覚悟を決める必要があります。新しい分野の仕事が増えてもリスキリングできない人はそこに移ることができない。だからこそ私は「勇気を持って、自分の仕事を自動化しましょう」と提案しています。
私は、人類の働き方は3種類になると考えています。1つ目はCTOやスーパーエンジニアなどの「AIを作る人」、2つ目は経営者や上級中間管理職など「AIを使う人」、3つ目はAIの推論に従って作業を実行する「AIに使われる人」です。個人は自分がどこに所属したいのかを考え、覚悟を決めることが必要だと思います。
鎗水:私も身をもって学びの重要性を感じています。私は法学部出身で最初は法務の仕事をしていましたが、現場の仕事をしたいと言ったら新規のIT事業に配属されました。ところが、出向先の外資系企業では技術革新によって従来品が売れなくなり、その親会社が破綻。経営のことを理解しないと生き残れないと痛感した出来事でした。
その後、元の会社に戻ってIT営業をしながら大学院でIT戦略を学びました。自分をアップデートし、学び続けなければ生き残れないという危機感が、今のキャリアにつながっています。50代になった今でも、学びが自分の可能性を広げてくれていると実感しています。
――鎗水先生は、大阪大学でDX改革を進められています。学生のキャリアライフサイクルの支援もその一環ですか。
鎗水:教育・研究・経営という大学の三本柱で全学的にDX化を進めていますが、特に教育面では「なりたい自分になるための教育」を掲げ、たとえば学生のキャリア形成支援に生成AIを試験的に運用開始するなど、学生一人ひとりに伴走できる仕組みを整えています。
また、統合IDの導入により、入学前から卒業後まで終身でサポートできるプラットフォームを構築しました。海外の大学ではアルムナイ組織が構築されており、卒業後もリスキリングや寄付金募集などを通じて大学と関係が続きます。そうした仕組みを参考に、私たちもリカレント教育の仕組みを整備しています。デジタルバッジのような学習実績を可視化する取り組みも進めています。
リスキリングは組織で行うもの 個人の責任に委ねるな
――企業や教育の現場で、できることはありそうですね。
鎗水:今の若者は1つの会社で一生働くという考えは薄く、スキルを磨いていかないと生き残れないという感覚を持つ人が増えています。外資系コンサルやIT企業に就職する学生も多く、日本企業に入っても30歳前後で転職する人が少なくありません。
しかし全体で見ると、そういう意識を持つ人は2~3割で、「今の職場に大きな不満もないのでこのままでいい」というマインドセットの人もまだまだ多いと思います。
教育の場では、アカデミックな知識だけでなく、実際の仕事をイメージできるような実践的な内容を教えることも重要だと思います。私たちはITコンサルティングの実践型授業を立ち上げ、今、学んでいる技術が社会でどう役立つかを教え、即戦力として活躍できる人材を育成しようとしています。
後藤:自発的な学びに依存する社会を作ってはいけません。キャリアオーナーシップやキャリア自律は大事ですが、それは上位20%の人を前提としているフレームワークです。学ぶことが苦手な人、学びたくてもそれができない人たちもいます。アメリカがリスキリングに成功したのは、経営者が将来求められるスキルを示し、学習を個人に依存せず業務に統合したからです。リスキリングの位置付けはあくまで仕事なのです。
日本では「日本人は学ばない」という議論がありますが、これは学びたくても学べない人のことを考慮していない発言で、社会の分断につながりかねません。これからのリーダーの役割は、学ぶことが苦手な人や学ぶ機会に恵まれない人をどう巻き込んでいくかを考えることでしょう。
海外では、企業が大学と連携してリスキリング講座を開くことも盛んに行われています。日本の大学もぜひリスキリングの中核プレイヤーとして動いてほしいですね。
鎗水:大阪大学では楽しく学べる環境づくりを心がけています。全員を一度にスキルアップさせるのは難しいので、やる気のある人たちと新しいツールや生成AIを触ってみるなど、興味を持ってもらうことに取り組んでいます。また、大学間の交流を増やし、他大学の取り組みを知ることで刺激を受け、コミュニティを広げています。楽しさや成長を感じられる環境を用意することが大切なのです。
リスキリングする組織に 優秀な人材が集まる
――今後、日本の個人や企業はどのように変わっていくべきでしょうか。
鎗水:これまでITの進化によって、コンピューターの登場、インターネットの普及、クラウドの出現という変化のたびに、仕事の仕方やビジネスのあり方は大きく変わってきました。そして今、生成AIの登場は、10年に一度あるかないかというレベルの根本的なパラダイムシフトだと感じています。
AIによって、ビジネスモデルや業務プロセスなど、あらゆる仕組みが再構築される可能性があります。今後はAIを活用した新しいプレイヤーも次々と出てくるでしょう。だからこそ、AIを前提とした仕事の進め方やバリューチェーン全体を見直し、「これから必要なスキルは何か」を明確に定義したうえで、人材を獲得し、必要に応じてリスキリングしていくことが、今後ますます重要になると思います。
後藤:これからはリスキリングができない企業は生き残れないと考えています。既に海外では、GAFAMを中心に「アプレンティスシップ(見習い制度)」を整備して、「うちに来たらスキルが身につけられる」と未来のAI人材を囲い込んでいます。リスキリングをする組織に優秀な人は集まってくる。採用を強化したいなら、リスキリングの仕組みを強化することが必須になってくると思います。
Text=瀬戸友子 Photo=編集部
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