Works 194号 特集 適材適所の葛藤
トラスコ中山|ジョブローテーションを基盤とした、一人ひとりの確かなキャリア形成
昨今の企業社会においては、会社主導のジョブローテーションは時代遅れ、という雰囲気が濃厚だ。一方でそれをうまく堅持するトラスコ中山という会社がある。実情はどうなっているのか、紹介したい。

トラスコ中山
経営管理本部 人事部 部長
大谷正人氏(写真右)
経営管理本部 人事部 HRサポート課 兼 人材開発課 課長
中西陽子氏(写真中央)
経営管理本部 人事部 人材開発課 課長代理
床島琢斗氏(写真左)
1959年に創業し、生産現場で必要な各種工具をはじめ、あらゆる工場用副資材の卸売業を展開するトラスコ中山。社員は約1700人いる。会社主導の人事異動や部署内での担当変更を重ねたうえでの長期雇用が当たり前になっており、代表取締役社長の中山哲也氏は「気がつけば定年まで働いていたという会社にしたい」と言明している。同社は経営管理本部、デジタル戦略本部、オレンジブック(=カタログ名称)本部、商品本部、営業本部、物流本部の6つの本部に分かれており、総合職も地域職も所属5年を目安に異動がなされる。
その狙いについて、HRサポート課兼人材開発課課長の中西陽子氏は語る。「社員側からすると、社内転職を繰り返すように、自分のキャリアに変化をつけられ、その結果、幅広い視点を持ちながら、多様な経験を積むことができます。会社側のメリットは、仕事の属人化を排すことになり、組織の成長を後押しすることになります。また、縦割りがなくなり、横の連携がしやすいという利点もあります。他部署の思いがわかるので、現在の仕事がよりスムーズに回り、現状を改革しようという意識も生まれやすくなっています。人事異動が社員、会社双方の成長を実現させる施策になっているのです」
新卒中心の採用方針 挑戦を後押しする制度で活性化
定期的な異動は昨今敬遠されがちだが、なぜそれが当たり前に行われているのだろうか。人事部長の大谷正人氏が説明する。「新入社員は皆、定期的な異動があることを理解して入社してきます。離職率も5%程度です。私自身も営業経験が長く、物流本部も経て、人事に異動してきました」
このように人事主導の異動が主流であれば社員は受け身のキャリア形成を余儀なくされそうだが、そうではない。
継続して専門性のある仕事に従事したい場合、人事なら社会保険労務士、経理なら簿記1級というように、その部署の指定資格を保有すれば、特定部署に限定して勤務できる職種を設けている。ところが、それだけでなく、同社には社員の挑戦を後押しする制度が目白押しなのだ。
1つは、2020年から始まったオープンポジションチャレンジ制度だ。増員を希望する部署が募集を行い、社員は自分の意思だけで立候補できる。希望する部署で働きたいと思っても、その機会を自分で作れないという葛藤の解消を目指したものだ。2025年はBCP対応推進課、トラスコナカヤマ インドネシアのそれぞれで募集があり、合計9人が応募、3人が合格。初年度からの累計では29人が異動を叶えている。
自分自身が今後どうありたいかを考え、異動を希望する部署を含む、自身のキャリアに関する情報を人事に伝えるトラキャリ申告もある。こちらは2022年にスタートした。「入社2年目以上の社員が対象で、希望する部署を書くだけではなく、自分の強みや改善点を振り返り、今後の成長像を思い描くことができます。現部署で引き続き頑張りたいという内容でもよく、トラキャリ申告を人事異動時の参考にしています」(中西氏)
2006年から始まったボスチャレンジ制度もある。課長、支店長といった責任者以上の役職者を「ボス」といい、100人以上が在籍する。ボスには入社7年目以上の社員が立候補でき、合格した場合、「ボスチャレ生」と呼ばれるボス候補となり、OJTでボス業務を学びながら任命を待つ。ボスチャレ手当も支給される。「次代を担う人材の発掘と育成は最大の人事課題の1つです。昔は候補者選びが一部の上司の裁量に偏っており、本人の意欲や特性を十分に反映できないケースもあって、それを払拭しようと設けました」(大谷氏)
これまでは、毎年9月に募集をかけ10月に面談、1月にボスチャレ生として仕事を始めるというスケジュールだったが、本人が「なりたい」と思うタイミングは年1回では応えきれないという議論があり、2025年から年4回の公募に変更した。
ボスチャレ生の任期は基本2年だが、2025年には1年延長ルールが設けられた。すぐにボスになれる社員も、2年後ぎりぎりで選ばれる社員もいる。2025年9月公募のボスチャレ応募者は10人で、合格者は8人だ。では、ボスチャレ生から新任ボスへは、誰がどのように選考するのか。「直属上司の意見を聞いたうえで、人事が判断します。最終的には経営会議メンバーが出席する人事会議で決裁されます。叶わなかった社員は再チャレンジもできる。年齢にかかわらず管理職に昇進できる制度であり、30歳で課長になる社員もいれば、50歳でなる社員もいる。一度、ボスをやったものの降職になり、ボスチャレンジを経て、返り咲く社員もいます」(大谷氏)
ボスチャレンジの実際と補助制度としてのマネチャレ
人事部人材開発課課長代理の床島琢斗氏は、2025年1月からボスチャレ生だ。その実感をこう語る。「歴代のボスが働く姿を見て楽しそうで、その先輩たちと一緒に切磋琢磨し、成長していきたいと思い、立候補しました。それまでは社内研修の個別の企画や運営を担当していたのですが、ボスチャレ生になってからは、新人研修の全体を俯瞰し、講師役となる社内のボスに直接交渉するというように、仕事のレベルが一段上がりました。現場ならではの調整や難しさに直面することもありますが、大きなやりがいを感じています」
一方でボスチャレンジのハードルが高いという課題も生じていた。「業績とともに、支店や部署の規模が以前より拡大しています。管理職は罰ゲームで、なるのは損だという世間の風潮と無関係ではなく、ボスへのチャレンジを躊躇する社員もいました。そこで、2025年から始まったのがマネチャレ制度です」(大谷氏)
入社5年目以上の社員が対象。ボスチャレンジの手前のステップとして機能し、現部署での小規模のマネジメント業務を担当するほか、経営に関する研修も課され、必要な知識とリーダー力を高めていく。この制度を経なくてもボスチャレンジはできる。あくまで経験することで自信をつけさせ、次のステップへの後押しをする制度だ。
こうした「風通しのいい」内部労働市場は、一朝一夕に完成したものではない。評価制度として、2001年から、主任以上の昇格候補者に対し、昇格の可否を、上司や仕事で関わった社員が360度相互に評価するオープンジャッジシステム(OJS)、2003年からは同じ事業所で働く社員同士の評価を人事考課に30%反映させる仕組み(人事考課OJS)を取り入れるなど、人事権を人事が持ちながらも、適材適所の配置に社員が参加するカルチャーが形成されている。「だからこそ、キャリアの行き詰まり感というものが当社にはないのだと思います」(大谷氏)
※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」
Text=荻野進介 Photo=刑部友康
メールマガジン登録
各種お問い合わせ