Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く
韓国に広がる格差と分断 若者が感じる絶望の本質とは
1997年のアジア通貨危機を転換点にグローバル化と構造改革を進め、目覚ましい経済発展を遂げてきた韓国。今では1人あたり名目GDPで日本をも上回るが、近年は国内の経済格差が深刻化している。特に若者が感じる絶望を「中産階級」というキーワードを軸に読み解いた『世襲中産階級社会』の著者、曹貴洞(チョ・ギドン)氏に実情を聞いた。
現代の韓国の若者が感じる絶望の本質には、親世代が提示された安定的な「中産階級」として生きられず、「理想的」とされた卒業・就職・恋愛・結婚のライフコースを実現できないという、多層的な不平等の問題があります。
「中産階級」とは1980年代から1990年代に提示された姿で、25坪のアパートに住み、自動車を持ち、4人家族で子の教育に安心してお金を使えて、安定的な未来が描けるというもの。「大きな目標」として作用していましたが、富を蓄積できた親世代が、子どもにも同じ学歴や労働市場の地位を引き継がせる「世襲」によって格差が固定し、多くの若者にとって「中産階級」という約束が成り立たなくなっています。
その要因は2つ。まず韓国が先進国となったことで高度成長から低成長に切り替わったこと。2つ目として産業構造の転換と技術の変化が同時に起こり、新たな雇用が生み出せなくなったことです。
韓国を代表する企業「現代自動車」は海外に生産拠点を移しており、国内に残るのは研究開発や海外マーケティング、人事などのみ。準熟練や事務などの仕事がなくなっています。
サービス業の生産性が低いのも問題です。韓国ではITのトップ企業としてネカラクベ(Naver、Kakao、LINE、Coupang、Baedal Minjok)がありますが、こうしたプラットフォーム企業で求められる「ITを使った経営分析ができる人」の雇用はとても少なく、大多数の人の仕事は物流倉庫運営や配達人でその賃金は非常に低い。銀行もIT化によって店舗でのオフラインの仕事が少なくなり、従来は文系の大卒者が担っていた準熟練の雇用が減少、雇用の不均衡が生じています。
高い賃金の雇用を創出し、年功序列を変え、大学で人材育成も
結果として、大企業で働く人たちでさえ将来に不満や不安を感じています。特に問題になっているのは資産格差、なかでも住宅を巡る格差です。
韓国全体でマンションの価格は上がっていますが、ソウル、特に江南(カンナム)といった中心地区の上昇率は急激で、これはこの10年の韓国社会でのいちばん大きな変化です。韓国では、よりよい暮らし、よりよい子どもの教育を求めて引っ越しをすることに加えて、マンションを資産形成のための投資として引っ越しを繰り返すという考えがあります。不満を感じる人々の根本には、「ソウルの近くに家を買えない」「(階級の)上層には行けない」という思いがあるのです。
こうした若者の不満を解消するために大事なことは3つあると思います。1つ目は、いかに高い賃金の雇用を創出できるか。そのためにはサービス産業の生産性を上げる必要があるでしょう。2つ目は韓国の労働市場の構造の問題です。韓国では、年功序列の労働慣行が日本よりも強く残っており、若者を高い賃金で雇うのが難しい。これも見直すべきです。さらに高度人材が転職しやすく、より高い賃金を得られるように、キャリアのはしごを登りやすくすることも必要です。
3つ目は大学の教育のあり方です。韓国の大学進学率はとても高いのですが、高い生産力を持った「人的資本」を育てられているかどうかには疑問があり、産業構造や技術の変化に対応していく必要があります。
Text=川口敦子 Photo=曹氏提供
曹 貴洞氏
ジャーナリスト、経済コラムニスト。
ソウル大学経済学部卒業、西江大学で経済学の博士課程修了。韓国経済の構造とその変化過程について執筆。著書に『世襲中産階級社会』『イタリアへの道』など。
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