Works 194号 特集 適材適所の葛󠄀藤

住友商事|年次管理の壁を壊し、社員の成長機会を開く適所適材の人事変革

2026年02月25日

住友商事が2021年から進めてきた人事変革。それは「適所適材」により、個と組織の可能性の最大化と持続的成長を目指す取り組みだ。「適所」に「適材」を配置するための具体的な施策と、導入後の現在地とは──。

折原直樹氏の写真住友商事 HR 企画戦略部 タレントマネジメントチーム長
折原直樹氏


住友商事の人事変革の背景にあるのは、環境変化のスピードと従業員の価値観の多様化だという。HR企画戦略部タレントマネジメントチーム長の折原直樹氏は、「従来型の年次管理や新卒一括採用、定期異動だけでは、現代のビジネスのスピードにも社員一人ひとりのキャリアにもフィットしない。これが課題でした」と説明する。「多様化するビジネス環境で効果的に戦略を遂行するためには、人材活用にあるさまざまな“壁”を壊し、もっと柔軟で、透明性の高い枠組みが必要だと判断したのです」

管理職や事業会社トップなど キーポジションの属性に広がり

改革の柱の1つが、年次管理の壁を撤廃し、職務等級制を導入したことだった。基本となる考え方として、“Pay for Job, Pay for Performance”を掲げた。

以前の住友商事では「在籍年数に応じて管理職に上がる」という日本型の制度が色濃く残っていた。「『何年入社?』というのがまず最初に出るほど、年次意識が強くあった」と折原氏は振り返る。これが人材配置の硬直性を生み、「適所適材」を阻んでいた面もあった。

新制度では、社員の登用や異動が年次によって縛られるのではなく、職務の大きさや複雑性に応じてグレードが決まり、そのグレードとそこで上げた成果に処遇が紐づく。個人から見れば、ジョブアサインメントの大きさでグレードが上下する仕組みだ。「この転換により、適所適材の基盤ができました。若手の管理職登用や、30代での海外事業会社トップへの抜擢などキーポジションに就く人材の属性にも広がりが見られ、一人ひとりに新たな成長機会が開かれています」

評価制度も大きく変えた。相対評価を廃して絶対評価を導入し、その権限を部長からファーストラインマネジャーであるチーム長に移した。「周りとの比較で◯%がA、では納得感が低い。そこで絶対評価による職務遂行度と目標達成度を組み合わせ、一人ひとりの成果と成長に向き合う仕組みにしたのです」

同時に、社員のキャリア形成のための選択肢を増やした。

まず、マネジメント職群(M職)とエキスパート職群(E職)の2つのキャリアコースを設けた。2つのコースは上下関係ではなく、それぞれが組織にとって重要な役割を担う並列のキャリアパスだ。M職は組織マネジメントや事業経営を担う人材であり、異動やアサインメントを通じて経験領域を広げ、経営の視点や能力を獲得していく。一方、E職は特定領域の専門性を深め、技術・知見の高度化によって価値を発揮することを目指す。「これまでは事業会社のトップを目指すような経営人材志向が中心でしたが、近年はM&Aや人事・法務などの特定領域にフォーカスしたエキスパート志向の社員も増えています」

2022年には、基幹職(総合職)と事務職(一般職)という区分を撤廃し、意欲と適性があれば誰でも同じ成長機会を得られる仕組みにするため、職掌を一本化した。「事務職だった社員には、新たな成長機会に挑戦したい、様子を見たい、現状維持を望むという3つの反応があり、変化に対する一定の戸惑いもあったように思います。人事としては挑戦を過度に促すのではなく、従来よりも多様な成長機会を提供していることを発信するように努めています」

異動の主導権を現場に分権化 全社と個人の意思の接続が人事の役割に

では、どのように個人は自らの活躍の場を発見し、動いていくのだろうか。

1つはマネジャーによる細やかな支援だ。人事変革と並行して、異動や配置の主導権を人事から現場へと移している。現在、異動の8割以上は現場主導だという。

「異動・配置は各グループ(事業)の戦略に紐づくもの。だからこそ現場への分権化が必要です。マネジャーは評価に加え、キャリア面談や評価のフィードバックを行いながら、一人ひとりのメンバーと向き合ってその人の成長を支援するピープルマネジメントの役割と責任を担います。そのため、研修を拡充し、評価者としてのスキルや対話を通じて成長を引き出す力の底上げを進めています」

近年グローバルに行ったヒアリングでは、メンバーの異見や挑戦を歓迎し、部下の失敗を受け入れたりする姿勢の重要性に言及する声が多く出るなど、メンバーを支援することが、自分たちの役割だという意識が日本のみならず広がっているという。

また、各グループ内に配置された人事機能としてのHRBPの役割も大きい。「グループCEOや各組織長などと連携して、事業戦略に基づき、また個人の希望も丁寧に聞きながら適所に適材を配置する支援をしています」

個人主導で異動する制度も拡充された。これまで年1回だった公募制度は通年化され、上司承認も不要。所属や職種にかかわらず、自ら手を挙げて挑戦できる制度で、上司が知らない間に異動が決まることもある。

一方で、グループを超えた全社視点も不可欠だ。事業部の縦割りは薄まりつつあるが、それでも現場には「優秀な人材を囲い込みたい」という心理が働く。「1つの事業部のなかでも、トレード、事業会社での経営管理、新規事業開発など、仕事に広がりがあり、幅広いキャリアは築けます。しかし、住友商事という多数の事業体のコングロマリットの経営人材の育成という意味では、十分な経験とはいえません。そのため、グループCEOが参加する会議体で人材を全社的にシャッフルする仕組みも並行して動かしています」

また、新規事業や重点領域の組織立ち上げでは、全社から人材を集めるアロケーションが必要になる。「今の仕事も楽しい、でも新領域にも興味がある」という葛藤が生まれるなど、個人の希望と組織の戦略は常に一致するとは限らない。個人の意思と全社最適をどう接続するか。その調整こそが全社人事の役割である。

このような丁寧な取り組みであっても、改革というものは痛みや葛藤と常にセットだ。年次概念の撤廃は、若手にとっては「挑戦できる」というモチベーションを高める効果があった一方で、「今までの設計が崩れる」という不安を抱くベテラン層もいる。「守られていた構造がなくなり驚いたという反応はあった」と折原氏は率直に語る。ただ、職務等級制度の導入により、期待する役割・報酬の透明性が高まったことで、個人が異動やその先にあるキャリアの行く末を考えやすくなったのも事実だ。

「たとえばリーダーとしてこういう行いが組織をよくする、ということを認識してもらうことはできても、それを継続的な行動として浸透させていくことは本当に難しい。制度とは、個として組織として、ありたい姿を実現するための文化を根付かせる仕組みです。だからこそ、長期的に取り組みを続けていかなければなりません」

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康