Works 193号 特集 採用のジレンマ

セールスフォース|採用からキャリア形成まで、社員起点の配置で自律と成長を促す

2026年01月29日

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セールスフォース・ジャパンはジョブ型人事制度のもと、採用時の職種からその後のキャリアに至るまで「社員起点」で人材を配置している。社員の「やりたい」という意欲を尊重すると同時に、必要なスキルを身につけてもらうための努力も求めるのが特徴だ。

鈴木雅則氏の写真

常務執行役員 人事本部長
鈴木雅則氏


同社は職種別のキャリア採用が中心だが、新卒も年間40~80人採用している。かつては新卒については全職種一括で採用していたが、5年ほど前に職種別採用に変更した。「社員一人ひとりにキャリアのオーナーシップを持ってもらいたい。会社はそれぞれのキャリア形成への支援をしますが、まずは本人が『この仕事でやっていくんだ』と自ら意思決定することがオーナーシップの起点になると考えています」と、常務執行役員人事本部長の鈴木雅則氏は説明する。

学生にはインターンシップを通じて、各職場の業務とキャリアを理解するセッションや現場社員と交流できる機会を設けており、仕事をある程度イメージできるようになったうえで、採用選考に臨めるようにしている。選考では、「この仕事をやってみたい」という意欲と同時に、テクノロジーで社会や顧客を変えたい、という意欲にも着目する。「当社はテクノロジーで社会や顧客に『チェンジ』を起こせる人材を求めています。テクノロジーの会社なので技術に関心があることは大前提ですが、これからの時代に活躍するには『何かを実現したい』という内発的なエネルギーが不可欠です」

もちろん、ある職種で入社してもそれが合わないということもある。日本企業の多くが職種別採用の実施をためらう理由の1つはそれだ。そうした場合に備え、違う職種に挑戦したい、別の部署に異動したいといった人がキャリアチェンジできるように、上司との面談の場や、AIを活用したセールスフォース社内の「キャリアコネクト」というプラットフォームを通じた支援を、人事が積極的に行っている。

キャリアコネクトは、社員が職歴や希望を入力すると、AIがキャリアの選択肢や、ポストを得るために必要なトレーニングなどを提案する仕組みだ。コネクト上には公募中のポストも掲示され、希望のポストの募集が出たとき、担当部署にアプローチすることもできる。

一時的に別の部署の業務を経験できる「ギグワーク」という制度も、試験的な運用が始まった。たとえば営業部門の社員がマーケティングに関心を持ったとき、業務時間の一部を使ってマーケティング業務を一時的に経験できる。

安心感を提供し、進化への努力を求める

新卒・中途を問わず手厚いオンボーディング研修を実施しているのも、同社の特徴だ。

新入社員は1週間かけて、ビジョンや企業概要、製品知識などを学び、営業部門の社員はさらに3カ月間、実案件を用いた実践的な研修を通じて、営業として成功するうえで必要な各種スキルを獲得する。

同社はオンボーディング以外の研修も非常に充実しているが、それには社員のスキルアップだけでなく「人材を大切にする」というメッセージを発信する狙いもあるという。「研修という『ケア』を提供することが、社員の『会社は自分を気にかけてくれている』という安心感につながります」

ただ、本業で成果を出しつつ研修にも取り組むとなると、社員には相当な努力が必要だ。たとえば全社員に課せられたAIエージェントの研修は、eラーニングで3段階に分かれており、履修時間は1段階目で7時間超、2段階目で約11時間、3段階目に至っては約19時間と、かなりのボリュームだ。さらに各段階の最後には、AIエージェントを自ら構築するという課題もある。「テクノロジーと直接関係のない部署の社員であっても、実際に手を動かしてエージェントを作らなければならず、正直に言えばとても大変です」と、鈴木氏は明かす。しかしテクノロジーが急速に進化するなかでは「社員はいい意味の緊張感を持ち、学び続けることが必要」だと強調した。「ここ2年ほどの間に、生成AIと自律型AIエージェントが相次いで登場し、あまりの変化の激しさに、毎年まったく違う会社にいるような感覚すらあります。社員が活躍し続けるためには、時代の変化をキャッチアップし進化していかなければいけないのです」

また研修があることで、社員同士が必要なスキルを教え合うなどして自然とコミュニティが生まれ、「社員同士がつながり合うカルチャーの醸成」にも役立っているという。「大きなチェンジを生み出すには、個人が自律的に意思決定するだけでなくチームで物事を進め、組織として強くなることも重要です。このためには、他者とコラボレーションする力も不可欠です」

一方、会社側が支援しても変化にうまく対応できず、職場を去る人も一定数いる。「組織に新陳代謝は必要なので、離職者ゼロを目指してはいません。また当社を退職後、外部労働市場で高い評価を受ける人もたくさんいるので、育てた人材が外部で活躍するのも、それはそれで素晴らしいことだと考えています」

会社起点か社員起点か 制度は同じでも組織の姿は異なる

鈴木氏は、日本企業と外資系企業の大きな違いを「誰が起点になっているか」だと指摘する。外資系のジョブ型人事制度のもとでは、人材配置は社員の「このポストに就きたい」という意思が起点となっている。このため企業側は「ジョブ」を標準化し、誰が就いても業務が遂行されるようポストを設定する。同時に会社側は、その時その時の人事戦略に応じて、必要なポストを設定することが可能だ。「外部環境が激変するなかでは事業も変化を迫られ、求められる組織体制も人材も変わります。ジョブ型の組織は、こうした変化に対応しやすいといえます」

日本企業にも、近年はいわゆるジョブ型人事制度や職種別採用、公募などの制度を導入する動きも広がっている。「上司の面談を通じたキャリアサポートなども含めて、職場の仕組みや制度などの『アプリケーション』は、外資系企業も日本企業も実はそう大きな違いはありません」

しかし日本企業は公募などがあっても、大多数の人事はローテーションという「企業起点」で行われている点が、根本的な違いだという。「社員という母集団がまずあり、そこから逆算して配置を決める日系企業と、事業戦略から必要な人材を設定する外資系では、ベースとなる『OS』が違う。このため同じ制度を導入しても、組織のありようは大きく異なるのではないでしょうか」

日系企業には、ジョブ型人事制度を導入しても社員のキャリア自律の意識が高まらないなど、狙った効果を得られていないケースも少なくない。「アプリケーション」をインストールするだけでなく、会社起点から社員起点へとOSの部分を見直す必要もあるといえそうだ。

Text=有馬知子 Photo=今村拓馬