Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成

子育てによる賃金格差は労働時間重視の昇進システム

2025年07月07日

東京大学大学院教授の山口慎太郎氏らの実証研究から、出産後の女性の賃金が10年間平均で46%も下落していることが明らかになった。これほど大きな格差が、なぜ、どのように生じるのか、山口氏に聞く。


子どものいない労働者と比較して、出産・育児を機に、親となった労働者の所得が低下することを「チャイルドペナルティ」と呼びます。このペナルティは、女性に集中して発生することが知られており、男女間賃金格差の要因として注目されています。

子育てによる男女間賃金格差 子育てによる男女間賃金格差グラフ出所:山口氏作成

日本でも公的データなどを使ってさまざまな研究が行われてきましたが、今回私たちは、ある大手製造業の協力を得て実証研究を行いました。職場で何が起こっているのか、どのように賃金格差が広がっていくのか、月次給与、労働時間、昇進記録、人事評価などさまざまなデータを詳細に分析して、その仕組みを解明しました。

分析の結果、子どもが生まれなかった場合と比べて、女性の賃金は10年間平均で46%も下落していた一方で、男性の賃金は、扶養手当などが加算され、8%上昇しています。先行研究などから賃金が低下すること自体は予想していましたが、これほど大きな格差が生じているとは、分析をした私たちも驚きました。

当該企業は4000人規模の製造業です。男女比8:2と圧倒的に男性が多いですが、コース別人事管理はしていません。制度面で男女差はなく、育児休業や時短勤務などの両立支援施策は法定を超える要件で整備しており、出産後も働きやすい環境にあります。実際、離職率は全社平均で年4%程度と低く、男女とも長く働く人が多い企業といえます。

人事の話では、この企業では、もともと経営の意向として従業員が働きやすい会社づくりを進めてきたが、男女間賃金格差は業界平均と同程度の約30%、管理職比率の男女差も埋まらず、問題意識を持っていたといいます。予想はしていたとはいえ、やはり自分たちの会社の実態が数字として明確に示された衝撃は大きかったようです。

子どもが生まれても 昇進意欲が落ちることはない

では、なぜこれほどの賃金格差が生じるのか。出産直後の賃金低下は、主に労働時間の短縮によるものです。充実した制度を活用して、多くの女性が育児休業を取得後、短時間勤務を選んでいました。

ところが子どもが大きくなってフルタイム勤務に戻しても、男女間賃金格差は埋まりません。時間の経過とともに、格差の主な要因は、役職手当になっていきます。詳しく分析してみると、育児中、短時間勤務をしていたゆえに人事評価が上がらず、結果的に昇進の機会を逃していることが見えてきました。

それは、労働時間の長さが人事評価に影響しているからです。この傾向は一般従業員に強く見られ、上位職階では労働時間と評価はほとんど関係ありませんでした。その背景にあるのは、人手不足です。

当該企業でも働き手の確保が最大の課題となっており、特に製造現場で危機感が非常に強かった。本来、人事の方針としては、時間外労働について手当を支給し、評価には反映しないものとされています。現場をあずかるマネジャーもそれは理解しているものの、人手が足りないなかで残業や休日出勤をしてくれた人には手当だけでなく評価でも報いる形にしないと、なかなか部下の納得感を得られないという現実がありました。

実はこの会社の人事評価のデータを見ると、経験を積んでいるが役職についていない女性で、評価の高い人が多くいました。それだけ優秀な女性が、組織に滞留しているということになります。また、長期で追跡していくと、もともと昇進意欲の高い女性は、子どもが生まれても意欲が下がることはありませんでした。格差をなくしていくには、能力も意欲もあるのに制約のために働けないこうした女性たちを、引き上げる施策を打つ必要があります。

大前提として、働き方のフレキシビリティを上げ、生産性を高めていく努力も必要です。また、時間外労働の割増率を上げる、休日出勤してくれた人から優先的に有給休暇の日程を選べるようにするなど、インセンティブを設けることで、労働時間と評価を切り離すのも1つの手です。

また、なぜ女性が出産後に時短を選ぶのか、理解することも重要でしょう。多くの企業で「子どもを生むと時短を選ぶのがデフォルトになっている」という話をよく耳にします。人によって事情が違うので、必要な制度はどんどん活用すべきですが、昇進意欲を持ち、フルタイムで働ける手立てがある人は、時短を選ばないという道も本来はあるのです。メリット・デメリットを理解したうえで、中長期の視点で働き方を考える機会を提供することも大切だと思います。

Text=瀬戸友子 Photo=山口氏提供

山口慎太郎氏

東京大学大学院経済学研究科 教授

1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て、2019年より現職。