Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成
双日/女性のキャリアを「早回し」 リーダーへのパイプライン作る
双日は、女性社員を若手のうちに海外や関連会社へ送り出す「早回し」のキャリアを実践することで、管理職や役員へと育てるパイプラインを作ろうとしている。一連の施策は、組織にどのような変化をもたらしているのだろうか。
双日 人事第一部 組織開発・DEI課担当部長
加藤智氏
同社は2008年、ダイバーシティの専門部署を設けて両立支援制度の整備に取り組み始めた。それでも2015年ごろまでは、新卒総合職のうち女性はわずか10人前後という時代が続き、女性の配属先も管理部門に偏っていたという。人事第一部組織開発・DEI課担当部長の加藤智子氏は「当時は営業部門の大多数が男性で、部署内にも『女性をどう育てていいかわからない』と受け入れをためらう空気がありました」と振り返る。
しかし、事業の柱が貿易から新規事業の創出や投資へとシフトするなかで、「経営陣も海外の多様なパートナーと新たな事業を運営するには、女性や外国人、専門性を持つ中途採用者などさまざまなバックボーンを持つ人材が必要だと考えるようになりました」(加藤氏)。
このため2010年代半ばから、女性総合職の採用に力を入れるようになった。2021年には、女性課長比率を2023年度に10%以上、2030年度に20%程度にするという目標も打ち出した。さらに、国内外の事業会社での研修生(トレーニー)を含めた出向経験のある女性の比率を、40%に引き上げるというKPIも掲げた。
女性にのみ「出向経験」というKPIを設けたのは、男性は半数以上が管理職の手前で出向を経験していたが、女性は19%に留まっていたためだ。また女性は20代のうちは出向に意欲的だが、結婚、出産などのライフイベントが集中しがちな30代に入ると、意欲が低下する傾向も見られた。
「男女間の経験のギャップを埋めなければ、女性管理職比率の目標も達成できません。このため女性に関してはキャリアを『早回し』して、20代の意欲が高いうちに海外で経験を積んでもらおうとしたのです」(加藤氏)
海外研修をきっかけに駐在へ 2度目の打診で子連れ赴任も
人事部で調査したところ、トレーニーを経験した若手はその後も海外駐在などを希望する比率が高い、との結果が出た。たとえば、入社10年目でベトナムに駐在し、食肉事業の立ち上げに奮闘している芦川葉子氏は、ノルウェーでトレーニーを経験したことが駐在への意欲につながった。
トレーニーは研修生として経験を積んでもらうことが狙いで、事業責任を負うわけではない。一方、駐在員は事業会社のマネジメントや売上目標を課されるため、一定の経験を積んだ30代以上の社員が管理職として送り込まれるケースが多い。しかし、よりタフな経験を積める駐在派遣の時期が女性の場合は出産・育児と重なりがちなため、子育てのサポート役として父母などを帯同する際の費用補助や海外子育て手当の支給など、「子連れ赴任」しやすい環境整備を進めている。
「配偶者と一緒に、あるいは子どもだけを帯同して赴任する人など、事例も少しずつ増えていますし、こうした先輩を見て後輩女性の意識も『私にもできるかも』と変化しつつあります」
パリ支店でエネルギー部長を務める宮田陽子氏は、3人の子どもと夫とともに駐在している。一度は家庭の事情を理由に駐在の打診を断ったが、2度目の打診があったことで2020年、念願の海外赴任が叶った。宮田氏は「会社が2度目のチャンスを提供してくれてありがたい」と話しているという。
「女性側の意識は、子どもの年齢などによって変化します。『今なら力を発揮できる』と駐在を希望する時期が来たとき、組織としてもその意欲を最大限後押しし、成功事例を増やしていきたいと考えています」と、加藤氏は話す。
パリで活躍する宮田氏(写真左)と、トレーニーを経てベトナムに駐在する芦川氏(写真右)。
管理職比率の目標を上方修正 トップの声で挑戦的数値へ
一連の取り組みの結果、女性課長比率は2023年度、12%となり目標の10%を前倒しで達成した。このため2030年度に30%程度、さらに2030年代には50%程度を目指すと、目標を上方修正している。修正にあたって、現場は保守的な数値を設定しようとしたが、経営陣が「会社を変えるには高い目標を掲げるべきだ」と後押しし、「挑戦的な数値」になったという。
同社では歴史的にも、トップメッセージがDEIの推進力になっている。2018年に藤本昌義社長(現会長)が、「双日イクボス宣言」を出したのを皮切りに男性社員の育休取得が進み、2016年に7.5%だった取得率が2023年には100%に達した。
男女の「配属格差」の解消に関しても、経営層が旗振り役を務めているという。営業に配属された女性たちの活躍によって、男女に力の差がないことが証明され、受け入れが進むという好循環も実現している。
DEIを推進するうえでもう1つのカギとなったのが、女性活躍と育成をKPIに落とし込んだことだ。「目標があるからこそ、達成できないときに原因を探して解決策を考え、取り組みが加速します。自然増を待っていたら、同じ数値に至るまで何倍もの時間がかかったでしょう」(加藤氏)
「DEIに力を入れる企業」というイメージは、採用にもポジティブな影響を及ぼしている。組織開発・DEI課の武田千歳氏は入社2年目だが、就活中にメディアを通じて、双日が女性活躍に力を入れていることを知り、第一志望に選んだ。
「2025年入社の新入社員からも『双日はジョカツ(女性活躍)が進んでいる』という話を聞いており、学生の認知度は高まってきていると感じています」(武田氏)
若い世代で男女ともに「結婚したら共働きは当たり前」という考えが広まるなか、男性の新卒採用にも有利に働いているという。
課題は役員へのパイプラインづくり 駐在・出向者数をKPIに
加藤氏が課題として挙げるのは、女性社員を管理職へ、さらに役員へという「パイプライン」を作ることだ。2024年には「女性活躍推進コミッティ」を立ち上げ、取締役や管理職、外部有識者らを交えてパイプラインをいかに作るかについて議論し始めた。
「宮田さんのような今管理職になっている女性たちの多くは、自力でキャリアを切り開いてきました。しかしこれからは自助努力だけでなく、組織としての仕組みが必要です」
このため従来はトレーニーと駐在・出向の経験者を合算したKPIだけを打ち出していたが、トレーニーを含めない駐在・出向経験者のKPIを新設し、2023年度の17%から2026年度には25%以上に引き上げるという目標を掲げた。実現に向けて、管理職の手前で駐在に送り出す「早回し」も後押ししている。「研修生としてだけでなく、駐在員としてマネジメントの経験を積んでもらうことで、将来の意思決定層の育成を目指します」
また加藤氏は「伝え続けなければ元に戻ってしまう」と話し、DEIの意識を高め続けることの大事さも指摘した。「上司側が過度に女性に配慮してしまう好意的差別や、女性側が『迷惑をかけるのでは』と過剰に遠慮してしまうケースは今もあります。研修などを通じて、男女それぞれに継続して働きかけていく必要があると思っています」
Text=有馬知子 Photo=双日提供