Works 194号 特集 適材適所の葛藤

みずほフィナンシャルグループ|キャリア自律と部門間・社員間のいい意味での競争を促進する人事戦略

2026年03月13日

みずほフィナンシャルグループは新人事制度「かなで」に全面移行し、ビジネスの基盤を支える人材の育成を加速させるとともに、社員の「キャリア自立」も促そうとしている。執行役常務グループCHROの人見誠氏に、制度開始から約1年半が経った今、見えてきた課題にどのように対応しているかを聞いた。

人見誠氏の写真

みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCHRO
人見 誠氏


みずほの人事制度「かなで」は、2019年の前回制度改定後、2021年のシステム障害を契機とした企業理念の再定義やビジネス戦略の刷新と並行して検討が進んだ。2021年に検討を開始し、中期経営計画と整合させつつ詳細設計を進め、2024年7月に全面移行した。「目的は、150年の歴史を持つ企業としての存在意義や新たな事業構造に適合した人材マネジメントへの転換です」と、人見氏は説明する。

同社は長年、年功序列、終身雇用をベースとした日本型システムで運営してきた。そこからの脱却を目指し、年金制度改革や役割に応じた報酬制度への転換を図った。「それらは財務改善や人員削減を意図したものではない」と人見氏は言い切る。「たとえば年金制度でいえば、従来の年金受給に20年勤続を要する旧制度は、中途入社者の不利や制度で人を引き留めるような状態を生み、組織の流動性を阻害していました。外部人材を含む多様な人が働きやすい“開いた会社”への転換が目的であり、みずほで働きたい人に働いてもらうことを目指したのです」

改革の大きな柱の1つが、人事部門が持つ人事の主権を、社員と事業部門に渡したことだ。

まず社員に対しては公募制度を拡大するなど、希望に応じて部署を異動できる仕組みを整え、「自分の立つ場所を自ら決める」という意味での「キャリア自立」を促した。「かなでの枠組みを発表した2022年ごろから繰り返しキャリア自立の必要性を訴えてきました。自ら立つためには、立つ場所、現状とのギャップ、ギャップ解消に向けたアクションを明確にしなければなりません。これを考えてもらうことによって、社員の『成長のためには自分で行動しなければいけない』という機運はかなり醸成されたと感じています」

公募を通じて異動した人は2024年度、約420人とグループの年間異動者の1割弱に及ぶ。公募以外の異動についても、社員には第1から第4まで配属先希望を聞いており、実感として、異動者の6割程度は概ね希望に沿ったものという。

「以前から配属を会社に委ねる人は一定数いましたが、近年は配属について自分の意思を明確にする社員が増えました。また将来目指すキャリアなどを記入するキャリアシートの内容も、濃くなっていると感じます」

ただ、「どこで立っていくのか?」というメッセージが強調されて伝わった結果、一部の社員に「キャリア自立には、仕事を変えなければいけない」という誤解が生じ、今の仕事にフォーカスしきれないケースも出てきた。「このため1年ほど前から、『今の仕事をやりきる』ことの重要性も併せて伝えるよう、修正を加えています」

各事業部門に人事権を分権 変化に合わせて人材を確保・育成

新制度への完全移行から1年半が経った今、キャリア自立に関しては「公募や学びのプラットフォームなどの利用率も上がっており、社員が行動を起こし始めているという大きな手ごたえを感じている」と人見氏は話す。

同時に各事業部門に人事権を分権し、人事配置を行う人事担当者を設けた。たとえば、技術革新のスピードが速いサイバーセキュリティやIT領域などの人事を、人事部がスピーディに判断するのは難しい。事業が多様化するなか、事業部門ごとに人材を管理したほうが、時代の変化に合わせた人材の確保・育成が可能になると判断したからだ。

事業部門の人事担当者には、それまで人事部門しかアクセスできなかった全社員のデータベースの閲覧権限を付与し、ほかの事業部門の社員も含めた配属希望も把握したうえで、最適な人材をアサインできるようにしている。「自分で選択肢を狭めず、指定されたポストで多様な経験をして幅を広げたいと考える人も確実にいます。本人の希望の有無にかかわらず、現場の都合に配慮しつつ本人にも最大限の成長機会を提供できる、両者にとって最善な配置を考えて異動してもらうように努めています」

会社主導の異動であっても、社員一人ひとりに説明を尽くすなどきめ細かくフォローすることで、納得感を高めるとともに将来的なキャリア自立への道筋を付けようとしているのだ。

さらに部門間の異動などの場合、異動元の部門と異動先の部門が、この異動を社員のどういったキャリアプランに位置づけるのか、異動する社員は、異動先の部門の求める人材像に本当に合致しているかなど、事前に綿密なコミュニケーションを取るようにしているという。

社員と事業部門のニーズ 両輪で回してこそ機能

こうしたなか、新たな課題となっているのは事業部門も含めた全体の「人事リテラシー」の向上だ。「ビジネスで求められる人材像を解像度高く可視化し、そこに合う人材をアサインするには、人材要件を的確に表現する力が必要です。今後、現場にこうした力を実装するための枠組みについても議論していきます」

新たな取り組みとしては、「経験と勘」に頼っていた人事の領域に、AIを導入することがある。現在試験運用中の「AIキャリアアドバイザー(仮称)」は、AIが対話の相手となり、社員のやりたい仕事や経歴に応じて、マッチしそうな職務、目指すうえで身につけるべきスキル、想定されるキャリアパスをリコメンドする仕組みだ。内容をマネジャーに共有し、キャリア面談などの参考にすることもできると考えているという。「自分が何に向いているのか、何ができるのかわからず行動を起こせない社員もいますし、相談に応じるマネジャーからも『未経験の仕事のアドバイスはできない』といった声が聞かれます。AIでキャリアの方向性を示し、両者の悩みを解決する支援ができないか、検討しています」

もう1つ力を入れていることは、グローバル化への対応だ。ロンドン拠点を率いてきたスニール・バクシー氏が2025年に副社長に就任した。「彼の主要ミッションの1つは、グローバルタレント発掘です。各地域の人事部門が連携しながらグローバルモビリティを活用し、自国以外で働く海外現地雇用の社員を増やしたいと考えています。多拠点経験者を増やし、また本社の多様性や思考の幅を拡張することで、国籍にかかわらず経営リーダーを育成し、ビジネスのグローバル連携とカルチャーの横展開を進めたいのです」

「適所適材、適材適所のどちらが大事か」の問いに対し、人事では、社員を起点に希望に合わせた配属を行う「適材適所」と、事業部門を起点にビジネスに必要な人材を充てる「適所適材」を、両輪で回すことが重要だとも強調した。事業部門側はただ人材を求めるだけでなく、優秀な人を集めるためにやりがいや成長機会を提供しなければいけないし、社員側も、希望を述べるだけでなく、自己研鑽を通じてポストを勝ち取る努力が必要だ。「事業部門の間にも、社員の間にもいい意味での競争原理を働かせることで、人材の価値が高まり企業価値の向上にもつながる、という姿を目指しています」

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=有馬知子 Photo=刑部友康