Works 196号 特集 人事のダイエット

CHROは人事戦略・施策の無駄の本質を見極め、選択と再定義を行うべし

2026年06月19日

人的資源管理の第一人者として日本企業の人事を長く見つめてきた学習院大学教授・守島基博氏は、人事の「無駄」をどう捉えるのか。人事の伝統、特性は無駄にどう影響しているのかを問う。

守島基博氏

学習院大学 経済学部 教授
一橋大学 名誉教授
守島基博氏

慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。1986年米イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。サイモン・フレーザー大学(カナダ)経営学部助教授、慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より学習院大学経済学部教授。2020年より一橋大学名誉教授。


人事における「無駄」を考えるとき、まず重要なのは、「何をもって無駄とするのか」を掘り下げることです。「人事の「体脂肪」調査:人事に関わる環境、戦略、施策に潜む無駄」の調査結果を見ると、さまざまな領域に「無駄がある」という認識が示されていますが、それらを単純に無駄だと断じてしまうと本質を見誤る可能性があります。

私は人事の無駄には、大きく2つのタイプがあると考えています。1つは「時間や労力をかけているが、成果が見えない無駄」。もう1つは「施策そのものが機能していない無駄」です。

前者は、たとえば採用活動や1on1などが典型ですが、これらは本来意味のある施策であっても、「忙しくなる」「時間を取られる」「やらされる」という感覚と結びつくことで、無駄と認識されやすい。昨今はすぐに辞めていく人も多く、採用活動をイタチごっこのように繰り返し行わざるを得ず、工数は増えるばかりです。忙しく時間をかけても成果がなかなか上がりません。

ただし、ここで重要なのは、それが本当に無駄かどうかとは別問題だという点です。たとえば、ある企業で1on1を導入した際、当初はマネジャーから「時間ばかり取られて意味がない」という声が多く上がりました。しかし半年ほど経つと、部下の側から「自分の考えを言いやすくなった」「業務の進め方を相談できるようになった」という変化が見え始める。つまり、成果が見えるまでの「時間のズレ」によって「無駄」だと感じさせてしまうケースが多いのです。

後者は、「施策そのものが機能していない」というタイプです。こちらはより本質的な問題で、たとえば表彰制度や改善活動、あるいは全社イベントなどに表れがちです。本来は組織の一体感を高めたり、現場の工夫を共有したりするために導入されたものが、既に目的が達成されていたとしても「定期的にやること」が当たり前となり、やめることが選択肢とならないことも少なくありません。

重要なことは、この2つの無駄は現場の感じ方としては同じ無駄に見えても、本質は異なるという点です。前者は「本来価値があるが伝わっていないもの」、後者は「本来の価値を失っているもの」。この違いを区別せずに議論すると、「全部やめればいい」という短絡的な結論に陥りかねません。

かつてあった目的が忘れられ 形骸化した施策だけが残る

そもそも、なぜこうした無駄が生まれ、蓄積していくのでしょうか。

1つ目は、「目的が忘れられる」ためです。研修を例に取れば、かつて多くの企業では、新卒一括採用を前提にして、一律の研修を整備し、体系的に人材を育成してきました。しかし現在は、働いている人材の多様性も高くなり、求められる人材像も、働く人の価値観も大きく変化しています。それにもかかわらず、同じ研修を同じ形で続けているとすれば、それは機能しなくなるのは当然です。

これからの育成は、eラーニングや外部研修のメニューから、自分に必要なものを選び取る個別性の重視が前提になります。企業の「どのような人材戦略を描いているのか」という目的を共有し、「こういう人材になってほしい」という期待と、「自分はどうなりたいのか」という個人の志向をすり合わせるプロセスなしには、どれだけ多様な研修メニューを用意しても、それは形骸化していきます。

2つ目は、日本企業では伝統的に「人事権」を人事が持ち、中央集権的に現場をコントロールしようとする意識が強く働いてきたことです。外資系企業では現場に委ねられている採用や育成、評価を人事が中央で行うため、公平性・公正性を担保するための細かなルールや一律の研修などが多く生じているのも事実です。

3つ目として人事制度の持つ「変更の難しさ」が挙げられます。人事制度は、評価や処遇、キャリアに直結するため、一度導入されると変更に大きなコストがかかります。評価制度を変えようとすると、評価項目の定義、運用方法、システムの改修、従業員への説明など、多くの調整が必要になる。人事が集中管理していればなおさらです。そのため、「課題はあるが大きくは変えない」という判断が繰り返されます。

こうした構造のなかで、施策は増え続け、しかも削られにくいという状況が生まれるのです。

CHROが全体の設計者に 実行の権限はあくまで現場

これらを変えていく出発点は、まず、「やっていることの目的を問い直すこと」です。この施策は何のためにあるのか、何を実現したかったのか。それを改めて言語化し、共有する必要があります。新卒採用であれば、「なぜ新卒一括採用なのか」「それによって何を実現してきたのか」を問い直し、その結果、継続すべきだという結論になることもあれば、見直すべきだという結論になることもあるでしょう。重要なのは、議論の過程を経るということです。

その際に重要になるのが、「誰が全体を設計するのか」という視点です。人事施策は個別に存在しているわけではありません。採用を変えれば育成が変わり、評価を変えれば配置が変わる。すべては相互に連動しています。現場は豊富なノウハウを持っています。しかし、それはあくまで「今の仕組みのなかでどううまくやるか」という知識であり、それをもとに改善することは「アプリ」を更新するようなものです。「OS」そのものを変えなければ本当の変革には至りません。全体を設計し直す役割は、戦略と結びつけて人事の仕組み全体を捉える視点を持つCHROこそが担うべきです。

そのうえで、CHROは目的と方向性という業務に集中し、具体的な実行方法を決める権限は現場のマネジャーに渡す。たとえば1on1であれば、頻度ややり方を一律に決めるのではなく、部下の状況に応じて調整できるようにしてあげる。そうした裁量があってはじめて施策は機能します。

加えて、「アーリー・ウィン」のサインをビルドインすることも欠かせません。成果が出るまでに時間がかかる施策ほど、途中の小さな変化を可視化し、共有することが重要になります。それが現場の納得感を生み、施策の定着につながります。

何を残し、何をやめ、何を変えるのか。その判断は、目的と戦略に照らして行われなければならない。言い換えれば、人事に求められているのは、「選択と再定義」なのです。

Text=入倉由理子  Photo=今村拓馬

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