Works 195号 特集 経営とインクルージョン

経営学で捉える本来のインクルージョン。「同化」と混同しがちな日本企業の課題

2026年04月10日

経営学でのインクルージョン研究の歴史は社会学のそれと比較すると浅いが、徐々に骨格が浮き彫りになりつつある。経営学で語られるインクルージョンとは何か。どのように働く人は包摂されるのか。経営学のフレームに照らしたとき、日本企業の現状と課題は。
『インクルージョン・マネジメント』の著者、大阪経済大学准教授・船越多枝氏に聞く。

船越多枝氏の写真

大阪経済大学経営学部経営学科 准教授
船越多枝氏

外資系企業を含む複数の企業での勤務を経て、日系企業でダイバーシティ推進、国内外の人材開発、企画管理などにマネジャーとして携わる。2019年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期修了。博士(経営学)。大阪女学院大学国際・英語学部専任講師、准教授を経て、2023年4月より現職。著書に『インクルージョン・マネジメント―個と多様性が活きる組織』(白桃書房)。


「インクルージョンとはそもそも、社会学の社会保障制度を検討する分野で多く取り上げられてきた概念です」と、船越氏は説明する。戦後間もなくの社会保障は、戦争による生活困窮の補償という意味合いが強かった※1。しかし時代が変わり、単身高齢者、シングルマザー、若年非正規労働者といった人々への支援が重要となり、ソーシャルインクルージョンの概念が着目された。社会学におけるインクルージョンは、社会的に孤立しそうなグループ、個人への支援を示している。


これに対して経営におけるインクルージョンの概念は、1990年代からダイバーシティ研究のなかで見られるようになった「別物」だ。「組織の人材多様性が経営の重要課題となり、ダイバーシティを組織成果につなげる要因の探索が盛んになったことが背景にあります。ただし経営学では比較的新しい概念であるため、インクルージョンの定義については、今も議論が続いています」

2011年のShore et al.による、「社員が仕事を共にする集団において、その個人が求める帰属感(belongingness)と自分らしさの発揮(uniqueness)が、集団内の扱いによって満たされ、メンバーとして尊重されている状態」(p.1265)という定義※2が、批判もあるが一定の評価を得ている。船越氏も、この「帰属感と自分らしさの発揮が両立した状態」を研究の依拠としている。


「Shoreらは、縦軸に『集団での自分らしさ』、横軸に『集団への帰属感』を取り、4象限のインクルージョン・フレームワークを提示しました。エクスクルージョン(排除)の状態からインクルージョンの状態に向かうプロセスを見るうえでも、大変興味深いです」 

フレームワークの4象限は下記の通りだ(図1参照)。

[図1]インクルージョン概念のフレームワーク
[図1]インクルージョン概念のフレームワーク

出所:Shore et al.(2011, p.1266)をもとに船越氏が邦訳・加筆修正(2021, p.35)

たとえば新卒や転職で入社したり、異動したりするなどしてその集団に入ったとき、人はまず、帰属感も自分らしさも低い「エクスクルージョン」の状態に置かれる。そこから時間とともに、内集団メンバーと認識される「アシミレーション(同化)」や、内集団メンバーとしては扱われないものの個人の価値は認められる「ディファレンシエーション(差別化)」を経て、「インクルージョン」に至ると考えられる。

日本企業では「同化」を包摂と誤認するリスク

実際、2015年から2016年にかけて、船越氏はこの4象限フレームワークを使用し、典型的な男性総合職モデルの日本企業(社員の8割以上が男性)を対象に、日本人男性・日本人女性・外国人の計15人にインタビュー調査を行った。これによって、日本企業におけるインクルージョンの状況と課題が見えてきたという。


1つは、インクルージョンに至るプロセスが「属性によって異なる」可能性だ(図2参照)。

[図2]男性総合職モデル企業におけるインクルージョンの認識プロセス
男性総合職モデル企業におけるインクルージョンの認識プロセス

出所:Shore et al.(2011, p.1266)を援用した船越氏の分析(2021, pp. 117-122)、一部編集部改変

日本人男性総合職、日本人女性総合職では、エクスクルージョンからアシミレーションへ、さらにインクルージョンへと進む「同化」を経由する道筋を話す人が多かった。まずは集団のやり方を学び、暗黙の規範に適応し、内集団メンバーとして承認される。その過程が、本人にも周囲にもインクルージョンへ向かう自然なルートとして理解されている。「一度組織に仲間として受け入れられてこそ、自分らしさを発揮できるという声を多く聞いた」という。


「ただし、アシミレーションは、帰属感は高いが自分らしさの発揮が抑制される状態です。日本企業では組織社会化され、仲間と認められたこの段階をインクルージョンだと誤解している職場もあるのではないかと考えます」


船越氏の調査によれば、外国人社員のインクルージョンのプロセスは異なる。外国人社員は、エクスクルージョンからディファレンシエーションを経てインクルージョンへ向かう、すなわち「差別化」を経由する道筋を辿る傾向が見られた。


もし、日本企業のインクルージョンが無意識に「同化」を前提としており、その状態をインクルージョンと見なして止まってしまうと、外国人社員は「自分らしさ」を価値として発揮するルートを塞がれやすい。結果として能力や視点が十分に生かされないまま、摩擦や疎外感が蓄積する。


女性総合職についても、別の形で同化の罠が生じる。「『能力発揮=既存規範(長時間労働など日本型雇用に色濃く残る特徴)への適応』への同化が前提となると、今も女性が家事・育児、ケア責任などを多く負っていることが見過ごされてしまう危うさがあります。能力があっても人によって条件が違うことを認識することが、真のインクルージョンには求められます」


そうした認識のないまま、「これが当社の能力発揮だ」と規範を固定したり、明文化されていない規範を内面化したりしていると、それが同化につながってしまう。日本企業の傾向を見て「包摂が進んでいない」という単純な評価はできない。むしろ、帰属感を高める力が強いがゆえに、同化が促進され、その同化が包摂と誤認されやすい。この構造こそが、経営としてのインクルージョンを難しくしているとも考えられそうだ。

「あなたのことを知りたい」という歩み寄りの姿勢を

では、日本企業は今後、インクルージョンにどう向き合っていけばよいのだろうか。船越氏はポイントを2つ挙げる。


1つ目は、対話だ。「当たり前のことではありますが、社員とよく話し、その人たちのニーズや前提を理解しながらマネジメントすることです」とりわけグローバルの文脈では、「言葉」をどう捉えるかが重要になる。船越氏の調査対象となった外国人社員の多くは、日本語での業務遂行に大きな支障はなかった。それでも彼らが求めていたのは、「日本語ができること」ではなく、「実務をこなす能力」を評価されることだったという。「資料の内容は総じてよくできているにもかかわらず、“てにをは”などの誤りを事細かに指摘される。そうした体験は、自身の能力を見てくれていないという感覚につながりがちです」


また、彼らが日本語を話すことを前提に接するのではなく、「歩み寄ろうとする態度」も重要だ。


「日本人の側が少しでも英語で話そうとする姿勢を見せてほしい。『日本語できるよね』と甘えないでほしい、という話が印象的でした」


「あなたのことを知りたい」「文化や習慣を理解しようとしている」というメッセージを、態度として示すこと。これはグローバルなインクルージョンの前提であるのと同時に、他社で経験を積んできた人や、先述のように仕事以外のさまざまな制約を持つ人々にとっても、有効であることは間違いない。


2つ目は、経営層や管理職層のマインドセットの転換だ。先の日本企業の例にあったように、日本人社員は男女問わず同化の道を通ることで自らの個性を発揮しやすくなるのかもしれない。しかし、環境変化のスピードが速まるなかで、「まず同じになれ」「なじんでから意見を言え」という時間的余裕はもはやない。「上司が、新しく入ってきた人の個をすぐに生かしたいという姿勢を持てるかどうか。ここに、インクルージョンが進むかどうかの分かれ目があると思います」


加えていうならば、施策に積極参加したくなる「楽しさ」や「気楽さ」の設計も重要だ。船越氏が話を聞いたインクルージョン先進企業では、社内の対話を増やすために、あえて社員旅行や運動会など日本企業でかつて行われてきた行事を実施している。自由参加を基本とするが、どの属性の人にとっても参加のハードルが下がる設計の工夫を惜しまないという。「参加しない人を意欲が低いと切り捨てるのではなく、家庭の事情などによる時間の制約、コミュニケーションの得手不得手といった違いを前提として織り込んでいました。多様な社員をすべてインクルージョンするという意思を明確にし、人事部が主軸となって経営者や管理職に意識づけることが重要だと思います」

 

※1:藤本健太郎、「社会保障とソーシャルインクルージョン」(『経営と情報:静岡県立大学・経営情報学部/学報』、2010年)
※2:Shore ,L.M, Randel, A.E., Chung, B.G., Dean, M.A., Ehrhart, K.H., & Singh, G.(2011). Inclusion and diversity in work groups: A review and model for future research. Journal of Management , 37(4), p1265



Text=入倉由理子 Photo=刑部友康