Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成

アサヒバイオサイクル/働き方の柔軟化とエンパワーメントの二段構えで女性育成

2025年07月28日

アサヒバイオサイクル(以下、ABC社)社長の千林紀子氏は、グループ各社のマーケティング部長などを務めた後、グループ初の女性社長となり、社内の女性リーダー育成に取り組む。リーダー層に女性が増えるために、企業と女性に何が求められるかを聞いた。

千林紀子氏の写真

アサヒバイオサイクル 代表取締役社長
千林紀子氏
大学卒業後、アサヒビールに入社し営業やマーケティング部などを経験。グループ会社のマーケティング部長、アサヒグループホールディングスでのM&A業務などを経て2017年、アサヒカルピスウェルネス(現アサヒバイオサイクル)社長に就任。


アサヒグループは、2024年の女性幹部比率が21%と登用は比較的進んでいるが、女性の賃金は男性の74.6%に留まる。要因を分析すると、役職・等級による収入の差が最も大きく、次が時間外手当の差だった。「女性は育児などで働く時間に制約を受け、その結果キャリア形成も難しくなっていることが、賃金格差に反映されています」と、千林氏は話す。

また、職場の「アンコンシャス・バイアス」によって業務内容や配置に差が生じることも、役職や賃金の差を生み出している、と指摘する。

千林氏自身にも経験がある。アサヒビール入社3年目にマーケティング部に異動した際、同時に配属された同期の男性が商品開発を任される一方、自身は補佐的な業務を割り当てられた。「補佐的な業務の担当は女性のほうがいい」「総合職の女性だけ男性と同じ業務を課すと、一般職の女性とあつれきが生じるのでは」といった、一方的な「思いやり」と「思い込み」に基づく処遇だった。

「それまでは営業担当で、男性と対等に働き数字も残していただけに衝撃を受けました。この経験が、ダイバーシティに関する取り組みの原動力になっていると思います」

今も多くの企業で同じようなバイアスから、女性を営業や事業部門ではなく、経理や人事など管理部門に配属するといったケースが見られる。事業運営や利益を稼ぎ出す部署を経験していないことが、女性たちに管理職への挑戦をしり込みさせる一因になることもある。

成長機会とともに 失敗を許容するセーフティネットを

千林氏は子会社出向などさまざまな部署を経験し、そのなかには主力事業の立て直しなどタフな仕事もあった。

「難しい仕事は、失敗したら後がない『崖っぷち』であると同時に、大きな成長機会でもありました。経験を積むなかでどんな部署でも通用する『勝ち筋』が見えてきたし、財務などマネジメントに必要な知識も身につきました」

女性たちが幅広い部署や業務を経験するためには、上司がアンコンシャス・バイアスを自覚し、意識的にバリューチェーン全体を把握できるよう育てることも大事だという。

ただ後輩たちに対しては、タフな仕事を「崖」にしてはいけないとも考えている。特に女性は失敗するとキャリアに傷がつくだけでなく、「やっぱり女性には任せられない」と言われ後輩にも悪影響を与えかねない。

「過保護に処遇するのでも崖に立たせるのでもなく、挑戦を通じた成長機会と失敗したときのセーフティネットの両方を用意すべきです」

日本企業では、管理職昇進の時期が出産年齢と重なることも多い。アサヒグループでも育休後、管理職に挑む気持ちが萎えてしまったり、成長につながる仕事をアサインされず「マミートラック」に入ってしまったりする女性がいた。

脱マミートラックを進めるためにも同グループ全体では、産休・育休中の社員もオンラインで管理職登用試験を受けられるよう制度を見直した。ABC社の女性も受験している。ABC社では組織的に男女問わず、過去に管理職試験の挑戦を断った人にも毎回「試験を受けないか」と意思を確認している。「育児のため一度受験を見合わせても、状況とともに心情が変化することもあります。能力もあり努力もしている人が昇進しないのはもったいない。何年がかりでも受けてほしい」

「15分が命取り」を変える 環境整備し成長機会を提供

バイアスの解消に努めてもなお、女性がキャリアを積むことは難しい。千林氏は前提となる「働き方の柔軟化」にも取り組んできた。

アサヒ飲料時代、育児休業明けの部下たちが「15分(遅れること)が命取り」だと話し、保育園のお迎え時間に間に合うよう走って帰宅していた。「彼女たちが、周囲に謝りながら帰る姿を見るのはつらかった」と振り返る。当事者の声を受けてフレックスタイムと在宅勤務を導入したところ、役職に就ける女性が増えるといった成果が見られた。

さまざまな取り組みの結果、千林氏の元では女性リーダーが育ちつつある。海外での豊富なビジネス経験を買い、マネジメント経験のなかった女性社員を中国法人の総経理(社長)に抜擢。彼女は不振に陥っていた業績を3年で急回復させた。また3人の子どもを持つ女性社員を台湾法人の副総経理に送り出す際には、現地の学校やベビーシッターなど、子育てに必要な情報を提供し、決断を後押しした。「個人のキャリアに合わせて、不安をきめ細かく解消することが大事です。女性を積極的に海外に送り出すようになって、大手企業から駐在の機会を求めて女性2人が転職してくるなど、優秀な即戦力も獲得できるようになりました」

新入社員の女性を米国法人に駐在させたときは「新人を海外赴任させるのか」と批判もあった。しかし、先輩の女性社員を公私のメンターとする体制を整えて送り出すと、新人女性は5年の駐在期間を全うし、現在は管理職を目指している。

最近は管理職を希望する若者が減ったといわれるが、千林氏は管理職の仕事を「宝箱のようにおもしろい」という。

「すべての業務に目配りしてバリューチェーンを自分で設計できるし、仕事の進め方をコントロールできるため、家庭との両立もしやすい。専門職を望む人も、一度は管理職を経験してからその先のキャリアを考えてもよいのではないでしょうか」

「自ら動き、決断から逃げないで」 女性たちへエール

ライフイベントの影響を受けやすい女性を幹部へと育成するには、若手のうちから企業側がリードして、ある程度のキャリアパスを描くことが大事だと訴える。ABC社では、一般的には役員クラスの後継者育成の仕組みである「サクセッションプラン」を、組織の下の階層から導入した。各ポジションの後任候補選びと育成には、人事と所属部署の管理職だけでなく千林氏も加わっている。同社では社員の4割を女性が占める一方、管理職比率は2割に留まるが、「女性が管理職のルートに乗れる道筋をつけ、管理職比率も社員比率と同じ4割に引き上げたい」(千林氏)。

女性がリーダー層を目指すには、単に上を目指す「梯子型」ではなく、上下左右に行ったり来たりできる「ジャングルジム型」のキャリアも必要だと考える。

「育児や介護から手が離れたら管理職に挑戦するなど、多様な道が拓ければ社員の気持ちも楽になると思います」

千林氏は女性たちに「腐らず自分から動くことも大事」だとアドバイスする。自身も補助業務を割り当てられたとき、「待っていても仕事は来ない」と新商品を提案し、ヒットさせたという。また管理職へ進む女性たちには「決断から逃げないで」とエールを贈った。「決断するのは怖いことです。でもそれをしなければ部下や後輩が大変な思いをするかもしれないことを、肝に銘じてほしい」

Text=有馬知子 Photo=稲垣純也