Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く

世界中から注文殺到、営業いらずの中小企業の技術と組織の磨き方とは

2025年11月06日

赤羽優子氏の写真代表取締役社長
赤羽優子氏

アジア進出と撤退を経験したティ・ディ・シー(以下TDC)。先代社長の赤羽亮哉氏(現代表取締役会長)が新規事業への挑戦を決断し、今は次女である代表取締役社長の赤羽優子氏が継ぐ。下請け依存からの脱却、人手不足とは無縁──。中小企業の「お手本」のような企業へなぜ変化できたのか。


宮城県宮城郡利府町に本社を構えるTDCは、金属やセラミックをナノレベルで磨き上げる精密研磨技術に強みを持つ研磨メーカーだ。社員数67人という規模ながら、JAXAやハワイの天文台など世界中の企業や研究機関から注文が舞い込む。「開けた瞬間、美しくて驚いた」との声が直接届くことも多い。

祖業は、赤羽社長の祖父の代に営んでいた鋳造業だ。高度経済成長期には大手企業の下請けとして海外進出もしたが、進出国の事情や人件費の高騰で撤退を余儀なくされ、先代社長が研磨業への転換を決断した。

「人を大切にすることで社会に貢献したいと思っていた父は、海外の工場でも社員を家族のように遇してきました。撤退時に再び解雇を繰り返したくないと考え、困難を承知で付加価値の高い研磨分野に参入したようです」

「みんなを豊かに」という約束を 働き方と組織改革、人材育成で実現

赤羽氏は大学卒業後、広告会社に就職。2000年にTDCに入社し、2015年に父から社長を引き継いだ。そのとき社員にこう宣言した。「儲かる会社にする。利益は必ず社員に還元します。でも私は完璧ではないから助けてほしい」と。給与水準の向上、職場環境の改善、未来への設備投資・研究開発に利益を投じる。その約束に社員は共感し、力を合わせて今がある。

「できないと言わない」という覚悟で難材や難形状の研磨を実現し、顧客の難題を解決できる唯一無二の存在となったことで、人件費やエネルギー高騰分を含めた価格改定を交渉しても断られたことはなかった。中小企業が「儲かる」ためには、技術による価格交渉力を持つことが必要だという。こうした成果を支えたのが、働き方改革と組織改革、人材育成である。

赤羽氏自身が広告会社時代の長時間労働で体調を崩した経験から、「残業ゼロ」を目指した。当時、納期を守るため残業が常態化し、工場は二交代制で深夜も稼働していた。

「これでは売り上げが増えても利益は出ません。私も夜は家でご飯を食べたかったし、みんなにも家族と過ごしたり、やりたいことに時間を使ってほしいと思いました」

定時退社を徹底すると社員は昼間の時間を真剣に使い、夕方になると誰もが道具を片づけ、工場から一斉に人が帰っていく。結果的に工程の合理化が達成され生産性は倍増した。

組織の「壁」も取り払った。製造現場では部署ごとに繁閑の差が出るが、以前は互いにサポートする空気がなかった。「1つの会社なのだから、どこかが忙しければ全員で助けるのが自然」と赤羽氏が声をかけると、部署をまたいでお互いに技術や技能の共有が進み、やがて「自分の部署」に固執する空気が消え、「多能工化」も進むという果実も得た。

人を育てるための投資として、精密測定器を拡充している。「以前は精密加工の進捗管理を職人さんの勘と経験に頼っていました。けれど、それだと若手は自分がどれだけできていなくて、どこを直せばいいかがわからず技能の習熟に時間がかかってしまう。測定器の導入によってそれが改善され、3カ月程度で一人前の仕事ができるようになりました」

また、製造業に根付いていた「技術は個人の財産」という考えを払拭し、属人性をなくして技術を継承することにも努めた。赤羽氏は評価制度を改め、「自分だけができること」ではなく「人に教えて広げること」を高く評価した。やがてベテランが若手に技を伝え、若手が改善を提案するという双方向の学びが生まれ、技術は循環し始めた。

「会社はファミリー」 信頼や絆が会社の力に

赤羽氏が父から受け継いだのは、研磨事業だけでなく「会社はファミリー」という思想だ。

育児や介護、病気など事情は人それぞれ。TDCでは有給休暇を1時間単位で取得でき、男性も育児や介護を担う。65歳を超えても希望すれば働き続けることができ、最高齢は80歳。

「80歳の社員の雇用継続は合理的には見えないかもしれませんが、うちの強みは先輩後輩が教え合う社風。シニア社員から若手は多くのことを吸収しています。合理性だけでは得られない信頼や絆が会社の力になります」

こうした改革を続けた結果、中小企業の多くが苦しむ採用に「困っていない」と言い切る。

「働き続けたいという職場をつくれば、採用コストゼロでも人は来ます。その分社員に1万円でも多く給料を払いたい。うちの給与は大企業並みで、やりがいのある仕事があり、それに取り組む過程で日々成長を実感する。みんなモチベーション高く働いてくれます」

ある日、入社5年目の社員が満面の笑みで仕事をしていた。赤羽氏が理由を尋ねると、入社動機となった「はやぶさ2」の後継プロジェクトに携われるのが嬉しくて仕方がないという。TDCには、そんな人材が集まっている。

Text=入倉由理子 Photo=伊藤 圭