Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く
常時接続時代にこそ必要な「不確実性に耐える力」を

Photo=今村拓馬
スマホの普及により私たちの日常は、常に誰かとつながっている状況になりました。メールに返信してSlackを見て、AIへ指示を出したところで隣の同僚に話しかけられ、同時にスマホが振動する──。こんな時間を過ごしている人も多いですよね。
心理学者、シェリー・タークルは、この事態を「常時接続」と呼びました。常時接続する人間は「マルチタスク」(並行処理)状態にあります。人間には細かな注意の切り替えしかできず、実際には同時並行できていません。つまり、「細かく注意を分割し、思考のリソースを集中的に使わない」練習ばかりしている。
仕事では熟慮や精査のうえで判断する集中力が必要なはずですが、いつしか「反応速度が速い=仕事ができる」になって、即判断して返すことが求められるようになった。実際、会議の数や契約件数、1日に書いた記事の本数といったことが、生産性の指標になっていますね。
大抵の素早い判断は、単に慣例や偏見か、「職位」や「立場」に基づいて自動化することで「速さ」を稼いでいます。スピーディな判断は習慣的で思考の幅が狭いからAIに早晩代替されるでしょうし、判断する人が「その人」である理由もない。つまり、仕事のスピードが速まると「その人固有の仕事」になりづらく、誰かにとって意味がある仕事だという実感も持ちにくくなるのです。
すぐに結論付けず、モヤモヤためる能力を大事に
「常時接続」の現代に大事なのが「ネガティブ・ケイパビリティ」です。これはイギリスの詩人、ジョン・キーツが提示した概念で、不確実なものを受容する姿勢、すぐに結論付けず、モヤモヤを抱えておく能力のこと。研究者ごとに、定義に幅があるのですが、「不確実性への耐性」が共通項です。さらに創造性や批判性と関連付ける論文もあり、ビジネスとも相性がよいです。
ところが、ビジネスの現場を見ていると、場当たり的な対応が多いようです。たとえば「1 on 1」。上司がそれを行う意味や意義を理解していれば、部下が不確実性への耐性を養うことを支援できるはずですが、「とりあえずいいらしいから、やっておこう」という程度の認識だと、事前の準備も行き届かないままに形式的な質問をして予定時間を過ぎたら終わり、ということになりかねません。
「問題があれば、それに応じて対策を導入する」という対症療法的発想は、リーダーが問題を外部化する癖から来ているといえます。つまり、問題の原因は外側=社員にあると考えるから、巷で流行っている対策をやらせるわけですよ。でも対策が必要なのは、拙速に対策を課す上司や経営者のほうかもしれない。この意味で、不安や不確実性への耐性は、リーダーほど大事です。
味方と退屈な時間をつくり 一次情報を取りにいこう
会社や組織にいながら、自らのネガティブ・ケイパビリティを養うために、個人のレベルでできることは、3つあります。
1つ目は、不確実な状況を前に抱くモヤモヤを共有できる仲間を、組織内の近い範囲に3人つくること。3人いれば、立ち話レベルだと多数派を形成し得るので、孤立せずにすみます。
2つ目は、スマホを触らない退屈な時間をつくること。退屈だと感じる時間でこそ、過去を思い出すことができる。想起は、不確実な状況のシミュレーションでもあるし、それに、思い出すエピソードが少ない人よりも、多い人のほうが豊かに思えますよね。
3つ目は、一次情報を体感しにいくこと。前に述べたように「素早い判断」はAIにたやすく代替されるけれども、ほかでもない「自分」が現場で感じ考えたことは誰かや何かで代替できません。同じ体験をしても、心と身体は人それぞれだから、「この感覚」は、自分にしか得られない。せっかく海に行ったのに、「砂浜で足が痛かったな」と思うのかもしれない。でも、そういう自分だから感じたこと、考えたことを反芻したり、誰かに共有したりすることには価値がありますよね。これら3つを組み合わせると、不確実性と不安に満ちた世界を恐れずに生きていく指針になるんじゃないでしょうか。
Text=川口敦子 Photo=谷川氏提供
谷川嘉浩氏
京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。
京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻修了、博士(人間・環境学)。著書に『増補改訂版 スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『鶴見俊輔の言葉と倫理-想像力、大衆文化、プラグマティズム』(人文書院)など。
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