Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権
障がいや難病を抱える人と企業の協働モデル構築 VALT JAPAN
VALT JAPANは、障がいや難病があって働くことに困難を抱えた人たちと民間企業を結びつけ、当事者一人ひとりのスキルを生かした仕事を提供する。
目指すのは当事者と企業の協働による、労働市場の構造変革だ。
日本財団の2018年の調査によると、障がいや病気、ひきこもりなどのため、就労に困難を抱える人の数は延べ1614万人に及ぶとされる。VALT JAPANの代表取締役CEO、小野貴也氏は「労働市場に不足感が強まる一方、就職の難しい人がいるという不均衡を是正したい」と、2014年に同社を設立した。
障がいなどがあり一般就職が難しい場合、就労継続支援事業所(以下、事業所)や、企業の障がい者雇用枠が主な就労場所となる。事業所の業務は、障がいの種別や程度にかかわらず、すべての利用者が梱包作業のような内職や、パン・菓子などの食品製造といった仕事をするケースが多い。たとえ利用者20人のうち、2人がPCを操作できたとしても、事業所の支援員がその2人のために、企業に営業して業務を受注するのは難しいからだ。
同社は全国約2000カ所の事業所と4万人を超える利用者ネットワークを組み、スキルや特性などをデータベース化している。一方で累計370社を超える企業から仕事を受注し、データに基づいて個々に応じた仕事を割り振っている。「我々が10人分のデータ入力作業を受注し、A事業所に2人分、B事業所には3人分などと割り振ることで、働き手は持っているスキルを発揮できるのです」
最近は特にデータベース開発に必要な大量のデータ収集や加工業務、AIに学習させるためのデータ作成業務など、DXまわりの業務提供に力を入れている。こうした業務は報酬も比較的高いため、受託した事業所の平均賃金(月額)が1万2000円から4万4000円に増加したという。賃金だけでなく、自分の得意分野を生かして収入を得られることで、働き手が自信を高め、企業への就職活動にチャレンジし成功するケースも出てきている。
意欲はあるのに働けない
雇用率ではなく人材
創業のきっかけは、小野氏が前職の製薬会社に勤務していた頃、うつ病や発達障がいの人たちの患者会に個人的に参加したことだった。「症状や疾患は違っても、皆さん就職がうまくいかないという共通の悩みを抱えていました。『仕事を頑張りたい』という意欲はあるのに、体調のよし悪しなどで思うようにキャリアを積めない人がいることに衝撃を受け、社会を変えたいと思ったのです」
小野氏自身、前職時代は対人関係が苦手で摂食障がいに悩まされ、「食費が月30万円ぐらいかかった」ときもあった。自らの経験も起業の背中を押したという。
創業後は3年ほどかけて、全国の事業所を1軒1軒訪ね、事業所の運営者が集まる勉強会に参加するなどしてネットワークを作った。事業所側も「自分たちの営業努力だけでは、利用者に提供できる仕事が限られてしまう」という課題感を抱えており、反応は総じて好意的だった。
一方、発注側企業を開拓する際のネックとなったのは、企業や自治体などに一定割合の障がい者雇用を義務付ける「法定雇用率」だった。多くの企業が「課せられた雇用率を満たせばいい」と認識し、それ以上の人数を雇おうとしない傾向が強い。
「雇用率があるために、企業側が障がい者を『割合』と捉えて人数だけ調整するようなネガティブな事象が生まれてしまう。雇用率だけではなく、発注などを通じて戦力にすることも国が評価する『法定協働率』というような、時代に即した新たな法制度の実現も必要です」
小野氏は雇用率を離れ、働き手を「戦力」として売り込んだ。「当社には多種多様なスキルを持ったワーカーが大勢いて、クオリティの高い成果物を出せますよ」と持ちかけ、顧客企業を開拓していったのだ。
できないことは悪くない
成果物の質と納期を担保
精神障がいや発達障がいのある人のなかには、服薬のために毎朝時間通りに起床するのが難しかったり、昼夜逆転の生活になったりするケースもある。「勤務態度などは関係なく、納期を守り、よい成果物を出して企業が評価してくれる仕組みは、働き手にとってフェアでもあります」
ただ仕事を依頼する企業からは「本当に品質や納期は問題ないのか」といった不安の声もあるという。このため同社は事業所ごとに専任ディレクターをつけて作業の進捗を管理している。納期までに作業が終わらないと判断した場合、人材データベースを生かして余力のある働き手に回すことで、期日と品質を担保している。
「できないことが悪いのではなく、できないことを相互に把握することが大事です。体調不良で作業ができない際には、働き手、支援員、当社のディレクターが連携する仕組みも構築しています」
働き手には細かい作業が得意でミスが少ない、という特性を持つ人もおり、顧客からは「他社に外注していたときよりも不良率が下がった」といった評価もあるという。時には働き手側から、品質改善に役立つ提案や指摘もあるため、「障がい当事者の視点がサプライチェーンに進化をもたらす」「組織のダイバーシティにポジティブなインパクトを与える」といった声も寄せられている。
2024年4月から、改正障害者差別解消法が施行され、行政機関や企業に対して、障がい者の活動を制限する障壁を取り除く「合理的配慮」が義務化された。
「障がいや難病のある人が活躍できる社会になると、企業の労働力不足だけでなく、就職困難という地域課題の解決にもつながる、分断なき新たな経済モデルなのです。まずは多くの企業が、当事者に何ができて何ができないかを知ることがインクルーシブ社会への第一歩だと思います」
Text=有馬知子 Photo=今村拓馬
小野貴也氏
VALT JAPAN
代表取締役CEO