Works 196号 特集 人事のダイエット
【人事匿名座談会】人事の現場から見た、リアルな人事業務の無駄
どこに無駄があるのか 人事の現場のリアル
調査(「人事の「体脂肪」調査:人事に関わる環境、戦略、施策に潜む無駄」)では、人事と現場の双方で感じる無駄と、両者の間でギャップの大きい無駄があった。何が無駄と感じさせているのか、ギャップの要因は何か。3人の人事に現場のリアルを語ってもらった。
採用への徒労感
「労働集約的なまま残る採用の負荷」
――まず採用では、人事の回答者に「無駄」と答える人が多かったです。
Bさん:調査で「無駄」だとされていることはおそらく2つの論点が混ざっています。「その施策自体が無駄かどうか」と、「プロセスのなかに無駄があるかどうか」です。採用は後者、つまりプロセスの無駄が非常に大きい領域だと感じています。特に現在のように、AIなどを使いDXによってオペレーションを減らし、戦略機能を強化していこうという流れのなかでは、採用はかなり労働集約的なまま残っています。面談の設定や調整、候補者とのやり取りやリスケジュールなど、細かい業務が積み重なって、結果としてプロセス上の大きな負荷になっているのではないでしょうか。
――これらは、DXやアウトソーシングでかなり解消できる余地があるということですね。
Aさん:採用人数や規模の変化で無駄が生じているようにも思います。当社の場合、新卒採用はかつて数百人採用していたものが現在では数十人。それでも説明会、社内調整、承認プロセスなど工数はほとんど変わらず、結果として1人当たりの採用コストはむしろ上がっていきます。それでも会社としてのブランディングのために新卒採用は続けたいというジレンマがありますね。
Bさん:従来の新卒採用手法は既に崩れていて、インターンを中心に早期に候補者を見極める形に移っています。さらに最近は学生がAIを活用する影響もあって、エントリーシートだけでは判断できないというのが前提。そのため、実際の行動を見られるインターンにシフトしています。Aさんがおっしゃる通り、手間がかかりコストが増えています。
そんな状況にあって、「本当にこの投資が合理的なのか」という問いが出てきています。AIの進化が目覚ましく、どのような人材が必要になってくるかがまったく見えません。2年後に入社し、そこからさらに数年かけて戦力化する間に、仕事の内容や必要とされるスキルが大きく変わってしまう可能性があります。
結果として、「ならば、必要なタイミングで経験者を採用したほうが合理的ではないか」「そもそも新卒採用の規模を減らしてもよいのではないか」という議論が強まってきています。実際に、AIが担える領域が増えることを前提に、新卒採用の人数自体を絞る方向に動く企業も出てきていると思います。
――Bさんの会社は多様な事業を抱えています。すべての事業領域で同じことがいえますか。
Bさん:市場に出てこない人材、特に高度な技術領域などでは、新卒から育てるしかないケースもあります。その意味で、無駄を生じさせないための判断はより難しくなっていると感じています。
――Cさんはキャリア採用担当ですが、無駄は感じていますか。
Cさん:複数の事業部門がそれぞれ採用活動を行っているのですが、結果として同じような職種の募集が各所で立ち上がり、全体で常に数百ポジションを募集している状態です。これはキャリア採用を急拡大した副作用です。新卒中心だった背景もあり、キャリア採用を全体最適で設計していくあり方については、これからAI活用も含め、検討していく必要があると感じています。
さらに、キャリア採用者に対する現場の目線が厳しい。「もっとよい人がいるのではないか」という意見も見られます。そのため、人事としては、現場の期待値と市場の実態との間をどう橋渡ししていくかが重要なテーマにもなっています。
――採用は本質的に必要な機能である一方で、グローバル化やテクノロジーの進化、日本型雇用からの脱却などの過渡期にあること自体が無駄を生み出しているともいえそうです。
異動・評価への現場の不満
「上がる異動や評価のコミュニケーションコスト」
――配置や異動については、特に現場で無駄という回答がありました。従来は会社主導でのローテーションが前提でしたが、今はそれが難しくなっています。現場の実感として、異動はどのように変わってきているのでしょうか。
Bさん:難しくなっていると思います。1つは、共働きの増加です。以前であれば単身赴任という選択もありましたが、今は家庭側の事情で簡単には動けない。特に地方拠点があると、勤務地変更を伴う異動はかなりハードルが高いです。実際に「行けません」と言われてしまうケースもあります。
もう1つは、キャリア観の変化です。キャリア自律の意識が強まり、社内公募を使って自律的に動く人が増え、同時に会社主導の異動については受け入れられにくくなっている。「動かしたいが動かせない」という状況が現場では起きています。
Aさん:当社でも、組織構造が大きく変わるなかで、異動の負担はむしろ増しています。意に沿わない異動を提示すると「辞めます」というケースも出てきます。そのため、社内公募やFAの仕組みを組み合わせながら、できるだけ本人の意向を尊重する形にシフトしています。結果として、別の問題も出てきています。たとえば、営業から本部に移った人が、再び現場に戻りたがらない。組織としては戻したいが、戻した瞬間に退職するリスクもあります。会社主導の最適配置と個人のキャリア志向の間で、常にトレードオフが発生している状態です。
――そのトレードオフを回避するために、コミュニケーションを増やすという対応が必要になりますね。
Cさん:実際、「自律的キャリア」を強く打ち出すと、組織としての統制が利かなくなるという懸念もあります。若手の希望をすべて聞いていくと実現できない、収拾もつかない、かえって不満につながる。そうした理由から、キャリア面談のあり方自体を見直そうという議論も出ています。
Bさん:本人の希望を丁寧に聞くのは重要ですが、その分コミュニケーションコストは確実に上がります。ただ、そのコストを払わないと、後でより大きな問題になる可能性がある。無理に異動させてトラブルや労務問題に発展することを考えると、事前に調整しておくほうがトータルでは効率的です。
Aさん:同感です。むしろ問題は、そのコミュニケーションを担うマネジャーの負担が非常に大きくなっていることです。調査でも、週1回の1on1が負担だという声が出ていますが、これは単なる業務量の問題ではなく、「なぜそれをやるのか」という意味が十分に理解されていないことも影響していると思います。「質の高い対話を継続的に行う」という前提で制度が設計されていますが、それを実行すること自体が負担になっている。日常的な対話を積み重ねることで、年度末の評価でのサプライズを防ぐ目的なのですが、現場では「そこまでやる必要があるのか」という感覚も根強くあります。
――本来は、それを「無駄」と感じないような人がピープルマネジャーになっているはずなのですが……。
Cさん:採用方法や管理職登用の仕組みなど、外から見るとかなりクローズドで、長年自社独自の手法が続いています。他社から「ガラパゴス」と言われることもあります。ただ、これまでのやり方で組織を引っ張ってきた実績もあるので、多少非効率な部分があっても、それを無駄だと認識しないで済んでいる状態だと思います。
無駄は本当に無駄なのか
「余白があるからこそ安定して回る」
――タウンホールミーティングやキックオフミーティングなど、大規模なイベントを「無駄」と捉える人も多かったです。
Aさん:当社では、透明性を確保するために積極的に実施しています。重要なのは、単なる情報共有ではなく、双方向のコミュニケーションになっているかどうかです。質問の時間をしっかり取り、経営層と社員が直接やり取りできる場になっていれば、無駄とは感じられにくい。
Cさん:そうですね。当社でもキックオフなどの大規模イベントはありますが、それとは別に、よりカジュアルな形で経営層と社員が接点を持つ取り組みも増えています。たとえば、経営層がさまざまな形で社員へ発信するコンテンツなどです。こうした取り組みは、距離感を縮めるという意味では一定の効果があると感じています。
――「何をやるか」よりも「どうやるか」が問われています。ほかに感じる無駄はあるでしょうか。
Bさん:管理職層から、エンゲージメントサーベイの無駄を指摘する声が、一定数出ています。会社の業績や外部環境にも影響される。そのため、「やる意味があるのか」という疑問は出やすいんです。
一方、エンゲージメントサーベイからくみ取れる現場の無駄に、承認プロセスがあります。一般社員が作ったものを課長、部長、統括部長、さらに部門長が確認する、といった形で、レイヤーごとにチェックが入る。形式的なハンコ文化が残っているわけではないのですが、それでも組織が大きくなるにつれてプロセスが長くなり続けています。
Aさん:結局は権限移譲とスピードの問題です。承認プロセスが多層化すると、どうしても意思決定が遅くなる。それが無駄として認識されています。そのため、レイヤーを減らす、組織をフラットにするという方向に舵を切っています。トップへの距離を縮めることで、スピードと心理的安全性を高めようという考え方です。
ただし、ここには別の問題もあります。レイヤーを減らすことで、マネジメント経験を積む機会が減っている。これまでであれば段階的に小さな組織を持ちながら経験を積めたものが、いきなり大きな組織を任されてしまうのです。「無駄を削る」ことで、別の意味での機会も同時に削られているのではないか、という感覚はあります。
――短期的には合理化されているように見えても、長期的には人材育成の機会が失われている可能性は否めません。
Bさん:中間管理職を削減して、AIや自動化でオペレーションを置き換え、シニアマネジメントだけを残すという極端なことを言う人たちもいます。一時的には効率的に見えますが、「では人はどこで育つのか」という問題が出てきます。
Aさん:それは日本型の組織の特徴ですね。長期雇用を前提とし、ジェネラリストを育てる仕組みのなかでは、ある程度の余白が必要になる。その余白が、外から無駄に見える部分でもあります。
Bさん:Cさんの会社はビジネス自体、すごくうまくいっていますよね。そう考えると、今まで議論してきたようなものって、本当に「無駄」なのかという気もします。むしろ、「無駄」というよりは「遊び」なのではないかと。ハンドルの遊びと同じで、まったく余裕がない状態だと、逆にコントロールが利かなくなってしまう。ある程度の余白があるからこそ、組織として安定して回っているという側面もあると思います。
徹底的に効率化された仕組みと余白を含んだ仕組みと、どちらがいいのか、どちらが幸せなのかというのは、一概にはいえないのではないでしょうか。大事なのは、そのどちらかに振り切ることではなくて、ある程度自分たちでコントロールできる余地があること。右に行くのか左に行くのか、その舵取りができる状態にあることなのではないかと感じています。
――自分たちの会社のやり方に本当に合っているのかを見極める必要がありますよね。その判断は、効率性だけではなく、「その組織にとって何が価値なのか」という問いと切り離して考えることができないものなのかもしれません。
Text=入倉由理子
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