Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ
何歳まで生きるか選択可能な時代へ。ロンジェビティ時代に問われる「哲学」
アメリカを中心に、老化の原因を突き止め治療しようとする研究が進んでいる。老化をコントロールできるようになる未来、次世代の人々の生き方はどう変わるのか。日米の研究動向に詳しい東京理科大学准教授の早野元詞氏に聞いた。

東京理科大学 研究推進機構総合研究院
老化分子生物学寄附研究部門 准教授
早野元詞氏
熊本大学理学部を卒業後、東京大学大学院新領域創成科学研究科で博士号(生命科学)取得。2013年から米ハーバード大学医学大学院のデビッド・A・シンクレア氏のラボへ留学。2017年、慶應義塾大学医学部特任講師。2025年より現職。専門は老化、エピジェネティクス。著書に『寿命を自分で決める時代-「若返り科学」で250年になる人生の設計図』(Hanada新書)などがある。2024年よりロンジェビティに関する研究や開発、投資を推進する一般財団法人ASAGI Labs、株式会社ASAGI Labs、ASAGI Labs Venturesなどを展開している。
老化を生命科学の観点から研究する早野氏によると、「老化」とは「1年1年が経過して変化すること」で、「ヒト」では「加齢に伴い、臓器などが機能低下に陥っている状態」のことだ。もしも機能低下の原因と治療法が解明されれば、老化は治療可能なものになる。つまり、時の経過に伴って年齢を重ねたとしても、老化は治療によって食い止めることができる、という考えだ。
米ハーバード大学医学大学院教授で老化研究の第一人者のデビッド・A・シンクレア氏が「老化は治療できる病である」と指摘した著作『LIFE SPAN 老いなき世界』(東洋経済新報社)は全米でベストセラーとなった。早野氏は2013年から約4年半、シンクレア教授の研究室に留学して指導を仰ぐ機会を得た。
近年、老化に影響を与える遺伝子の存在が次々と明らかになり、早野氏は「今や老化研究は、老化を防ぐアンチエイジングの段階から老化の治療という新しい段階に入りつつある」と指摘する。
早野氏が展望するのは、老化に関する各種データが刻み込まれた「老化時計」を個人が装着する近未来だ。老化時計には、視力や聴力、筋力、認知機能、免疫機能など、その人の身体機能を判定する複数の指標が盛り込まれており、これらの指標が一定の基準を下回ると、「あなたは高齢者です」と警告が出る仕組みだ。その人が高齢者に該当するか否かは「年齢」ではなく、「身体機能」によって判断されるようになるだろうというのだ。「たとえ年齢が若くても、不摂生な生活をしている人が高齢者と判定されたり、生活を改善すれば高齢者ではなくなったりすることがあるでしょう。高齢者であるかどうかは年齢で決まらず、その人の行動次第で、行ったり来たりするようになるはずです」
日米の人生観の違いはあるも日本企業の関心が急速に高まる
早野氏は、「アメリカでは自身の身体機能を積極的にコントロールする技術を使い、自分の人生を選択していきたい、そしてイノベーションによって社会を変えていきたい、という前向きな気持ちが、ロンジェビティという言葉に込められているように感じる」という。
富裕層を中心に、若返りに強い関心を示す人が多いアメリカと比べると、日本の平均寿命はアメリカよりも5歳程度長いのにもかかわらず、現時点でのロンジェビティの浸透度はそれほど高くないと早野氏は見る。「日本人は、たとえ身体機能が低下したとしても、それを自然のまま受け入れて生きていこうという感覚が、アメリカ人に比べると強いのではないでしょうか」
加えて、消費者側でも日常生活で健康に気を配る人々が多いのはもとより、そこまで意識はせずとも、食品メーカーが開発した健康に配慮したさまざまな食品が小売店の棚に並んでいる。「あえてロンジェビティという言葉を使わないまでも、『無意識のうちに健康になっている』土壌が既にあるともいえるでしょう」
その一方で、早野氏は、2026年に入ってから、一部の日本企業でロンジェビティへの関心が急速に高まっているのを感じるという。日本企業には、健康診断や人間ドックを通じて膨大なヘルスケアデータが蓄積されており、これらのヘルスケアデータをAIで解析し、さまざまな商品、サービス、さらに健康を予測するロンジェビティAIを開発することなどができれば「海外に輸出できる有力な商品になり得る」と期待する。
寿命は果たしてどこまで延びるのか。早野氏は「現在、人間の寿命の限界は120歳程度ですが、研究の進展によって今後、150歳、ともすると250歳に到達する人も出てくるでしょう。病の予防や治療も劇的に進化し、死期を自ら選ぶ時代がやってくるかもしれません」と展望する。「ただ、『そこまで生きたくない』という人もいるでしょう。ですから平均寿命は、90歳から100歳の間ぐらいに落ち着くのではないでしょうか」
平均寿命100歳の時代に人生やキャリアにどう向き合うか
もし近未来の平均寿命が90歳から100歳ほどになれば、現在よりも10年から20年程度、延びることになる。寿命の延伸によって、大きな影響を受けるのは今の子どもや若者だ。「現代の中学生や高校生が年を重ねれば、90歳、100歳まで生きるのは当たり前の時代になり、70歳、80歳はまだまだ働ける年代になるでしょう。彼らが過ごす人生は、私たちと比べて大きく変わります」
そうした近未来を見据えて、早野氏も「マルチステージの人生」の重要性を説く。誰もが100歳まで生きることが前提であれば、人生にはさまざまなステージがあることを念頭に、たとえば30歳でいったん会社を辞め、大学などで最新のスキルについて学び直した後に40歳で再度働き出すなど、自分自身の人生を設計する必要性に迫られる。
今後AI がさらに進化すれば、人に必要とされるスキルや職業の姿は劇的に変わることも予想される。「従来の受験勉強で学んできたような内容は、そのうちほとんど役に立たなくなるでしょう。だからこそ、大人には今の子どもたちが100歳になっていくときの世界観をきちんと提示し、子どもたちが自分で意思決定できるように育てていく責任があるのです」
「何歳まで働き、何歳まで生きるのかを自分で選択できる時代は目前」と、早野氏は繰り返し強調する。「若返りの医療を受けて長生きしたい」と考える人がいる一方で、「自然のままに死んでいきたい」と考える人も当然いる。富裕層だけが若返りの医療を受けられるなど、経済格差による寿命の格差が生じる恐れもあるだろう。このとき人は、自らの寿命やキャリアにどう向き合うのか。
「最も重要なのは、その人なりの軸となり得る『哲学』を持っているかどうかということです。子どものうちから、学校の授業などで『君はどう生きるのか』を問い、倫理面での議論を深めていくことが求められるようになるでしょう」
Text=川口敦子 Photo=今村拓馬
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