Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ

座談会|次世代のためのキャリアロンジェビティへ 人は、組織は

2026年08月31日

平均寿命が100歳を超える時代、特に次世代を担う人々、彼らを育む企業にはどのようなキャリアの考え方が求められるだろうか。人事責任者、キャリアとデジタル人材開発の専門家の対話によって探索していく。

高橋俊介氏(写真左)石原直子氏(写真中央)鈴木雅則氏(写真右)の写真

ピープルファクターコンサルティング 代表
高橋俊介氏(写真左)

ワイアット(現ウイリス・タワーズワトソン)代表取締役社長などを経て、1997年に独立し現職。慶應義塾大学大学院特任教授などを務める。個人主導のキャリア開発や人材育成の研究・コンサルティングに従事。

FutureWork研究室 代表取締役
石原直子氏(写真中央)

リクルートワークス研究所にて『Works』編集長、人事研究センター長などを務め、2022年よりエクサウィザーズ。自身設立のFutureWork研究室では、経営者、人事、政府、働く人々へのAI時代の人材マネジメントに関する情報発信に注力。

セールスフォース・ジャパン 専務執行役員 人事本部長
鈴木雅則氏(写真右)

GE、Googleを経て独立。その後QVCのアメリカ本社勤務、HRディレクターアジア、BMW人事部長を経験し、2019年にセールスフォース・ジャパンに入社。2026年2月より現職。


組織の構造的問題

──来たるべきキャリアロンジェビティの時代、日本の組織の課題をどのように捉えますか。

石原直子氏

高橋俊介氏(以下、高橋):中根千枝さんの『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書)にあるように、欧米は横社会・階層社会を基盤に発展してきた一方で、日本は新卒一括採用で会社に入り、組織のなかで経験を積みながら昇進していく「縦社会」の仕組みを築いてきました。

この仕組みは高度経済成長期には非常に合理的でした。若くて経験がなくても意欲と努力で成果を出せるように第一線の仕事を単純化し、年齢的にそれがキツくなると「よく頑張った」といって昇進させる。ビジネスモデルとキャリアモデルが完全に一体化していました。しかし、この縦流動型の組織は、人口増加や経済成長が前提でこそ機能したシステムです。日本社会が低成長期に入った現在、このモデルは完全に限界を迎えています。

石原直子氏(以下、石原):これからはAIの進化によって労働需要は下がり、人間の仕事は減ると見ています。特に、ルーティン業務を回すような仕事は、AIによって自動化されていく可能性が高い。価値を生まない管理職も必要なくなるでしょう。そういう人が生まれてしまうと解雇が難しいので、企業は新たな人材マネジメントの方向性を模索しなければなりません。

鈴木雅則氏(以下、鈴木):AIによって効率化が進むのは間違いありません。私たちの会社でもAIエージェントの研修を全社員に導入するほどに、AI活用を推進しています。しかし、単純に効率化すればいいわけではありません。たとえば、人事評価のコメントをAIで自動生成すれば内容としては正しくても、「きちんと自分を見てもらえていない」と感じる社員が出てきます。営業資料もAIは平均点の高いアウトプットを作れますが、それだけでは相手の心は動きません。最後に必要なのは、その人自身の考えや意思、経験なのです。

一方、外部環境がこれだけ激変している以上、出入りをさせずに抱え込み、人が辞めない前提で組織を作っていくことの合理性はありません。

高橋:未来に向けて組織や人事を変えていこうと思うならば、まずは未来に通用するビジネスモデルに変えていくこと。同時に、それと整合する組織モデルを作っていくことです。それをせずに、取って付けたようなジョブ型や専門職制度を導入しても、何も変わりません。

──ビジネスモデルの限界も、人事制度の制度疲労も理解している企業は多いと思います。それでも変えられない企業があるのはなぜでしょうか。

高橋:ビジネスモデルが違えば、組織モデルも求める人材像も異なるという「経営視点の人材マネジメント」ができる経営者と人事トップは少ないと思います。そのなかにあって、総合商社は少ない成功事例の1つでしょう。1990年代以降、従来の売買コミッションから投資型へとビジネスモデルを大きく転換し、それに伴い、新卒というアーリーステージから「投資先の経営者」としての採用・育成に取り組みました。経営者はビジネスモデルに関して、人事は経営人材育成に関して知識を持ち寄り、結びつきを強くしていくのが変革の鍵です。

個人と対等な関係の「大人の会社」へ

──法政大学大学院の石山先生が、会社が家長として面倒を見すぎてしまう「パターナリズム(家長的な保護・支配)」の問題を指摘しています。会社はどう変わるべきでしょうか。

鈴木雅則氏

高橋:企業が「人財」の「財」という文字を使いますが財産とは会社の「持ち物」を意味します人間は会社の持ち物ではありません。

法律の専門家から、「支配あるところに責任が生じる」と聞いたことがあります。日本の最高裁判例で解雇が厳しく制限されているのは、企業による支配の度合いが強いからであり、支配した者はその度合いに応じて責任を負う。いちばんやってはならないのは、「責任はもう取れない(雇用を守れない)が、支配は続けたい」という身勝手な態度です。これからの企業は、支配の度合いを低くし、対等な立場でマッチングを行う「大人の会社」へと変わらなければなりません。

石原:私は、現在のほぼ終身雇用の保証が、個人の学ぶ意欲や自立する意欲を低下させていると考えています。私は以前、「雇用契約の上限20年」というコンセプトを提案したことがあります。期間が20年と限られていると思えば、会社もその間に投資を回収しようとするし、個人も独力で稼げるようになるための学び直しや仕事選びへの強い意欲が湧くはずです。無期雇用という前提そのものが、個人を企業に依存させ、個人が「大人」であることを阻んでしまっています。

鈴木:「年齢」というものを重視することも、変えていかなければなりません。日本の会社では上司と部下の年齢が逆転することを極端に嫌がります。全員が一緒に一歩ずつ上に上がる同質的な環境は、阿吽の呼吸で安定的に物事を進められるよさがあると皆いいますが、新しいことにチャレンジするインセンティブが働きません。

高橋:阿吽の呼吸は、長年一緒にいることで生まれる、というのも幻想ではないでしょうか。サッカーのナショナルチームは、普段は国内外の異なるクラブチームに所属している選手たちが短い期間でそれぞれの役割を理解して、阿吽の呼吸でパフォーマンスを発揮していますよね。

鈴木:ワールドカップでの日本代表チームも、「阿吽の呼吸」がうまく機能していたように見えました。時間をかけずとも、多様な経験を生かした質の高い組織は作れるという証明だと思います。年齢に関係なく活躍できる組織を作ろうとするならば、「今、何ができるか、どんなバリューを発揮できるか」にフォーカスして組織を作る必要がありそうです。

キャリア自律を超えた人生自律を

──キャリアロンジェビティの実現には「キャリア自律が必要」と、多くの方に指摘されました。次世代の個人のキャリア自律とは、どのようなありようだと思いますか。

高橋俊介氏

高橋:かつて平均寿命が75歳だった少し前までは、60歳まで会社で頑張れば十分な退職金が出て、ローンを完済し、残りの10年を生きて死ぬんだな、という人生プランが描けました。しかし、平均寿命が100歳を超えるとなると、自分の人生を自分で生きていくという従来のキャリア自律を超えた「人生自律」が重要になってきます。

石原:先にお話しした通り、無期の雇用期間のあり方を見直して、個人を終身雇用の幻想から解き放つ必要があるでしょう。「人生自律」、つまりそれぞれがそれぞれの自分なりの生き方を考えるようになり、そこに生き方の多様性が生まれます。60代後半になってから「今からめちゃくちゃデカい会社を作ってやろう」とダイナミックに挑戦する人がいる一方で、若くても「稼ぐよりも、田舎に移住して料理研究家になりたい」という人がいてもいい。東京で大金を稼ぐことだけを正解とせず、地方で生活コストを抑えながら共働きで堅実に生きるような、地に足の着いた生存戦略も含めて、個人が自由に次のフェーズを選べるようになればいいと思います。

高橋:そのとき、ファイナンシャルリテラシーの有無がキーポイントになります。若いうちからリテラシーを高めることで、限られた収入でも好きなことで稼いで生きていけるようになり、人生の自由度は劇的に広がります。

もう1つ大切なのは、生涯にわたって興味を持ち続けられる自分なりの「テーマ」を持つこと。私はこれを「キャリアの背骨」と呼んでいます。日本の会社によくあるスーパージェネラリスト型のように、異動のたびに目の前の仕事を短期間だけ勉強して乗り切り、ふと気がつくと自分の軸がない。会社の枠に縛られず、仕事とは関わりがなくてもいいのですが、目の前の業務が変わっても主体的に学び続けられるテーマを持っている人は、非常に強い生き方ができます。

石原:テーマを持つという点で、作家の森博嗣さんが面白いことを言っています。彼は英語の“leisure”を単なる趣味や余暇と訳したのは間違いで、「一生をかけて研究したい自分にとってのテーマ、いわば個人研究」という意味合いが強いと論じています。「日本中の鉄道の写真を撮りたい」でも、なんでもいいと思うのですが、長く追いかけてきた自分だけの研究テーマがあることが、長い人生における最大のモチベーションであり、健康に生きるための「心の養分」になるのだと思います。

鈴木:自分のテーマを持つことは、大賛成です。私は、これからの長いキャリアを生き抜くためには、やはり守りの姿勢ではなく、仕事に対する「ワクワク」した感情や、内発的な「活力」が何よりの原動力になるべきだと信じています。自分が何にパッションを感じるのかを突き詰め、それを仕事に結びつけていく。ベースにワクワク感があるからこそ、エネルギーのいる学び直しやキャリアチェンジにも挑戦できるのではないでしょうか。若い世代はインターネットを通じて世界中の情報に触れ、刺激を受けています。もしかしたら、テーマを持つことは彼らのほうが得意かもしれません。

人事としては、個人のリスクを管理する役割ではなく、一人ひとりの挑戦への内発的な活力を引き出し、伴走する存在でありたいです。

高橋:そうですね。これからは、一律のルールをなくして1対1で決める「相対人事」をベースにするのがいいのかもしれません。会社からの命令ではなく、「このポストに行ったら、仕事はハードだけどこんな経験ができる」といった、お互いの状況に応じた社内市場を作るイメージです。若いうちからの価値観や志向の個人差はもちろん、80歳でも普通に働く時代になるのであれば、健康や働き方の個人差も大きくなっていきます。何をやりたいのか・どこまでできるかと会社側の期待をすり合わせる。手間はかかりますが、それこそAIが支援してくれるのではないでしょうか。


Text=入倉由理子 Photo=刑部友康

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