Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

若林直樹氏|少子高齢化、国際化などの課題解消には産業クラスターがカギ

2026年10月23日

【日本発 世界で勝てる中堅企業をいかにつくるか】世界企業への処方箋
ドイツでは各地域の産業クラスターが中堅企業の成長の裏側にある。日本でも2026年7月、地域ごとに計17の産業を定め、その集積を国が後押しする「戦略産業クラスター計画」が公表されている。そもそも産業クラスターとは何か。世界の動向と日本の課題は何か。研究の第一人者、京都大学大学院教授の若林直樹氏に聞いた。

若林直樹氏の写真

京都大学
経営管理大学院教授
若林直樹氏

東京大学大学院社会学研究科博士課程中退、京都大学博士取得。東北大学助教授、京都大学准教授を経て現職。専門分野は組織行動論、人的資源管理論、ネットワーク組織論。主著『ネットワーク組織』(有斐閣)。


産業クラスターとは、一定の地域に同じ分野の企業、先進的な研究機関や大学が集まり、競争力のある産業活動を展開する「地域に集積する産業システム」を指す。IT企業が集積し、スタンフォード大学もあるアメリカのシリコンバレーがその典型だ。

若林氏は、産業クラスター形成のメリットをこう話す。「過去には、銅山の周辺に集積する銅の精錬所のように、公害産業に代表される不幸なクラスターもありました。しかし、製造業を例に取れば、どの製品を携え、どんな国際市場で勝負するかを考える場合、何でもつくれるが、どの製品も競争力が低いという状態よりも、ある市場に対し抜群の競争力のある製品があったほうがいい。そのうえで、地域に生産や人材育成の仕組みが根づくことで、競争力が高まります」

しかし今、この産業クラスターの行方に暗雲が垂れ込めているという。「産業クラスターはそもそも、造船が典型的です。船を造る技術やノウハウは現場への粘着性が強く、なかなかほかの地域に移転できないことから、集積することに大きな意味がありました。だが経営環境が大きく変わり、情報化、DXが進むと、粘着性が薄れ、技術やノウハウが移転しやすくなった。特にコロナ禍以降、オンラインの会議が増え、飛行機に乗らなくても地域を超えた協業が可能な時代に入ると、地域集積の価値が薄れてしまったのです」

少子高齢化という問題も先進国における産業クラスターにとってはマイナス要因だ。「イタリアのボローニャは包装機械産業の集積地として有名です。現地の人に聞いたところ、1950年代から1970年代くらいまでは、多くの企業を生み出してきたけれど、少子高齢化が進み、今は増えていない。特に機械工業など古いタイプの製造業は新規参入が途絶え、若い人も働きたがらないということでした」

製品の高付加価値化という流れもクラスターに大きく影響している。「生産事業者だけではなく、デザインファームや知財事務所、ネットプロモーションの会社など、さまざまな組織が事業に加わることが当たり前になり、従来の産業集積の意味が希薄になってきました」

日本のクラスターの問題 人材育成が貧弱で流動性が低い

そうしたなかでも、うまくいっている産業クラスターもある。「クラスターに参加する各企業が強みであるコアテクノロジーの開発や生産能力を維持、発展させ続けられること。グローバルの顧客に対し、その強みをきちんと説明し、交渉したうえで、生産や流通体制を組んでいけること。この2つの条件が必要です」

その代表例が中国・深圳における電子部品クラスターだ。「多数の企業が集積し、低コストで多様な製品をつくり出すことに長けています。オンライン販売などを通じ、日本をはじめ、諸外国の企業とも国際的な流通網を発展させており、新規に参入する企業も多く存在します」

翻って日本はどうか。政府は長年クラスター政策を策定し、その旗振りに懸命だが、顕著な成果は出ておらず、新陳代謝も働いていない。その原因としては、前で述べた情報化の進展、少子高齢化に加え、地域の人材の問題が大きいという。

1つは育成の面だ。「技能人材や生産人材といった、クラスターの強みとなる中核人材の育成を、各地域で集合的に行うことが少ないのです。先に、現在では少子高齢化問題に喘ぐイタリア・ボローニャの例を出しましたが、実はかつては状況が異なり、中核人材の育成において評価すべき点の多い地域でした。職業学校や専門学校を充実させ、生産人材の底上げに非常に熱心だったのです」

もちろん、同じく少子高齢化に苦しむ日本においては、別の策を講じる必要がある。若林氏は、アメリカを例に引く。「航空機の開発製造会社ロッキード・マーティンが冷戦終結後の事業の縮小を機に、コアのエンジニアを確保し能力開発することについて、ライバル企業と地域で共同で取り組む策を講じました。多くの日本企業はそうではなく、OJT中心で、中核の企業がなくなったら、その地域の人材開発が途絶えてしまう。それではクラスターは継続しない。こうした一つひとつの努力が分水嶺となっていきます」

もう1つは人材の流動性だ。「アメリカやイギリスの資本主義モデルとは異なり、日本の流動性はドイツと比べても低い。転職もしないし、起業もしないという傾向が強いため、新規の事業者がなかなか生まれず、企業同士の知識やノウハウの移転も乏しい傾向にあります」

京都に存在する世界的クラスター

このうち、前者の育成に関し、若林氏が注目している日本のクラスターがある。「京都には世界的な観光クラスターが存在します。その中核にあるのが旅館であり、その旅館にとって不可欠なコア人材とは板前さんです。インバウンドを含め、京都を訪れる観光客のお目当ては和食であり、和食が提供できない旅館は価値が下がります。ですから板前さんの能力開発は必須なのです。私は和食の専門学校の外部評価委員を務めていますが、技術の研鑽の仕組みはもとより、給料を上げる提案や、とかく洋食に流れがちな学生の興味を和食に振り向ける興味喚起など、さまざまな取り組みを模索しています」

板前の計画的育成が実現すれば、流動性も高まり、京都の観光クラスターがより発展する可能性がある。

産学連携のシステムが弱いことも、日本のクラスターが発展しない大きな要因の1つだ。これまで示してきたように、ドイツにおいて、その働きを担うのが科学技術分野における公的応用研究機関、フラウンホーファー研究機構だ。研究活動を行う一方で、市場ニーズに技術を適用し、開発成果を企業に移転している。「彼らはドイツ企業が持つ技術を売り込もうという意識が非常に高い。介護に着目し、日本との共同研究に声をかけてもらったことがありました。売り込むターゲットを見定め、そこにしっかりとアプローチするさまは、マーケッターやアライアンスコーディネーターともいえます。そうした人材を日本でも育てていかなければなりません」

若林氏は、冒頭で触れたような産業クラスターを取り巻く環境の変化を踏まえ、「人手を多く要する大量生産モデルはもはや産業クラスターとしてはふさわしくない」と指摘する。「日本の産業の強みをあらためて見直す必要があるでしょう。ものづくりだけでなく先にお話しした観光業をはじめとするサービスや、アニメのようなコンテンツ、バイオなど、これまで対象となってこなかった産業に目を向けるべきだと思います」

Text=荻野進介 Photo=若林氏提供

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