Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

独フロットヴェグ社|地域を軸に世界を人が往還、市場・技術・人の同時育成

2026年10月16日

【世界で勝てるドイツの中堅企業の実像】ドイツ企業レポート
フロットヴェグは、セパレーター技術の分野で世界をリードする。本社はバイエルン州フィルスビーブルク。都市部から離れた地方にあって、どのように技術を育て、世界に通用する人材を開発し、グローバル事業を展開してきたのだろうか。

フランツィスカ・シャンドル氏、ミヒャエル・ヤコブ氏

フロットヴェグ
グローバル人事責任者
ミヒャエル・ヤコブ氏(写真右)
Mr. Michael Jakob

学習・能力開発部門マネジャー
フランツィスカ・シャンドル氏(写真左)
Dr. Franziska Schandl


同社が手がける技術は、高速回転による遠心力や重力を利用し、液体と固体、あるいは密度の異なる物質を分離するものだ。「私たちのビジネスは、ビールや食品から塗料、鉱業、製薬に至るまで、多岐にわたる領域をカバーしています。色の比重の微妙な違いを利用することで、レゴブロックを色ごとに仕分けることさえ可能なほどの精密さを備えています」と、グローバル人事責任者のミヒャエル・ヤコブ氏は説明する。

現在、同社の海外売上高比率は80%を超え、世界市場で高いシェアを誇る。その強靭な開発・製造体制は、本社拠点であるミュンヘン近郊のフィルスビーブルクに一元集約されている。

「私たちのマシンのスローガンは“Engineered for Your Success”。世界中から届く多様な素材や要望に応えるため、技術センターへの投資を継続しています」(ヤコブ氏)というように、2021年に本社近くに5500万ユーロを投じて第2工場を開設。2026年にはさらに、そこに隣接する研究開発施設「プロセスセンター」を1500万ユーロをかけてオープンさせた。ここには専門のラボを設置して、世界中の顧客から送られてくるサンプルの特性を解析し、顧客の個別ニーズに合わせた最適なソリューションの開発に役立てる。

現在、オーストラリア、中国、ポーランド、イタリア、北米、南米、タイなどに12の海外子会社を展開している。

雇用の安定と人を惹きつける仕事が生む「離職率3%」

フロットヴェグの従業員数はグループ全体で約1200人。そのうち約1000人が本社に勤務する。同社の年間離職率は、わずか3%(ドイツ国内)。「上場企業ではないため、四半期ごとに株主を満足させる必要がなく、短期的な業績変動に翻弄されることもありません。腰を据えて長期的な成長を考えられることが、雇用の安定につながり、高い定着率を支えています」(ヤコブ氏)

約1000人という本社の規模も、働く人の実感に影響している。組織の一人ひとりが、自らの仕事と製品や顧客とのつながりを見失わずに済むからだ。「以前、大手自動車メーカーに転職した社員が、わずか2週間で戻ってきたことがありました。大企業では自分がラインの一部を担う歯車のように感じられたそうです。ここには人間味があり、自ら考えて行動し、価値を生み出すことができると話していました」と、学習・能力開発部門マネジャーのフランツィスカ・シャンドル氏は話す。

平均を上回る給与水準や充実した福利厚生に加え、水資源の有効利用や食料生産の効率化など、社会的意義のある製品に携わることも、働く人の誇りを生んでいる。こうした要素が重なり、同社は地域を代表する雇用主として高い評価を獲得してきた。2年前に導入したリファラル採用プログラムでも、支援機関が示した予測を大幅に上回る成果が得られたという。

もっとも、同社の人材基盤を支えているのは、採用力だけではない。地域から迎え入れた若者を長期的に育て、技術者や管理職、さらにはグローバル人材へと成長させる、一貫した育成の仕組みも大きく寄与している。

学歴によるキャリアの壁はない 入社後の成長で道が開かれる

フロットヴェグの人材育成の出発点の1つが、ドイツに根づく徒弟制度、アプレンティスシップだ。各地の商工会議所と連携したデュアル教育システムのもとで3年間、理論と実務を往復しながら専門性を身につける。

同社は80年以上にわたってこの仕組みを活用し、2026年9月現在で600人以上を迎え入れてきた。現在も約70人の「見習い」が在籍している。特徴的なのは、徒弟制度が単なる若手技能者の養成にとどまらず、その後の長いキャリアの入り口として位置づけられていることだ。「当社では、現場の見習いとして入社した人にも、幹部まで成長できるキャリアパスが開かれています。能力と意欲のある社員に対しては、働きながら大学に進学するにあたって、費用の援助か教育休暇の付与によって支援しています」(シャンドル氏)

若い時期に職業教育を受けた人が、現場の専門家としてキャリアを重ねるだけでなく、さらなる学習を通じてマネジメントを担うこともできる。学歴によって可能性を閉ざさず、入社後の成長によって新たな道を切り拓けるようにしているのだ。

その継続的な学びを支えるため、2015年には自社研修機関「フロットヴェグ・アカデミー」を開設した。アカデミーには、現場で技術的なノウハウを蓄積してきたベテランを含む10人の専任スタッフが配置されている。「新入社員には、技術職か事務職かを問わず、自社のマシンがどのような構造を持ち、顧客や社会にどのような価値をもたらしているのかを伝え、会社全体の事業や製品への理解を促すことで、一人ひとりが自らの役割に意味を見いだせるように努めています。他者と協働するためのソーシャルコンピテンシー、パフォーマンスマネジメント、リーダーシップ開発、コーチングなども研修の範囲に含まれます」(シャンドル氏)

さらに、アカデミーは社員だけでなく、顧客にも開かれている。「私たちは、お客さま自身がマシンの構造を理解し、分解や組み立て、簡単なメンテナンスやエラー対応を行えるようにトレーニングします。基本的な一次対応ができるように支援することが、お客さまとの強い信頼関係につながっています」(ヤコブ氏)


フロットヴェグ

プロセスセンターフロットヴェグは、バイエルン州フィルスビーブルクの森に囲まれた美しい土地にある(写真上)。
2026年に開設したプロセスセンターでは、実際の操業条件に近い環境でテストできる(写真下)。

海外拠点への権限委譲と共通のアイデンティティ醸成の両立

こうして本社で蓄積された技術や人材を、グローバルな事業へどのようにつなげているのか。海外13カ国に展開する子会社には、現地採用を中心とする約250人の社員が勤務している。同社のグローバル人事の基本原則は、現地への権限委譲だ。

ドイツ本社の経営陣や人事部が直接関与するのは、海外法人の社長などトップ層の採用に限られる。それ以外の人材の採用や配置、日常的な人事管理について各子会社に大きな裁量を与えているのは、各国や地域の労働市場、法制度、文化に即した人と組織づくりを可能にするためだ。

一方で、権限委譲によって各拠点が分断されないよう、本社との一体感や共通の企業アイデンティティを育む仕組みにも力を入れている。その中心的な役割も、フロットヴェグ・アカデミーが担う。「世界各地の子会社から、新たに採用した営業担当者やサービス技術者をドイツ本社に招き、1〜2週間の実践的なトレーニングを実施する。製品や技術を学ぶだけでなく、本社の社員や他国のメンバーと直接交流する機会を設けています」(シャンドル氏)

これによって互いの顔が見えるグローバルネットワークと仲間意識が生まれ、国境を超えたノウハウの共有や質の高い顧客サービスの基盤構築につながっている。

また、海外から現地社員を招く一方で、徒弟制度を修了した20代前半の若手メカニックを中心に、社員を世界の顧客先に送り出している。「現場では、マシンの据え付けや試運転、メンテナンスに従事します。おぼつかない英語しか話せない若者が、新興国の工場など、厳しい環境のなかで自力で問題解決に取り組みます。そうした切迫した現場での実践を通じて、数年後には、世界のどこででも困難な状況を切り拓ける技術力とたくましさを備えた人材へと成長します。そして、世界から社員が持ち帰る情報が、次の製品開発や市場開拓につながっていくのです」(ヤコブ氏)

これは、海外展開だけを担う専門部署が存在しない同社にあって、人材育成と同時にグローバル経営の重要な仕組みとして機能しているという。

現在、南アジア市場をターゲットとしてインドでのプロジェクトが進行中だ。これも、現場の営業担当者から寄せられた情報がきっかけだった。南アジアは大きな人口と高い成長性を持ち、顧客のニーズをより精緻に理解すべき、という声が上がったからだ。

「現場が市場の変化や顧客の課題をつかみ、それを経営が新たな投資や事業展開へと結びつける。この循環が、新市場の開拓を支えているのだと思います」(ヤコブ氏)

人材育成とグローバル展開が別々に進められているのではなく、人が世界の現場で育つことで事業を成長させ、事業の広がりがまた新たな成長機会を社員にもたらしている。

たとえ都市部から離れた地方に拠点を置く企業であっても、人の可能性に期待し、それを世界の現場で発揮させることができれば、グローバル市場で揺るぎない地位を築ける。同社の歩みは、そのことを示している。

技術トレーニングの機会技術トレーニングの機会は、社員のみならず顧客にも開かれている(写真左)。デュアル教育システムを活用し、多くの若手人材を育てる。マイスター資格の取得は国からの資金援助もあるという(写真右)。

Text=入倉由理子 Photo=Works編集部、フロットヴェグ提供

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