Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

独フラウンホーファー|中堅企業の研究開発とオープンイノベーション支援

2026年10月20日

【世界で勝てるドイツの中堅企業の実像】ドイツの中堅企業を支えるエコシステムとは
ドイツ各地に74の研究所を擁し、約3万人のスタッフが活動する欧州最大の応用研究機関、フラウンホーファー研究機構は、中堅企業支援のキープレーヤーの1つだ。どのように企業の成長やイノベーションの創出を支えているのか。シュトゥットガルトに拠点を置く同機構IPAの機能性材料部門長のイヴィカ・コラリッチ氏に聞く。

イヴィカ・コラリッチ氏

フラウンホーファー IPA(生産技術・オートメーション研究所)

機能性材料部門長
イヴィカ・コラリッチ氏
Mr. Ivica Kolaric


フラウンホーファー研究機構の年間研究費総額は約36億ユーロ。研究予算のうち70%以上は、民間企業からの委託契約と公共財源による研究プロジェクトによって賄われている点に、大きな特徴がある。

同機構のミッションは「社会と産業に役立つ実用化のための応用研究」だ。マイクロエレクトロニクス、材料・部材、光・表面技術、生産技術、ライフサイエンスなどの多岐にわたる領域で、産業界のニーズに直結した技術開発やコンサルティングを展開している。「私たちは技術そのものを切り売りして販売しているのではありません。企業がイノベーションを起こすために必要な研究開発能力とノウハウを、企業のために提供しているのです」と、コラリッチ氏は説明する。

ドイツ経済の根幹を支える「ミッテルシュタント(中堅・中小企業)」は、自前の膨大な研究設備や大規模なR&D部門を単独で保持することが難しい場合が多い。同機構は彼らに対して必要なときに必要な規模の研究能力を契約ベースで提供し、産業界のアイデアを迅速に実用化・市場投入へと導く架け橋として機能する。全ドイツでデータベース登録されている数千の企業と、毎年1000件を超える産業界との共同研究プロジェクトを動かしている。

オープンイノベーションや技術の応用展開を積極支援

同機構の企業支援には、3つの軸がある。

第1の軸は、企業と研究者、あるいは企業同士を結びつけるマッチメイキングと、その後の実際の研究作業の支援だ。第2の軸は、外部の設備や異なる専門性を持つ異業種が自律的に組み合わさるオープンイノベーションの場を提供すること。そして、異なる分野への技術のスピルオーバー(応用展開)を可能にする積極的な介入。これが第3の軸だ。コラリッチ氏はその具体例として、自動車産業の生産技術をライフサイエンスや防衛産業へ転用する取り組みを挙げる。「シュトゥットガルト地域には自動車産業や機械産業が集積し、非常に複雑な製品を極めて低いコストで大量生産するノウハウを持っていますが、自動車のサプライチェーンの利益率は1〜3%程度と極めて厳しいのが現実です。一方で、ライフサイエンスや医療技術、あるいは防衛産業といった分野は、15〜20%という高い利益率を保持しています。私たちが推進するのは、自動車産業で培われた高い自動化技術や品質保証のプロセスを異業種へと移植し、企業に新たな成長機会をもたらすことなのです」

これらの活動を読み解くうえで重要なのが、地域を軸としたイノベーション・エコシステムの概念だ。共通の産業基盤を持つ特定の地域に、大学、研究機関、大企業に加え、高度な技術を持つ中小企業が高密度に集積し、密接に関わり合う地域密着型のエコシステムがあることで、技術と市場が融合している。

そして、「地域軸のエコシステムがドイツにおいて最も高密度かつ理想的な形で機能している場が、シュトゥットガルトです」と、コラリッチ氏は言う。フラウンホーファーIPAが拠点を構えるシュトゥットガルトは、ボッシュ、メルセデス・ベンツ、ポルシェといったグローバルな自動車・自動車関連企業の本拠地や重要拠点が一堂に会し、平均従業員数100人ほどの高度な技術を持つ中堅・中小企業もひしめく産業集積地だ。「主要な産業や研究機関が、自転車や徒歩で直接訪問できるような物理的な距離感のなかに集積しています。メールやWeb会議だけでなく、同じ地域で膝を突き合わせ、高頻度・高密度なコミュニケーションを取れることが、迅速な信頼構築とイノベーション創発の原動力になっています」

コラリッチ氏自身は素材分野のバックグラウンドを持つ。「新素材の開発からそれを実際の生産ラインに組み込む自動化システム、AIを活用した品質管理に至るまで、研究と産業現場の最前線でプロジェクトを率いてきました。私の仕事の本質は、研究室で生まれた技術を、企業が利益を生み出せる製品やプロセスへと変換することにあります」と話す。コラリッチ氏のような技術と市場を熟知したリーダーが、産業界の課題解決に当たる構造のなかでのキープレーヤーになっている。

市場と常に対話し自社の技術を更新し続ける企業が生き残る

コラリッチ氏は何万社もの企業との協業を経て、成長する企業とそうでない企業の違いをどう見ているのか。「失敗する企業は自社の技術に固執し、顧客や市場の声を聞こうとしません。対して成功する企業は、競合がひしめく環境に自ら飛び込み、常に市場の声に耳を傾けています。完璧を目指して足踏みするのではなく、外部の研究機関とオープンに連携し、未完成であっても市場との対話を通じて自社、そして技術を絶えず更新・変革し続けられる企業こそが生き残るのです」

さらに時代は進み、AI(人工知能)の普及が従来の工学的計算や制御プログラミング、サプライチェーン分析といった単純な知識労働を自動化しつつある。この変化のなかで人に問われているのは、たとえばエンジニアであればコードを書く作業ではなく「AIに適切な指示を与え、出力された結果が妥当であるかを審査する評価力」(コラリッチ氏)だ。「データ処理や分析をAIが担うからこそ、最終的にリスクを取って未知の領域への挑戦を決断し、人間同士の信頼関係を築く対話の価値が一層際立ってきます」

コラリッチ氏はそのキャリアのなかで日本を度々訪れ、企業や研究機関との協業を多く経験してきた。コラリッチ氏の視点から見える日本の本質的な課題は、技術力の差ではなく、構造的なコミュニケーション不全と、控え目なマーケティングによって、オープンイノベーションが阻害されていることだ。

その背景には、まず、英語を話すことへの心理的な障壁がある。「完璧な表現でなければならない」という真面目さゆえに海外市場での直接対話を躊躇してしまう。生成AIの登場で言語のハードル自体は消失しつつあるにもかかわらずだ。また、自社固有のカスタムにこだわり、市場の真のニーズを聞き取る対話を怠ってしまう内向的な姿勢や、行政や研究機関とものづくり現場との間に存在する目線の断絶をコラリッチ氏は強く感じたという。

「日本の技術力は間違いなく世界トップクラスであり、素晴らしい技術が社内に大量に眠っています。今必要なのは自前主義を捨て、外部のパートナーと同じ目線で対話し、リスクを共有して未知の市場へ踏み出す勇気なのです」



Text=入倉由理子 Photo=Works編集部

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