Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

独ハイデルベルク・インスツルメンツ社|垂直統合とオープンネスで世界展開

2026年10月16日

【世界で勝てるドイツの中堅企業の実像】ドイツ企業レポート
ハイデルベルク・インスツルメンツ・ミクロテクニークは、海外売上比率が9割というグローバル企業だ。コア技術をハイデルベルク本社に集約しながら、海外拠点には裁量を委ねる組織、そして社内外に開かれたカルチャーがある。同社の実像から、持続的なグローバル競争力の源泉を探る。

コンラッド・ロェスラー氏、ウルフ・ヴィッテンベルク氏、ソーニャ・フォイファー氏

ハイデルベルク・インスツルメンツ・ミクロテクニーク
CEO
コンラッド・ロェスラー氏(写真左)
Mr. Konrad Roessler

管理部門責任者
ウルフ・ヴィッテンベルク氏(写真中央)
Mr.Ulf Wittenberg

マーケティング&コミュニケーション責任者
ソーニャ・フォイファー氏(写真右)
Ms. Sonja Pfeuffer


ドイツ南西部の古都ハイデルベルク。歴史ある大学街として知られるこの地に、世界の先端半導体産業や科学研究を支えるハイデルベルク・インスツルメンツ・ミクロテクニークがある。

創業は1984年。ドイツ最古で最も権威ある大学の1つ、ハイデルベルク大学の複数の研究グループから12人ほどが集まり、研究開発型のスタートアップとして産声を上げた。事業の根幹にあるのは、レーザーリソグラフィーと呼ばれる微細加工技術だ。「わかりやすくいえば、半導体やその関連産業、研究分野で使われる、高度な産業用レーザープリンターをつくっています。現在ではハイデルベルク本社に約280人、グローバル全体で約350~360人の組織になりました」と、CEOのコンラッド・ロェスラー氏は説明する。

垂直統合と研究・産業の往還が生む卓抜した技術力

同社の製品が世界中で選ばれ続ける理由の1つが、開発から生産までを自社で担う「垂直統合」のものづくり体制だ。基礎的な研究開発から機械構造や制御ソフトウエアの設計、金属部品の加工、装置の組み立て、調整、検査まで、バリューチェーンのほぼすべてをハイデルベルク本社に集約している。「超微細なパターンを光や電子線で描く装置では、わずかな振動や温度変化が精度を左右します。コア技術と製造プロセスを自社内に保持・統合しているからこそ、極限の精度を追求しながら、顧客の要望に応じて柔軟に改良できるのです」(ロェスラー氏)

もう1つの強みが、「研究開発向け」と「産業向け」という性格の異なる2つの市場を顧客基盤に持つことだ。研究開発向けでは、ドイツのフラウンホーファー研究機構、日本では東京大学や産業技術総合研究所など、世界各地の研究機関に装置を納入する。産業向けでは、半導体・ディスプレイ関連企業の製造を、フォトマスクへの描画装置や、ウェハーなどの電子基板に直接回路を描くダイレクトイメージング装置などで支えている。「研究開発の現場では、まだ誰も試みたことのない実験に対応する柔軟性が求められます。一方、産業の生産現場では、24時間365日の稼働に耐える信頼性と安定したスループットが欠かせません。この異なる要求に応え続けることが、技術開発力を鍛える原動力となっています」(ロェスラー氏)

研究機関から得た知見を産業向け製品に生かし、産業界で培った信頼性や生産性を研究開発向け装置に還元する。この往還によって、同社の技術は絶えず更新されていく。

異なる2つの顧客市場を持つことは、経営の安定にも寄与する。半導体関連市場には「シリコンサイクル」と呼ばれる大きな景気変動があるが、産業界の設備投資が落ち込む時期には研究開発向け装置がそれをある程度補う。景気低迷期には、各国政府による研究開発支援が強まる傾向があるためだ。

販売地域も分散している。「製品の約90%は海外向けで、売上の約50%をアジア、アメリカと欧州がそれぞれ約25%を占める」(ロェスラー氏)というように、顧客市場と販売地域の双方に分散されたポートフォリオが、世界経済の不確実性に耐える経営基盤となっている。

しかし、同社のグローバル展開の強みは輸出比率の高さだけではない。開発と生産をハイデルベルクに集中する一方、営業、販売、サービスは顧客に近い海外拠点に委ねる、「集中」と「分散」の組織設計にある。

現在、日本、中国、台湾、韓国、アメリカなどに現地法人やオフィスを構える。複雑な装置には、顧客の現場での設置や調整、継続的なメンテナンスが欠かせない。「お客さまがいる場所に、私たちもいなければならない」という考えのもと、各市場にカスタマーサービス体制を築いてきた。「海外子会社のトップや営業・サービス部門のマネジャーには、基本的に現地人材を登用しています。各拠点に予算責任とP&L、すなわち損益責任を課す一方で、一定の範囲で投資や採用、営業上の判断を行う裁量も与えているのです」(ロェスラー氏)

グローバルセールスやサービスの責任者は、少なくとも2週間に1度、各海外拠点と連絡を取り合う。マーケティング&コミュニケーション責任者のソーニャ・フォイファー氏は、「現地で展示会を開く際には本社も支援します。何が必要か、現地で何が起きているか、本社に何ができるかを常に話し合っています」と説明する。同時に、マーケティング部門は、全社のコーポレートアイデンティティ、コーポレートデザインのガイドラインに沿って、ブランドの一貫性と存在感を維持している。

コア技術とものづくりは本社に集約し、顧客に最も近い判断は現地に委ねる。この仕組みが、世界共通の品質を守りながら、各市場の変化に迅速に対応することを可能にしている。

社内で新たな成長機会を提供 長期的なキャリアを築く

地方にある企業にとって、優秀なエンジニアの獲得と育成は困難に思える。先端の光工学や物理学、精密機械を扱う同社にもそれは生命線のようなものだが、製品自体が、優れたリクルーティングツールとなっているという。「大学の研究室で私たちの製品が使われていることは大きな強みです。学生は在学中に装置に触れ、その能力や可能性を体験します。そこから『この装置に関わりたい』『この分野で挑戦したい』という人が自然に集まってくるのです」と、管理部門責任者のウルフ・ヴィッテンベルク氏は話す。近隣には、物理学や機械工学で世界有数のカールスルーエ工科大学がある。こうした大学や研究機関にアクセスしやすい立地も、専門人材の獲得を支える。

もっとも、高い専門知識があっても、すぐに独り立ちできるわけではない。装置が極めて複雑なため、6カ月から18カ月にわたるOJTを通じて人材を育てる。

キャリアも1つの職務に閉じていない。たとえば、小型製品のエンジニアとして入社した社員が、顧客サービスや設計を経験し、やがてプロダクト全体の責任者になることもある。「ドイツでは、新しいキャリアを求めて他社に移る人も少なくありません。しかし、私たちは社内で新たな成長機会を提供しようとしています。だからこそ、ここで長期的なキャリアを築く社員が多いのです」(ヴィッテンベルク氏)

同社は離職率が低く、勤続年数も長い。ロェスラー氏も33年前に入社し、台湾や日本のオフィス開設、CTOなどを経てCEOに就任した。専門性を長期で育て、成長に応じて新たな役割を任せることが、社員の定着と組織能力の蓄積につながっている。

ハイデルベルクにある本社ハイデルベルクにある本社。ここで研究開発から設計、組み立て、検査まですべてが行われている。

同社のマスクレスアライナー「MLA 300」同社のマスクレスアライナー「MLA 300」は、量産用途向けに設計され、産業用リソグラフィーに求められる高い柔軟性と精度を実現している。

「初日からの信頼」が自律性を生む

専門人材を長期で育て、海外拠点に裁量を委ねる仕組みの根底には、「信頼のカルチャー」があるという。「私たちは、厳格すぎるヒエラルキーを持ちません。採用では資格や経験も見ますが、最も大切なのは『この人を信頼できるか』という判断です。信頼すると決めたなら、入社初日から実践しなければなりません。20年働かないと信頼されないような組織に、優秀な人材はとどまりません」(ロェスラー氏)

同社は現在、LAB14/RAG-Stiftung傘下の企業グループに属し、組織としての規模と成熟度を高めている。それでも、創業時からのスタートアップ精神は息づいている。「役員のオフィスのドアは常に開かれ、社員は階層を過度に意識せず、誰にでも直接相談できます。30カ国以上から集まった社員が働く本社では、社員食堂で役職や部署を超えて同じテーブルを囲みます。サマーパーティーやサッカー、ヨガなどの活動を通じ、部門を超えた交流が自然に生まれています」(ヴィッテンベルク氏)

同社のオープンさは、単に風通しがよいということではない。専門性に裏打ちされた自信があるからこそ、社内外と知識を交わし、新しい可能性を取り込める。人を信頼するからこそ現場に判断を委ねられ、自律的な社員や拠点が、顧客や研究者との対話から得た知見を次の技術や製品へつなげていく。「私たちは好奇心が強いのです。市場が何を求めているのかを自分たちで考え、新しい試みに挑戦し続けます」(ヴィッテンベルク氏)

特定領域に深く集中し、他社が容易に模倣できない専門性を築く。一方で組織を閉じることなく、人と拠点を信頼し、世界の顧客や研究者との対話に開き続ける。専門性とオープンネス、ルールの順守と権限委譲という異なる力を並立させることが、同社の持続的なイノベーションを生み出している。

Text=入倉由理子 Photo=Works編集部、ハイデルベルク・インスツルメンツ・ミクロテクニーク提供

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