Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

岩本晃一氏|どこで作りどこで売るか、中堅企業を支える独産業クラスター

2026年10月16日

【世界で勝てるドイツの中堅企業の実像】ドイツの中堅企業を支えるエコシステムとは
ドイツの中堅企業の強さはどこにあるのか。2009年から13年間にわたり年に数回ドイツを訪れ、企業や研究機関を調査してきた岩本晃一氏は、一企業の戦略だけにとどまらない社会全体のエコシステムにその解を求めている。

岩本晃一氏の写真

経済産業研究所
リサーチアソシエイト
岩本晃一氏

1983年通商産業省入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官、経済産業研究所上席研究員などを経て、2020年4月から現職。『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(朝日新聞出版)など著書多数。


「ドイツと日本には多くの共通点がある」と、岩本氏は指摘する。共通点とは、ともにものづくりを強みとし、世界では先進国に位置づけられること。一方で、合計特殊出生率は低く、エネルギーの海外依存度も高い。「ドイツでは石炭を産出できるという違いがあるものの、人口減少や資源制約を抱えながら産業競争力を維持しなければならない条件はよく似ています」

ところが、両国の経済には大きな差が生じている。人口と企業数は日本の約3分の2でありながら、ドイツは2023年に名目GDPで日本を抜いた(発表は2024年)。前出の通り(※)輸出額は日本の2倍以上だ。「とりわけ注目すべきは、中堅・中小企業の成長力です。ドイツの中堅・中小企業は、2000年代以降、大企業を上回るペースで成長してきました。ハーマン・サイモン氏が提唱する『隠れたチャンピオン』は、2020年時点で世界に3400社あり、そのうち約半数の1600社がドイツに存在するとしています」

この差は、個々の企業の技術力だけでは説明できない。岩本氏が着目するのは、何をどこでつくり、どの市場で売るのかという経営判断と、それを可能にする地域、大学、研究機関、産業支援機関のつながりだ。

売れるものを開発し海外で売る 地域のエコシステムが支える

両国の分岐が鮮明になったのは、1990年代半ばだ。「日本企業の多くは、低賃金・低コストの生産地を求め、海外へ生産拠点を移し、made in Japanブランドを放棄しました。一方、ドイツの多くの企業は国内に生産基盤を置き、そこで生み出した高付加価値の商品を積極的に輸出したのです。国内への投資が雇用を生み、賃金を増やす。所得の増加が国内消費を押し上げ、GDPの成長につながる。ドイツの経営者は、国内で生産し、世界へ売ることに経済合理性を見いだしたのです」

低価格を競うのではなく、高い技術力で世界の課題を解き、高い付加価値を得る。その商品を国内で生産し、made in Germanyブランドで輸出する。これがドイツの成長モデルの基本にある。

また、多くの企業は創業地にとどまり、地域の雇用を守りながら世界市場を開拓してきた。それは故郷への愛着だけによるものではない。長年の事業活動を通じて、周辺の企業や研究機関との間に知識、人材、取引のネットワークが形成されているからだ。「拠点を移せば、その関係資本を失い、企業の競争力そのものが損なわれかねません。中堅・中小企業が海外展開する際、大きな壁となるのが製品開発と販路開拓であり、大企業のように研究開発、人材育成、海外営業の機能をすべて社内に持つことは難しい。ドイツでは、この不足を地域の産業クラスターが補っているのです」

産業クラスターとは、地域の企業、大学、研究機関、産業支援機関などが連携し、互いの技術やノウハウを活用して新産業や新事業を生み出す仕組みだ。個々の企業は中堅・中小規模であっても、ネットワーク全体としては大企業に匹敵する開発力や市場対応力を持ち得る。「その中核的なプレーヤーが、フラウンホーファー研究機構と商工会議所です」

フラウンホーファー研究機構は、研究所や大学と企業、また企業同士の共同開発を支援し、研究成果を産業へつなぐ。商工会議所は、海外の販路開拓や展示会への出展など、グローバル展開を直接支援する。研究機関が世界市場で通用する製品の開発を後押しし、商工会議所がその出口を開く。「製品開発と販路開拓という2つの壁を乗り越えるために、地域の仕組みとして存在するのです」

日本では、親会社が子会社や下請け企業へ図面や技術を提供し、完成品を買い取る「系列」が、長く強力なエコシステムとして機能してきた。そのため、中小企業が自ら研究開発に投資し、市場を切り拓く機会を持ちにくかった。「自社の技術に対して適正な対価を得るという構造やマインドが育ちにくかった側面があります。対照的にドイツの中堅企業は系列に依存せず、自社で開発費を投じ、技術そのものを高付加価値で直接販売する独立したビジネスモデルを構築してきました」

ドイツの強さについて、岩本氏は「世界市場で売れるものを開発し、主に国内で生産し、世界へ売る。その過程を地域の企業、大学、研究機関、商工会議所が支える。この基本を、国全体で愚直に積み重ねてきたことにある」と強調した。

真の産学連携のためには大学と企業の人材の往還が必要

この産業システムを成立させているもう1つの条件が、地方都市の力だ。ドイツは連邦制であるため、大都市への極端な一極集中がなく、地方都市や小規模な自治体にもグローバル企業や優良な中堅企業が点在する。「地域に高い付加価値を生む企業があり、相応の賃金を得られる仕事と暮らしの基盤があるからこそ、人材が定着し、企業も創業地にとどまることができます。人生において長距離で空間移動し、将来の定住場所を探す時期は、18歳から30代半ばまでの限られた期間。この層を受け入れられる仕事と賃金が地方にあるかどうかが、定着の決定打となります」と岩本氏は言う。企業の競争力と雇用条件を高め、働き、暮らす場所として都市の魅力をつくる必要がある。

大学の役割も異なる。「ドイツの工学系大学では、収入の約3分の1を企業からの受託が占め、理工系教授は企業出身者であることが必須です」

教員が企業からプロジェクトを受注し、学生が企業の開発の現場に参加する。共同研究の成果が修士論文や博士論文として認められ、学問的な成果と産業への応用が直接結びつく。「ドイツの大学は、単にペーパー上で学問を学ぶ場ではなく実践的スキルを身につける場として機能しています。専門的スキルを持つ人材が大学から企業へ、研究機関から企業へと動き、地域の産業を支えているのです」

しかし、「日本企業に必要なのは、ドイツの制度をそのまま移植することではない」と岩本氏は言う。「自社だけですべてを抱える発想を改め、技術開発、市場開拓、ブランドづくりに必要な外部の専門家や機関を、成果につながる形で組み込むことが重要です」

たとえば日本の公的機関による海外進出支援は、見本市や企業を視察することにとどまり、具体的な商談に結びつくことは少ない。世界で勝てる企業へと変貌していくために開発や海外展開をどのように支えていくのか、ドイツの例から学んでいきたい。



Text=入倉由理子 Photo=伊藤 圭

関連する記事