Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方
フラウンホーファー日本代表部|外部の知を活用、日本の優れた技術を世界へ
【日本発 世界で勝てる中堅企業をいかにつくるか】世界企業への処方箋
特集「ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方」内の『独フラウンホーファー|中堅企業の研究開発とオープンイノベーション支援(※記事末参照)』の記事で紹介したフラウンホーファー研究機構の日本における窓口を担うのが、東京・赤坂に拠点を置くフラウンホーファー日本代表部だ。日本の産業界、とりわけ中堅企業は、どのように外部からの知見を取り入れるべきか。日本企業の課題と、目指すべき研究開発の姿について同代表部の林田一浩氏に話を聞いた。
特集「ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方」内の『独フラウンホーファー|中堅企業の研究開発とオープンイノベーション支援(※記事末参照)』の記事で紹介したフラウンホーファー研究機構の日本における窓口を担うのが、東京・赤坂に拠点を置くフラウンホーファー日本代表部だ。日本の産業界、とりわけ中堅企業は、どのように外部からの知見を取り入れるべきか。日本企業の課題と、目指すべき研究開発の姿について同代表部の林田一浩氏に話を聞いた。

フラウンホーファー 日本代表部
PR & プロジェクトマネージャー
林田一浩氏
フラウンホーファー日本代表部は、東京に事務所を置き、日本企業とドイツ本国にある74の研究所を結んでいる。
「当機構の名称は、19世紀に活躍したドイツの科学者ヨーゼフ・フォン・フラウンホーファーに由来しています」と林田氏は説明する。フラウンホーファーは太陽光のスペクトルに存在するフラウンホーファー線を発見した高名な物理学者であると同時に、優れたレンズ加工法を生み出した発明家であり、さらには自らガラス工場を運営する起業家でもあった。「アカデミックの世界で知的な探究を行うにとどまらず、研究成果を産業や社会へ確実に還元していくという彼の精神こそが、私たちの組織文化の骨格であり、日本代表部もその文化を受け継いでいます」
同機構の社会実装への橋渡しの歴史が生み出した革新的な成果は、多岐にわたる。1990年代初頭に開発され、世界のデジタル音声流通を一変させた「mp3」をはじめ、高効率な白色LED、次世代半導体の製造に不可欠な高精度EUVリソグラフィー用ミラー、欧州独自のAI言語モデル「Teuken-7B」に至るまで、時代を画するイノベーションが同機構の応用研究から誕生してきた。
企業が抱える課題をすり合わせ相互の信頼関係をつくる
では、日本代表部の役割とは何か。
日本には研究機能そのものは置かず、ドイツの研究所・研究者と委託研究を希望する日本企業のマッチング、プロジェクトの伴走、交渉のファシリテーションに特化している。2025年の日本代表部への企業からの問い合わせ件数は358件。技術的問い合わせのうち、材料・部材、生産技術、マイクロエレクトロニクス、光・表面技術に関するもので全体の8割を占める。
「企業は解決したい課題や求める成果を、十分に言語化できていないことが少なくありません。一方、ドイツにいる研究者側も、日本企業の要求や意思決定の進め方を理解する必要があります。そのため、私たちが最も時間をかけるのは、契約前の対話です。プロジェクトが始まる前の段階で、企業が抱える課題を丁寧にすり合わせ、相互の信頼関係をつくることを重視しています」
マッチング後は、日本代表部が間に入り、日独をオンライン会議や直接の相互訪問でつなぎ、目指すべき技術や実用化目標を綿密にすり合わせていく。「双方にとってリスクを抑えるために、段階的なアプローチを取ります。最初から大規模な開発契約を結ぶのではなく、まずはテーマ選定のためのコンサルティングやワークショップ、小規模な実証実験といったスモールスタートから着手することも多くあります」
秘密保持契約の締結や言語・商習慣の差に伴う交渉手続きも、日本代表部がハンズオンでサポートする。
プロジェクト開始後もドイツに任せきりにするのではなく、定期的なWeb会議などを通じて進捗や課題を共有し、研究成果を確実に企業の製品化・事業化へとつなげる。このように、技術の課題抽出から実用化へと、企業に寄り添う伴走型のプロセスが確立されている。
これまでに生まれた日本でのプロジェクトには、先端パッケージング技術で連携するラピダスや、世界最高水準の出力密度を誇るSiCインバーターを共同開発した三菱重工業などがある。また、地域の産学官連携の枠組みも広がっている。たとえば、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センターとフラウンホーファーIGCV(鋳造・複合材料・プロセス技術研究所)が連携し、リサイクル炭素繊維技術の共同研究拠点を日本国内に設置した例もある。
中堅・中小企業のR&D活動を補うイノベーション・インフラ
しかし、日本では大手企業との取り組みが多く、中堅企業からの依頼はそれと比較すると多くない。そこには、「日本とドイツの間の産業構造やR&D資金のあり方の明確な違いがある」と林田氏は分析する。「日本における民間R&D予算の投資主体は、上位100社の大企業が全体の70%以上を占め、上位50社だけでも60%以上を占めています。相対的に、中堅・中小企業のR&D予算が小さいことがうかがえます」
グローバル市場で勝ち続けるためには、中堅・中小企業であっても絶え間ない技術革新と高度なR&D活動が不可欠となる。しかし、規模の限られた企業が単独で巨大な自前施設や最先端の研究チームを抱え続けることには自ずと限界がある。「ドイツでは、まさにそうした中堅・中小企業のR&D活動を補うためのイノベーション・インフラとして、フラウンホーファーが機能しています。実際のプロジェクト件数ベースで見れば、当機構の委託研究の約6割は中堅・中小企業からの依頼で占められています」
こうした外部リソースの積極的な活用こそが、ドイツの中堅企業がグローバル市場で強い競争力を維持し続ける原動力となっている。
また、研究成果の社会への還元を、大学と同機構、企業の間の人材の交流が支えている。
同機構の約3万人のスタッフのうち、3割近くを大学院生や学生が占めている。74ある各研究所長は、基本的には近隣の工科大学の教授を兼任する体制だ。大学との共同プロジェクトが円滑に進むのはもとより、優秀な学生が同機構に参画するルートの確保にもつながっている。「学生は大学に籍を置きつつ研究機構で雇用され、給与を得ながら産業界の実際の課題に挑みます。実務経験を積みながら論文を執筆できるこの環境は、若手にとって非常に魅力的なキャリアパスです」
研究員の多くが5〜7年の有期契約である点特徴的だ。経験を積んだ若手は民間企業や大学へとキャリアをつなげる。「出身者が産業界のキーパーソンとなることで、企業に就職した後も当機構の理解者として新たな共同研究のパートナーとなります。産業界の課題を知る人材が大学、研究機関、企業の間を循環することも、ドイツの研究開発基盤の一部となっています」
本特集内の「世界で勝てるドイツの中堅企業の実像」で見てきたように、ドイツにはその地で生まれ、その地や近隣の大学で学び、その地の中堅企業で働く人材も多い。こうした人が循環するエコシステムのなかに、中堅企業も含まれているのだ。
一方で、日本の現状はどうだろうか。
独自の優れた技術や製品を持つ中堅・中小企業は日本にも多数存在する。ただ、自前主義や系列構造に長く慣れ親しんできたために、外部の専門機関や海外の技術パートナーと連携してオープンイノベーションを進めていくことの壁は高い。また、大学と研究機関、企業の人材交流は始まっているが、ドイツのような確固たる仕組みはまだ少ない。「今後は、外部の知をいかに使いこなせるか、有効なパートナーシップをいかに組めるかが、日本の中堅企業の成長を左右するポイントになるのではないでしょうか」
Text=入倉由理子 Photo=伊藤 圭
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