Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方
独ピルツ社|イノベーションのあくなき探求と人材育成でトップシェアを維持
【世界で勝てるドイツの中堅企業の実像】ドイツ企業レポート
産業用オートメーションの安全制御領域においてリーダーであり続けるピルツ。競争の激しい市場で、なぜ長年勝ち続けることができるのか。その秘訣について聞いた。
産業用オートメーションの安全制御領域においてリーダーであり続けるピルツ。競争の激しい市場で、なぜ長年勝ち続けることができるのか。その秘訣について聞いた。

Pilz
人事担当副社長
ハラルド・ガイジンガー氏(写真右)
Mr. Harald Geisinger
マーケティング・コミュニケーション・広報担当シニアマネジャー
マーティン・クルス氏(写真左)
Mr. Martin Kurth
オートメーション装置には、メカニカルやエレクトリカル部品を中心に多種類の部品を使用する。それぞれの部品領域には専業の部品メーカーが多数存在するが、各国の規制などの問題もあり、多地域に製品やサービスを供給できる能力を持つ企業は少ない。ピルツは、産業用オートメーションのなかでも安全制御技術に特化した製品やサービスを各国に提供する、その分野でグローバルのリーダーであり続ける稀有な会社だ。
制御部品の代表格として、リレーと呼ばれる、大きな電流や電圧を小さな信号で制御できるスイッチのような小型部品がある。オートメーションのコントロールに不可欠な部品だ。ピルツは1980年代に安全リレーを世界で初めて開発、いまだにグローバルでトップシェアを維持しつつ、プログラマブル制御システムや各種センサーなどへと製品領域を拡大している。加えて、生産環境のデジタル化支援、工場や機械の安全評価やコンサルティングなどのサービスも提供し、製造現場の「人・機械・環境の安全」と生産性の両立をトータルで支援している。
人事担当副社長のハラルド・ガイジンガー氏、マーケティング・広報担当シニアマネジャーのマーティン・クルス氏によると、ピルツが勝ち続けている秘訣として大きく3つのポイントがあるという。
イノベーションと顧客への傾聴が競合との差別化要素
1つ目はイノベーションのあくなき追求だ。「私たちは常に競合よりも一歩先を行かなければなりません。発明、そして以前に開発されたものの再発明や、技術領域の拡大を通じて、絶えず新しい製品を模索しています」(クルス氏)
研究開発を促進するため、毎年、売上の15~20%に相当する額を開発投資に充てている。製品のみならず、サービス基盤の開発にも積極的に投資する。「2025年には、顧客が機械・装置上のすべての安全・セキュリティ規制を管理し、あらゆるドキュメントやトレーニング、人事情報を一元管理できるデジタルプラットフォームを構築し、提供し始めました。デジタル化やAIにも対応し、トータルソリューションを提供し続けるイノベーションの力が、競合との大きな差別化要素になっています」(ガイジンガー氏)
研究開発はドイツとスイス、ソフトウエア開発はアイルランドで行う。企業間や産学連携の動きも活発で、複数の開発プロジェクトを同時並行で走らせている。オープンなイノベーションもまた、競合の先を行く動きにつながっていそうだ。
2つ目は、顧客の声に徹底的に耳を傾ける姿勢だ。1948年の創業以来のポリシーであるが、特に、創業者の息子のペーター・ピルツ氏が2代目社長に就任後、早逝したことを受けて急遽後を継ぎ3代目の社長となったレナーテ・ピルツ氏が強くこだわってきた。クルス氏は言う。「レナーテ氏は2代目社長の妻で専業主婦でした。しかし、ピルツの理念を伝承し顧客の期待に応える、という使命感から社長を引き受けました。レナーテ氏は顧客との対話に非常に長けており、とにかく顧客に耳を傾けることの重要性を常々説いていました」
顧客に寄り添う姿勢はピルツのグローバル展開にも強く影響している。
顧客の生産活動がグローバルに拡張されるのに伴い、同社は早くから積極的に海外に進出してきた。1960年代の終わりには海外に3つの現地法人を設立し、現在はアフリカを除く世界各地域に42の現地法人・子会社を有する。海外売上比率も80%と、まさにグローバルな企業へと成長している。「当社の現地法人は単なる営業所ではなく、顧客にさまざまな種類のトレーニング、エンジニアリング、ソリューションを提供しています。また、各国に法人を置くことにより、国によって異なる安全規制にも効果的に対応できます。特にグローバル展開をするような大企業の顧客に対しては、国ごとに異なる規制に対応しながらも、グローバルで同じレベルのサービスを提供できるのです」(クルス氏)
各国の拠点は、その地域をよく知るローカルの人材に運営を任せている。同時に、顧客のグローバルでの活動に合わせ、各国のピルツ間で連携し、柔軟にクロスボーダーの要望に対応することもできる。また、生産活動を行うスイス、フランス、中国の拠点では、ドイツ本社工場のレイアウトや設備・生産工程を完全にコピーした工場を設置し、グローバルで統一された高い製品品質を実現している。顧客の要望を傾聴する姿勢が、組織運営にも色濃く反映されているのだ。
質の高い教育機会がピルツの組織力の原点
ガイジンガー氏によると、ピルツは人材の育成に相当に注力している。これが同社の3つ目の強さの秘訣だ。「特にサービス面において、世界中のスタッフをほぼ同等のレベルに引き上げるため、トレーニングに多大な投資を行っています。たとえば、アフリカに子会社がなくても、モロッコやエジプトにある顧客の工場で安全監査を実施することを、トレーニングによって実現しています。以前、顧客から要望があったのですが、アフリカへの渡航危険情報によりドイツからの人の派遣は制限されていたため、ポーランドやオーストラリアからスタッフを派遣して監査を行いました。ドイツからの人材とまったく遜色ないレベルの監査を完了し、顧客にも満足いただきました」
本社がある拠点には職業訓練センターがある。「『デュアル教育システム(duale Ausbildung:見習い制度)』や、シュトゥットガルトのバーデン・ヴュルテンベルク州立協同大学と連携した『デュアルスタディ(duale Studium:就業型学位プログラム)』を実施しています。学生は時間の半分を社内で過ごし、残りの半分を職業訓練センターや大学で過ごします。自社で育てた人材がいることは常に強みとなります。市場からエンジニアを採用するのが難しい時期であっても、自社育成の人材でポジションを補充することができるからです」(ガイジンガー氏)
デュアル教育システムの期間は3年から3年半。見習い生であっても、演習用の課題ではなく、実際のプロジェクトにしっかりと関わることで、実務レベルのスキルを身につけていく。デュアルスタディは、月給20万〜25万円程度と高卒としては高いレベルの給料をもらいながら、大学に通って学位が取得できる非常に魅力的なプログラムとなっている。このようないい教育が受けられる環境は社員の満足度に直結しており、勤続30年、40年の社員がたくさんいる。離職率も2%前後で常に推移しており、勤続13年のガイジンガー氏や15年のクルス氏は「新人」の部類に入るようだ。
このほか、リーダーシップ原則の研修や、AI活用に関する基礎教育、経営理念の啓蒙活動などを毎年各国の社員も含めて実施している。「経営指針や価値観は壁に飾るだけではなく『実践する』ものです。各国のマネジャーはロールモデルとなる必要があります。前社長は『行わない限りいいことなど何もない』と常に言っていました。現代表取締役のゾザンネ・クンシャートは可能な限り各現地法人を訪れ、社員と対話してピルツの価値観を伝えています。直接会って話すことの一体感を大切にしています」(クルス氏)
世界中を安全な場所に ピルツ社員の高い使命感
「あらゆる面で世界を安全な場所にする」ことを使命としているピルツが今後目指すことは何か。クルス氏は「アフリカなど、安全の概念がまだまだ普及していない地域へ、安全というミッションを広げていきたいと思います。その使命を果たすために、社員には、一緒に働くだけでなく、『お互いのために働く(Work for another)』というスピリットや、デジタル時代であっても直接人と会って対話するコミュニケーションを維持していくことを求めます」と話す。
ガイジンガー氏はこう話す。「自らの手でつくっている製品が人命を救っている、という意識を社員全員が持っています。今後に向けては、この安全の意識を持ち続けること、そして会社がさらに成長して大きくなっても、同族企業ならではの、家族的な温かさの残る企業風土を守っていくことがピルツの強さを支えていくと思います」
Text=佐々木貴子 Photo=Works編集部
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