Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方
多摩川精機|「深海から宇宙まで」機能する技術を顧客とともに鍛え上げる
長野県飯田市に本社を置き、精密計測およびモーションコントロール技術を強みとする多摩川精機。その用途は、ロボットや工作機械などのファクトリーオートメーション、自動車、民間航空機、人工衛星など多様だ。国内外の大手企業をはじめ、NASAやJAXAなどをエンドユーザーに持つ同社の技術は、何が支えているのだろうか。

多摩川精機
代表取締役社長
松尾忠則氏(写真右)
常務取締役
山口 誠氏(写真左)
「深海から宇宙まで、どんな環境でも信頼性を失わない製品を開発しています」と、同社代表取締役社長・松尾忠則氏は話す。2025年の売上高481億円のうち、海外輸出は約79億円と約2割を占める。主力製品は、角度センサーやACサーボモーターなどの機構部品で、これらの製品を支える技術を、同社では「Motortronics(モータートロニックス)」と呼ぶ。「Motortronicsとは、萩本博幸現名誉会長がつくった造語で、モーター技術、エレクトロニクス技術、メカニクスの3つを合わせ、当社の事業を総称するものです」(松尾氏)というように、類を見ない新しい領域を切り拓いてきた、という自負がそこにある。
その原点には、創業者の萩本博市氏が掲げた「自前で新しい技術をつくる」という思想がある。商品は市場に出たときから陳腐化が始まる。だからこそ、既存技術に安住せず、常にその先にある技術を生み出し続けなければならない。その代表例が、ハイブリッドカーなどに用いられる角度センサー「レゾルバ」だ。自動車メーカーの要求に応じて小型化、軽量化、低コスト化を進め、量産につなげたことで、用途を広げていった。要求水準の高い領域で基礎技術を磨き、それを顧客との共同開発によって別の市場へ展開する。この循環が、多摩川精機の事業を支えてきたのだ。「お客さまの難度の高い要求に応え続けることで、技術者が鍛えられ、製品も世界のトップレベルへと引き上げられてきました。お客さまとの出会いと共創なくしては現在の多摩川精機はありません」(松尾氏)
日の目を見なくても長期目線で技術を育て続ける
同社では、開発した技術がすぐに事業へ結びつかなくても、将来性があると判断すれば手放さずに育てる風土がある。「ジャイロ技術は創業以来ずっと手がけていますが、民需では日の目を見ない時期が長くありました。それがようやく今、建設機械や農業用トラクターの自動運転といった領域で生きるようになってきています」(松尾氏)
こうした長期志向を可能にしているのが、非上場の経営体制だ。短期的な業績だけで技術の将来性を判断せず、芽が出るまで時間のかかるテーマにも継続して取り組む。技術者に対しても、目先の成果を急がせるのではなく、長期的な視点から開発を支えてきた。
同社が2005年に航空産業に参入したのも、長い時間軸に立った経営判断だった。航空機内で使われる計器などの電装品や、ランディングギアを動かす機構など、自社の技術を生かせる領域からの参入だった。「航空機は開発期間が長く、1つの機体が約40年にわたって運航されることもあります。参入時の技術的な壁は高いのですが、一度採用され、顧客からの信頼を獲得すれば、保守やオーバーホールも含めて長期的な関係が続くのです」(松尾氏)
参入後には、取引先だった米企業が経営破綻し、大きな赤字を抱えるという事態にも直面したが、それでも撤退せずに事業を継続した。現在では年間売上高が50億円を超える規模の事業にまで成長している。
同社の創業は1938年、現在の東京都大田区。戦火を逃れ、飯田市に工場を開設したことが、現在の本社の源流となっている。もともと教員だった創業者の萩本博市氏は、人材育成にことのほか力を注いだ(写真左)。南米チリの標高5000メートルの高地にあるアルマ望遠鏡にも同社の技術が使用されている。写真は同社に併設された歴史館にある模型。こうした「目に見える貢献」は同社の社員たちの誇りだ(写真右)。
長期の技術開発を支える人材への長期投資
人材育成への投資も、新しい技術への長期的な取り組みを支えてきた。
同社には、創業時から人材教育に取り組んできた歴史がある。創業の翌年の1939年には、働きながら学べる定時制の青年学校を自社で開設し、外部から講師を招いて社員に基礎教育を施した。「その考え方は現在にも引き継がれ、社員を社費で大学の修士課程や博士課程へ派遣するなど、業務に必要な高度な知識を身につける機会を設けています」と、常務取締役の山口誠氏は説明する。
採用は新卒とキャリア採用が半々だという。長く高専卒と大卒を中心に採用してきたが、近年、地元の工業高校卒業者の採用を再開した。「1つは人手不足ですが、もう1つはせっかく地元で生まれ育った子どもが愛知や東京など、ほかの経済圏に就職して出ていってしまうからです。地域の若者を採用し、社内で技術者へと育成することで、地域に根差した人材育成の循環をあらためてつくろうという、地域への思いも強くあります」(山口氏)
定着率も高い。長く安心して働いてもらうため、同社では今も年齢給を基本としている。社員が短期間で成果を出すことだけに追われず、難度の高い開発に取り組める環境を整えている。また、高い定着率には、自社の製品が社会に大きく貢献するという誇りも一役買っていると松尾氏は分析する。「H3ロケットやNASAの火星探査車にも当社の製品が入っています。実際に成果を見ると、やはり嬉しいようです」
専門性の蓄積から技術を結びつける組織へ
現在、世界市場では海外メーカーが台頭し、製品開発のスピードも上がっている。同社は自動車、モーターなど、それぞれの専門領域で技術を深く蓄積してきたが、「新たな価値を生み出し、お客さまの要望にさらにスピーディに応えるためには、各部門が保有する技術や知見を、組織のなかで横断的に結びつける必要がある」(山口氏)という。そこで現在、進めているのが、人事ローテーションによる部門間の交流だ。「社員が1つの専門分野にとどまらず、複数の事業や技術領域を経験することで、自らの専門性を相対化し、お客さまの課題をより広い視野から捉えられるようにし、お客さまの期待を超える新たな価値が生み出せると考えています」
顧客や社内の異分野で得た情報を、社内で自由に発言できるように、風土改革も進行中だ。松尾氏が各事業所を回って、社員と対話することを試みている。「まずは社長自ら、腹を割って話すことを実践しています」(松尾氏)
同社は連結売上高1000億円が視野に入る。「事業規模の拡大を支える組織と人材の基盤づくりに真剣に取り組んでいる」と山口氏は言う。
創業してもうすぐ90年。「技術とは、まだ世の中にない最先端の領域に挑戦し続けること。100年企業に向けて、エンジニアが常に新しい技術へ挑み続ける『ネバーエンディングストーリー』を紡いでいきたいと考えています」(松尾氏)
Text=入倉由理子 Photo=五味貴志
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