Works 198号 特集 ミッドサイズカンパニー 世界での勝ち方

産業技術総合研究所|事業化の支援者から伴走者への大きな役割変更

2026年10月23日

【日本発 世界で勝てる中堅企業をいかにつくるか】世界企業への処方箋
ドイツのフラウンホーファー研究機構と同様に、日本において企業の研究開発を支援するのが、国立の産業技術総合研究所(産総研、AIST)だ。特に、近年は研究開発された技術の「社会実装」を目指すべく、そのありようを大きく変えている。現在、どのような体制でどんな支援に取り組んでいるのか。副理事長兼研究開発責任者の小原春彦氏に実情を聞いた。

小原春彦氏の写真

産業技術総合研究所
副理事長兼研究開発責任者
小原春彦氏

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。1992年博士(工学)。1987年工業技術院電子技術総合研究所入所。2002年産業技術総合研究所電力エネルギー研究部門熱電変換グループ長。産総研エネルギー・環境領域長、執行役員などを経て、2025年より現職。


産総研は世界最高水準の研究成果の創出が期待される、国内3つの特定国立研究開発法人の1つだ。理化学研究所、物質・材料研究機構というほかの2つの所管が文部科学省であるのに対し、産総研のそれは経済産業省で、それだけ産業に近い存在だ。

その歴史は1882年に設立された農商務省地質調査所に始まる。その後、複数の国立研究機関の編成が行われ、工業技術院という名称を経て、現在の組織になったのは2001年のことだ。「社会課題の解決とわが国の産業競争力強化」をミッションに掲げ、具体的には、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」といった社会課題に取り組んでいる。東京・霞が関と茨城県つくば市に本部があり、全国に12の研究拠点を持つ。総人員は約1万2000人で、そのうち、常勤職員は、研究職が約2300人、事務職が約700人、技術職が約50人といった陣容だ。

産総研の役割について、小原氏がこう話す。「日本の産業競争力を維持するにはイノベーションを連続的に起こしていかなければなりません。それは産総研単体では不可能で、大学や公的機関、企業と一緒になってイノベーションを生み出すエコシステムの中核になりたいと考えています」

社会実装の加速化を企図し自前で民間子会社を設立

そのためには、研究成果をすばやく社会に実装しなければならない。実装を加速するため、イノベーション推進本部という従来の組織を改編するとともに、産総研が100%出資する形で、AIST Solutions(アイソル、AISol)が2023年に設立された。産総研の技術資産と研究資源を活用し、積極的なマーケティング活動を通じ、企業や大学、研究機関とのオープンイノベーションの強化、新事業の創出を担う。トップを務めるのがTDK出身の逢坂清治氏だ。

アイソルの特徴は2つある。「まずは社員が企業を訪問し、提示された課題や、業界の将来などから逆算して考えた課題に対し、ソリューションとしての技術を提案するという、プッシュ型のマーケティングに力を入れている点です。産総研で対応し切れない場合は、ほかの組織の技術も紹介します。大学の産学連携部門は自分たちの教授陣の研究成果を企業に紹介し、連携を求めるプル型。彼らとの違いがそこにあります」

もう1つはスピードだ。「産総研は国の機関ですから、研究開発は予算がついてからスタートしますし、設備の購入に関しては価格競争などの手続きが必須で、一定の時間を要します。一方、アイソルは株式会社。産総研のやり方にとらわれない、民間ならではのスピードで対応できます」

今、産総研が力を入れているのが、2016年に始まった「冠(かんむり)ラボ」という仕組みだ。企業名を冠した連携研究室で、産総研の研究者と企業の開発者が机を並べ、実証研究と事業化に共同で取り組む。「日本企業はすべての技術を自社で開発する自前主義を取り、基礎研究所や中央研究所を運営してきましたが、厳しい経済状況が続くなか、研究所の閉鎖を余儀なくされ、自前主義の看板も下ろし始めています。代わりにオープンイノベーションを進め、国の研究機関や大学を利用する企業が増えています」

ボトムアップとトップダウンで顧客企業を開拓する

冠ラボのパートナー企業は比較的規模の大きな企業が多いなか、東京の品川に本社のある従業員約400人のバルカーは注目に値する。ガスの配管に使用されるシール材などを中心とした産業用資材メーカーだ。「同社との関係は産総研による技術コンサルティングからスタートしました。まずはハードルを低くして間口を広げる形を取ったのです。対話を重ねるうちに、先端機能材料に関する興味深いテーマが見つかり、共同研究、ひいては冠ラボの実現にまで進みました」

ただ、このやり方だと、バルカーのように大型の案件に結びつくのは稀だ。そこで、現在注力しているのが、いわゆる「トップ営業」だ。「産総研の理事長兼最高執行責任者の石村和彦が、各業界の大手企業トップに直接出向いています。その数は既に100社を超えました。結果、パートナー企業の数が増え、現在は21の冠ラボが走っています」

産総研にはエンジニアリング部という組織もある。たとえば、研究者がフラスコのなかである有用な物質をつくり出したとする。それを事業化し、社会実装するためには、小規模なプラントをつくり、技術の経済合理性を確かめたうえで、生産技術を確立しなければならない。それを推進する役割を担う。「経済合理性を確かめるプラントづくりから担当しています。20数人のエンジニアが在籍していますが、近いうちに40人の体制まで増やしたい。こうしたエンジニアリングまで担当する研究機関や大学はほかにはありません」

地域連携も進む。その代表例の1つが、産総研の10番目の拠点として、2014年4月、福島県郡山市に設立された福島再生可能エネルギー研究所だ。東日本大震災で甚大な被害を被った被災3県(福島県、宮城県、岩手県)の中堅・中小企業が保有する再生可能エネルギーに関連した技術やノウハウに対し、産総研の技術や研究設備を用い、事業化を支援する、ある種のエコシステムだ。「ある中堅メーカーが製造していたバルブが水素向けに転用できることがわかりました。このように、企業が保有する技術に対し、『再生可能エネルギーに使える』と目利きし、『そのためには材料の強度があったほうがいい』と助言する。このようにして、これまでに371社・団体が保有する213の案件が対象となり、うち66件の事業化が進んでいます」

小原氏は、「成長分野は数多くあるので、既存の事業に執着せず、今ある技術を基盤とした新規事業にチャレンジしてほしい」と、中堅・中小企業への思いを語る。「今、私たちがキーワードとしているのは『山登り』です。単に道具(技術)を渡し、応援するのではなく、険しい山道をともにし、今まで見えていなかった眺望をともに楽しむ。それが日本企業、ひいては日本の成長につながると考えています」

Text=荻野進介 Photo=刑部友康

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