北米のスキル重視採用-デジタル人材は学歴不問-Tata Consultancy Services アショック・クリシュ氏(デジタルワークプレイス・グローバル統括責任者)

求めるのは、「専門性」とそれに隣接する「幅広いスキル」を持つ人材

グローバルにITサービスを展開するTata Consultancy Servicesでは、スキルを重視する価値観を基盤とし、各国の市場環境に合わせた採用を行っている。インタビューでは、国内外で高く評価されているインドでのスキル重視の採用手法、特に入社試験について聞いた。デジタルワークプレイス・グローバル統括責任者のアショック・クリシュ氏によると、「狭く深い専門性」と「幅広いスキル」の両方を持ち、アンラーニングができる人材を採用しているという。

【Tata Consultancy Services】1968年設立、本社所在地はインド・ムンバイ。インド最大のコングロマリットTata Groupの一角で、ITサービス、コンサルティングおよびビジネスソリューションを提供する。北米を中心に世界46カ国で事業を展開している。従業員数は60万人超。2021年、同社の入社試験は英国のeアセスメント協会より「職場および人材アセスメント部門」の「国際eアセスメント賞」を受賞した。また、選考試験をデジタルに運営管理するプラットフォーム(TCS iON)は、インドの大学や官公庁、企業など750超の組織も利用している。
〈日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(外部リンク)https://www.tcs.com/jp-ja/home 〉

――Tata Consultancy Services(以下TCS)が、学歴や経験よりもスキルを重視して採用している背景を教えてください。

当社が大学名や学部にこだわらない理由は、たとえ一流の大学であっても、人材が得られる知識やスキルは、大学で教えられた内容に限定されるからです。民間企業の変化のスピードは速く、最新のテクノロジーが大学の教材となる頃には、既に内容が陳腐化しています。デジタルスキルはポータブルスキルであり、オンライン上や日々の業務で学ぶことが可能で、Javaやブロックチェーンなど特定のスキルよりも、常に変わる新しい技術を学ぶ力と、使われなくなった技術をアンラーニングする力を重視します。テクノロジー領域は実力主義ですから、学歴や経験、人脈を重視せずに採用しています。当社における人材の多様性は高まっており、従業員の国籍は153カ国、女性の従業員数も年々増加しており、現在は全体の35%を超える21万人超になりました。

digital_007_01.jpgTCSでは、個人が狭く深い領域で長く働くことは、ときに先入観を生み、イノベーションの邪魔になると考えています。仕事が自動化するリスクも高いでしょう。一方、異なる領域の知識やスキルがあると、新鮮なものの見方ができます。つまり、専門性に加えて隣接する幅広いスキルを併せ持つことで、変化の激しい事業環境に柔軟に対応することができるのです。当社では、これをアルファベットの「T」の形になぞらえて、「Tファクター」と名付けました。Tの縦軸は専門性の深さ、横軸は幅広い知識・スキルです(図)。たとえばマーケティング職で、マーケティング歴が長い人は縦線が長く、関連のあるソーシャルメディアやデータビジュアライゼーションのスキルを得ることで横線が長くなります。専門性だけでなく、専門領域に関連する幅広い知識やスキルを持つ人を評価し、積極的に採用しています。

バックグラウンドを問わず、入社試験で採用の合否を決定

――どのような選考方法なのでしょうか。

グローバルでスキルを重視した採用を行っていますが、具体的な選考方法は各国の市場環境によってさまざまで、対象職種も異なります。日本では、特定のニッチな職務を対象にしています。たとえば、SAPエンジニアが外部労働市場には少ないため、財務や製造業での職務経験を持つ人や、あるいは業界経験はなくても技術スキルを持つ人を採用し、3~4カ月間の研修でSAPエンジニアへと育成します。インドでは、全職種を対象にしています。5年前に採用方法を根本的に見直し、出身大学や専攻分野にこだわらずに入社試験の成績によって面接へと進めるようにしました。

入社試験は3つの段階があります。最初は一般試験で、認知能力と心理特性、そしてITキャリアへの適性を判断します。認知能力は、国語力やパターン認識力、問題解決力、事実分析力、計算力などを測ります。この試験に合格すれば、採用は確定です。何度でも受験が可能で、結果は2年間有効です。

2段階目は、配属先を決定する試験です。基本的なコンピュータースキルやプログラミングの試験と、機械学習やモバイルアプリ開発、ブロックチェーンなど、候補者が希望する領域の試験です。この結果をもとに、開発系、コンタクトセンター、事業プロセス関連など、大まかな配属先を決定します。最終段階は面接で、即戦力として顧客のプロジェクトに従事できる人材を厳選します。

未経験者はプロジェクトで実績を積み、スキルプロフィールを充実させる

――テクノロジー領域での職務経験が浅い人は、入社後どのようにスキルを身につけていますか。

未経験者は、プロジェクトに参加することで新しいスキルを身につけます。TCSでは、世界各国にいる約60万人のスキルプロフィールを「Talent Cloud」というシステムに記録しており、プロジェクトチームの組成に活用しています。従業員は入社時にプロフィールを作成し、保有するスキルとその熟練度、習得を目指しているスキルを登録します。たとえば、スタンフォード大学で機械学習のオンラインコースを受講し、修了書をアップロードすると、AIがそれに紐づく知識、スキル、テクノロジーとキーワードを追加します。社内の研修やプロジェクトの経験も完了時に情報をアップデートします。たとえば、開発者のスキルプロフィールには「テクニカルスキル」を、プロジェクトマネジャーには「マネジメントスキル」を追加します。また、プロジェクトにおける、「パフォーマンス評価」もスキルプロフィールに記録します。

プロジェクトマネジャーは、Talent Cloudで求めるスキルや居住地、空きスケジュールなどを検索して、条件に合致する人材を探します。技術は常に進化しており、条件をすべて満たす従業員はほとんどいないため、誰もが新しいプロジェクトを通じて毎回ラーニングとアンラーニングを行います。

1000人規模の大きなプロジェクトでは、熟練者を集めるのが困難ですので、経験やスキルが浅い従業員を受け入れて、プロジェクトマネジャーが指導しながら経験を積ませます。未経験者は、オファーを待つだけではなく、自ら興味のあるプロジェクトに立候補して参加し、経験を積んでスキルプロフィールをより充実させることが重要です。

スキルのバランスが偏らないよう、チーム構成をデータで確認

――採用後の効果検証は行っていますか。

当社では、アナリティクスによって人材活用の状況を確認しています。ベテランと若手社員のバランスを重視しており、各マネジャーが5人のメンバーを管理・育成して階層が上がるごとに人数が少なくなるような、チーム全体がピラミッド型であることを理想としています。たとえチームで高い収益を上げても、上級技術者の比重が大きくピラミッド型でなければ、しばらく上級技術者を追加採用することができません。そのほか、マネジャーは新しく採用した人材を研修したか、チームの業務時間がどのぐらいの収益につながったか、メンバーは適したプロジェクトに従事したかなどを、CEOが毎四半期、部や課ごとにデータで検証します。

TCSは設立以来、テクノロジー進展の影響を受けてビジネスモデルの変革を5回行いました。外部労働市場からスキル要件を満たす人材を十分に採用できないことを経験しています。採用する人材には、日々スキルアップしようとする成長意欲を求めています。異なる領域の知識や経験を持ち、デジタルスキルを身につけた人は「Tファクター」が高く、アンラーニングできる人といえます。今後も、スキルアップを続ける従業員と進化するテクノロジーをうまく活用しながら、事業課題を解決していきます。

インタビュアー&TEXT=石川ルチア

ポイント
  • 3段階の入社試験を通じた採用手法を取っている。最初に、一般試験でITキャリアに適性のある人材を採用し、次に特定のデジタル領域の試験で配属先を決定し、最終面接で即戦力になる人材を見極めている。
  • 狭く深い専門領域と、関連する領域の知識やスキルを持つ「Tファクター」が高い人材を、新鮮な視点と事業環境の変化に対する適応力があるとして評価する。デジタルスキルを保有する異職種の人材も歓迎している。
  • 従業員60万人のスキルプロフィールを集約する「Talent Cloud」を活用して、プロジェクトチームの編成を行う。従業員は、プロジェクトで経験を積みながらラーニングとアンラーニングを繰り返し、スキルを高めていく。