北米のスキル重視採用-デジタル人材は学歴不問-【専門家の見解】リチャード・N・ランダース氏(ミネソタ大学産業組織心理学教授)

採用選考におけるテクニカルアセスメントの有効性と活用方法

本コラム連載では、企業のスキルを重視した採用について10社の事例を紹介した。取材企業の多くは、アセスメントツールと技術面接を併用していた。今回は、アセスメントの専門家の視点から、ミネソタ大学産業組織心理学教授のリチャード・N・ランダース氏に、コーディングスキルを測るアセスメントツールの特長と有効性、今後の可能性について聞いた。ランダース氏は、企業と協働して、先進技術を用いたアセスメント開発に取り組んでいる。

【ランダース氏プロフィール】
研究領域はアセスメントや従業員選抜、大人の学びなどにおけるテクノロジー活用。また、自身が設立したLanders Workforce Science LLCは、国内外の企業へAIやコンピューター・ビジョン(※)、自然言語処理などを活用した採用アセスメントの監査およびコンサルティングを提供している。過去の顧客にはジョンソン・エンド・ジョンソン、金融サービス会社のエーオン、ビデオ面接プラットフォームのHireVueなどがある。

企業がソフトウエア開発職を採用する際の一般的な選考プロセスは、はじめに書類選考で学歴や職務経歴などの募集条項を満たさない候補者をスクリーンアウト(ふるい落とす)し、人事による面接を経てから筆記試験で一定水準のコーディングスキルを持つ候補者を選抜する。次に、採用部署の責任者による技術面接で職種の特性に合う候補者を選考する。

一方、スキルベース採用では、スキルの高い人材を逃さないために、書類選考や筆記試験でポテンシャルを判断し、できるだけ多くの候補者を残す「スクリーンイン」という選考方法を用いる。したがって、一般的な選考プロセス以上に、入社後のパフォーマンスを予見できるソフトスキルと、業務を遂行するうえで必須となるコーディングといったテクニカルスキルの評価が不可欠である。本コラム連載の取材企業は、自社開発の技術試験のほかに、ハッカソン、アセスメントツールなどを利用して候補者のテクニカルスキルを評価していた。

アセスメントツールとは、オンライン環境で筆記試験と技術面接を行うテクノロジーで、あらゆるプログラミング言語に対応している。HackerRankやCoderPad、TestGorillaなど多数のベンダーがアセスメントツールを提供しており、エントリーレベル職から上級職までの、実務を想定した問題を出し、自動で採点する。下記は、アセスメントツールに関するランダース氏の見解である。

アセスメントツールはエントリーレベル職で有効

――選考プロセスにおけるスキルアセスメントの有効性について、どうお考えでしょうか。

ソフトウエア開発職などはテクニカルスキルの重要度が高いので、アセスメントツールを利用するのが効果的です。候補者のなかにはテクニカルスキルがあっても面接は苦手な人がいることや、面接後にテクニカルスキル不足がわかることがあるため、私は選考プロセスの初めの段階でアセスメントを実施することが有効と考えます。

既存のアセスメントツールには、30分で完了して自動採点できるものがあります。時間のかかるアセスメントは候補者が敬遠するため、企業がシンプルかつ短時間で測定できるスキル評価を求めているからです。このようなアセスメントツールは、「コードを書くスキル」が最も重要な業務遂行能力である、エントリーレベル職のポテンシャルを測るのに適しています。問題がうまく設計されているアセスメントであれば、その問題を解けない候補者は、業務でより複雑な問題を解けないと推測できます。つまり、選考の初期段階で「スクリーンアウト」するツールとして使うのがよいでしょう。

コーディングのアセスメントツールは、従来のホワイトボード面接のバーチャル版になっている傾向があるために、その課題点を引き継いでいる場合があります。ホワイトボード面接では、候補者が数問の問題を解く様子を面接担当者が観察します。通常の業務では、人に聞いたり、インターネットで公開されている正解を検索したりして解答にたどり着きますが、ホワイトボード面接では自分一人で問題を解けるかどうかを重視します。この方法では、選考の評価基準が「実際のコーディング問題を解ける」ことではなく、「簡単なコードの書き方を知っている」ことになってしまいます。また、コードの短さや複雑さ、コーディングにかかる時間を測定基準とする場合もありますが、私はその基準で優れたプログラマーを特定できるかどうかには疑問を感じています。

――実践的なコーディングスキルは、どのようにしたら測れるのでしょうか。

プログラミング業務には、謎解きやアルゴリズム理解のような認知能力もコードを書くスキルと同等に重要です。コーディングスキルを正確に測るためには、募集している職務の実務を再現した問題を出す必要があります。たとえば、データベースと販売サイトのクエリ、原子力発電所の制御ソフトウエアでは、必要なコーディングスキルが違います。企業は職務ごとに詳細な職務分析を行って、必要なスキルと入社後に研修で補えるスキルを明確にし、人材が入社前に習得しているべきスキルを評価する問題を作成しなければなりません。

つまり、プログラミング業務には独自要素が多く絡んでいますが、既存のアセスメントツールは架空のシナリオを用いる傾向にあるため、データにノイズが多く、有益な情報(signal) と注目に値しない情報(noise) の比率である「S/N比」が低くなってしまいます。プログラミングへの適性を包括的に評価するには、20~30問の幅広く現実的なシナリオを用いた課題を解かせる必要があります。実務を反映した問題ほど、候補者の今後の成果を予測できますが、採点までを自動で行うアセスメントを開発するには、コストがかかります。したがって、現時点では専門性の高い開発職のスキル評価を短時間で安価に行うことは、難しいといえます。

職場の育成環境によって、アセスメントツールを使い分ける

――エントリーレベルのデジタル人材の採用に関して、アドバイスはありますか。

職場環境に合った選考プロセスを設計することをおすすめします。研修制度が整っているなど人材育成に積極的な職場環境であれば、適性アセスメントで心理的特性を重視した採用をすることが望ましいと思います。徒弟制度のように、熟練のソフトウエア開発者が後輩の失敗を許容しながら建設的なフィードバックを与える環境では、多くの優秀な開発者が育っています。

一方、研修制度や先輩が育成する機会が少ない、あるいはフルリモート勤務のような環境であれば、1人でコーディングができなければならないため、採用前のテクニカルスキル評価が重要になります。

どちらの職場環境でも、書類選考でスクリーンインした後でアセスメントツールを使って「コードを書くスキル」がない人材を除外し、ソフトスキルをもとに採用をして、入社後に社員自身が新しいスキルを習得できるようにリソースを提供することが最善の方法でしょう。

先端技術を活用した実証実験が多数進行中。アセスメントは発展途上

――今後、アセスメントツールはどのように発展していくでしょうか。

現在、企業と研究者によって、AIを活用したさまざまな試みが行われています。いずれも研究の初期段階ですが、私が企業と協働したプロジェクトのなかに、自然言語処理によってコーディングのアセスメントを採点したものがあります。コードを「言語」として扱い、候補者が書いたコードの品質を解析して自動採点するものです。この手法の精度は急速に向上しています。

ほかには、身体的に複雑な動きをするスキルを評価する研究が進んでいます。航空業界では、ジェット機のパネル操作でスキル評価を行うものがあります。熟練者がフライトや緊急事態のシミュレーションにおいて航空機を操作する様子をさまざまな角度から撮影し、どこのスイッチをどの順番でどの方向に動かすのかといったパネルの操作データをAIに学習させます。AIは、新人が同じ場面でどのような動作、対応を行っているのかを判断し、熟練者の動作と比較します。これまでは、熟練者が試験現場で新人を採点する必要がありましたが、自動化することで評価にかかる時間も費用も節約できます。この技術をデジタル職のアセスメントに応用すれば、より一般的なスキル、たとえば表計算ツールなどのソフトウエアを使いこなすスキルを評価できます。

このように研究と実験を積み重ねていくことで、テクニカルスキルのアセスメントは著しく発展するでしょう。将来的には、エントリーレベル職だけでなく、専門性の高い職務のコーディングスキルも安価で精緻に評価できるようになるかもしれません。AIをアセスメントに活用する方法は多様にあるので、この分野は大きな可能性を秘めています。

インタビュアー=デビッド・クリールマン(Creelman Research) TEXT=石川ルチア

ポイント
  • ソフトウエア開発職のようなテクニカルスキルが重要な職種の採用では、面接が苦手な人がいることや、面接後にテクニカルスキルが足りないとわかることがあるため、選考プロセスの最初にテクニカルスキルのアセスメントを実施するのが望ましい。
  • 既存のアセスメントツールは、エントリーレベル職の選考プロセスで簡単なコードを書くスキルを短時間で測定し、ポテンシャルを測る「スクリーンアウト」するツールとして適している。
  • 職場環境によって、アセスメントを使い分ける。人材育成に積極的な職場環境ではポテンシャルを重視して、適性アセスメントをもとに採用する。育成機会が少ない環境では、一人でも業務を遂行できる人材かどうかをテクニカルスキルのアセスメントを活用して見極め、コーディングスキルの低い候補者をスクリーンアウトする。
  • 今後は、自然言語処理技術を用いたコーディングの評価、AIを用いた行動解析による評価など、アセスメント分野では大きな発展が見込まれる。

(※)人間の目と同様にコンピューターに視覚情報処理機能を持たせること。