再雇用か、転職か、引退か(JPSED分析報告書2019)

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はじめに:キャリアへの不安は知ることで解消できる

坂本貴志(研究員/アナリスト)

多くの人が、高年齢期の働き方について漠然とした不安を感じている。

たとえ、同一企業で働くにしても、それまでは自分の部下だった人のもとで働かなくてはならないかもしれないし、同じような仕事に従事するにもかかわらず、報酬が減るかもしれない。年齢を考えれば、健康への不安も増すだろう。同じ職場であってもそうだから、例えば別の企業での就業や、数は少ないにせよ、起業や自営を考えている人なら、抱える不安はなおのこと大きくなる。

そうした不安を解消するための方策がある。それは、他の人たちが、同じ道筋、つまり人生後半戦のキャリアを、仕事への向き合い方を含めどのように歩んでいるかを知ることである。

それができるのが、「全国就業実態パネル調査(JPSED)」(調査概要はこちら)だ。リクルートワークス研究所では、全国の15歳以上のおよそ5万人の同一人物を対象に、この調査を2016年から毎年継続して実施している。

JPSEDは、ある属性を持った人たちの変化を継続して追うことができるパネル調査である。毎年、不特定の個人を調査することで得られたクロスセクションデータではなく、特定の個人を追いかけたパネルデータを用いることで、個人の特性をコントロールし、根拠を持って物事の因果関係を推論できるという強みを持つ。

本レポートでは、このJPSEDのデータを用いて、高年齢期のキャリアの実態をさまざまな視点から明らかにする。 なお、主な分析対象は定年を控えた50代および60代の人たちであり、本レポートではそれを「シニア」とおく。

キャリアパス、処遇、引退

構成は以下の通りとなる。 まず、Part1では、50歳時点で正社員だった男性を典型的な労働者像として、その後のキャリアパスの実態を示す。そして、それぞれのキャリアパスにおいて、人々がどれくらい仕事に満足して働いているのかを分析する。

Part2では、シニアが生き生きと働くためには、どのような働き方をすればよいのか、その要因を探る。ここでは、シニアを処遇するにあたって、企業はどのような環境を整備すればよいかも明らかになるだろう。

最後のPart3では、誰しもがそれを迎えながら、実態がよくわかっていない「引退」の実相に迫る。少子高齢化が進むなかで、生涯現役は義務なのだろうか。そうでないとすれば、どのような引退の迎え方がその後の人生を豊かにするのだろうか。引退にまつわる謎を解くことで、職業人生の終え方を考える。

以上の内容は、高年齢期のキャリアに不安を持つ人はもちろん、シニアにどのような仕事をどのようにアサインすればよいかに悩む企業にとっても大きなヒントになるはずだ。本報告書を通じ、シニアの人生をより豊かなものにするために、社会はどうあるべきかを多くの人と考えていきたい。

Part1 再雇用に転職、引退、シニアの多様なキャリアパス

孫亜文(アナリスト)

企業との雇用関係がいったん切れる定年。それを迎えた後、なおも働き続けるのか、やめるのか。働き続けるならば、同じ職場か、転職するのか。定年の先には、決めなければならない選択肢が首を長くして待っており、当事者の不安は尽きない。その不安を解消すべく、定年前後のキャリアパスの実態を探ってみる。ここでは、50歳時点で正社員だった男性を典型的な労働者像として、主な分析対象とする。

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定年というキャリアの壁
該当年齢60歳が大半

日本企業には現在、定年後の継続雇用制度や定年の引き上げといった、65歳までの雇用を確保するための措置が義務付けられている。公的年金の支給開始年齢の引き上げに合わせて改正された高年齢者雇用安定法によるものだ。

また、2019年6月に発表された政府の成長戦略実行計画案では、働く意欲のあるシニアが働き続けられるように、定年の廃止や70歳までの定年延長など7項目の選択肢が盛り込まれている。「定年」に関する議論は、今後ますます活発化するだろう。そのようななかで、まず定年制の実態から探ってみたい。

図表1-1にあるように、定年が「ある」と回答した人(50代の正社員男性)は85.5%である。なかでも60歳定年が大半を占めており、まだ多くの人が60歳で人生の一大選択を迫られる状況にあることがわかる。

また、65歳以上定年13.0%、定年なし9.7%と、すでに2割強の人(13.0%+9.7%)が、意欲さえあれば65歳以降も同じ会社で働き続けられる、ということもわかった。定年なしの人は、企業規模が小さくなればなるほどその割合が大きくなっている。特に、30人未満の企業では31.3%と、3割もの人が60代以降も働き続けられるようになっている。

興味深いことに、定年はあるのにその年齢がわからない人(2.8%)や、勤務先における定年の有無を把握していない人も少なからず(4.8%)いる。これからのキャリアを考えるのも難しいはずだが、そのような人が一定数いるというのは無視できない事実である。

図表1-1 現在勤めている企業の定年の有無と定年の年齢
図表1-1 現在勤めている企業の定年の有無と定年の年齢

注)正社員として働いている50代の男性を対象としている。50歳時点の雇用形態による限定はしていない。

次に、50歳時点で正社員として働いている男性が、その後どのようなキャリアを歩むことになるのかを考えてみたい(図表1-2)。

図表1-2 50歳時点で正社員である男性のその後のキャリアパス
図表1-2 50歳時点で正社員である男性のその後のキャリアパス

キャリアの激動は50代から始まっている

まずは、定年を迎えるまで、もしくは勤務先に定年がなく、そのまま働き続けるというキャリアである(正社員継続就業者〈50歳時と同一企業〉)。定年を迎えた後、再雇用制度を利用して同じ企業で働き続ける人も多い(定年後再雇用者〈50歳時と同一企業〉)。さらには、定年前に転職したり、定年を機に転職したりすることもある(転職者〈現在雇用者・役員〉、転職者〈現在自営・起業〉)。一時的に働かなかったり(非就業者)、仕事から引退したりすることもある(引退者)。

それぞれのパターンを、50歳以降69歳までの年齢別に算出してみたのが、図表1-3だ。これを見ると、50代ですでに転職する人が一定数いることがわかる。

その割合は50代の終わり、59歳時点で約25%であり、ほとんどが他企業への転職組である。つまり、「定年前」の50代の間に、実に4分の1の人が他企業へ転職しているのだ。彼らはなぜ、定年前に転職するのだろうか。

図表1-3 キャリアパスの分布(年齢別)※クリックで拡大します図表1-3 キャリアパスの分布(年齢別)

注1)50歳時点で正社員であり、現在50~69歳の男性を対象としている。各キャリアパスに該当する割合を現在の年齢別に集計し、疑似的に50歳からのキャリアパスを示したものである。50歳時点の同一個人について50歳から69歳までの推移を集計したものではない。
注2)「正社員継続就業者(50歳時と同一企業)」とは、50歳以前に現在勤めている企業に入社し、定年を経験したことがない人である。「定年後再雇用者(50歳時と同一企業)」とは、50歳以前に入社した企業に、定年経験後も働き続けている人である。「転職者(現在雇用者・役員)」とは、50歳時点で勤めていた企業から転職し、現在雇用者もしくは役員として働いている人である。「転職者(現在自営・起業)」とは、50歳時点で勤めていた企業から転職し、現在自営業主や家族従業者などとして働いている人である。「非就業者」とは、50歳時点で勤めていた企業から退職し、現在働いていないが、仕事から引退していない人である。「引退者」とは、50歳時点で勤めていた企業から退職し、現在働いておらず、仕事からも引退している人である。

定年前になぜ転職するのか
会社都合と積極的な理由

50代で転職した人について、きっかけとなる離職の理由を見てみると、勤務先の倒産、解雇、退職勧奨、転籍といった「会社都合」の割合は38.1%である(図表1-4)。一方、前職に不満や不安を抱いており、それを解消するため、もしくは新たな挑戦をしたいといった「積極的な理由」で転職した人は54.0%、病気や介護などの「健康問題・家庭の事情など」を理由とした人は16.3%となっている。50代で転職する人のおよそ半数が、「積極的な理由」を挙げていることがわかる。

図表1-4 前職を離職した理由(年代別)
図表1-4 前職を離職した理由(年代別)

注1)20代~40代は2018年12月に就業していた男性を対象としており、転職時期は限定していない。50代と60代は、50歳時点で正社員であり、50代~60代に現在の会社に転職した男性を対象としている。
注2)前職を離職した理由は複数回答である。「会社都合」とは、「契約期間の満了」「定年」「会社の倒産・事業所閉鎖」「解雇」「退職勧奨」「転籍」を指す。「積極的な理由」とは、「賃金への不満」「労働条件や勤務地への不満」「人間関係への不満」「仕事内容への不満」「会社の将来性や雇用安定性への不安」「早期退職」「独立のため」「進学や資格取得のため」を指す。「健康問題・家庭の事情など」とは、「自分の身体的なけがや病気」「自分の精神的な病気」「結婚」「妊娠・出産」「育児・子育て」「介護のため」「配偶者の転勤のため」「家業を継ぐため、家族の仕事を手伝うため」を指す。

これを他の年代と比べると、「積極的な理由」での転職は、20代~40代(68.3%)よりは少ないものの、 60代(32.9%)よりは多い。定年前の50代でも、よりよい働き方を求めて転職する人はかなり存在するということだ。

一方、60代で転職する人の理由を見ると、やはり定年を含む「会社都合」が最も多く、61.4%である。そのうち約半数にあたる31.0%は、まさしく定年が理由だ。定年をキャリアの転換点にしている人が、一定数いるということである。

再雇用は多数派ではなく
不幸な道でもない

図表1-3に戻り、定年後のキャリアパスについて見ていこう。60歳を機に再雇用されて働く人(定年後再雇用者〈50歳時と同一企業〉)が現れるが、全体で見ると、その割合は60歳時点で24.0%と決して高くない。65歳では18.8%と2割を切り、66歳以降では1割程度になる。定年後に再雇用され、同一企業で働き続ける人は、実は多数派ではない。

定年後、再雇用で働き続ける場合、仕事内容や待遇が変化することが多い。特に、賃金が減少することが多く、そうした不満を抱えながら働き続けている人も一定数いるといわれているが、それは事実なのだろうか。

60代に限定し、図表1-2のキャリアパス別に、現在の仕事に満足している割合を見てみた(図表1-5)。

図表1-5 現在の仕事に満足している割合(キャリアパス別)
図表1-5 現在の仕事に満足している割合(キャリアパス別)

注1)50歳時点で正社員として働いていた、現在60代の男性を対象としている。
注2)仕事に満足している割合とは、「仕事そのものに満足していた」の項目に対して「あてはまる」もしくは「どちらかというとあてはまる」と回答した場合を「満足計」としている。「どちらともいえない」と回答した場合は「どちらともいえない」としている。「どちらかというとあてはまらない」もしくは「あてはまらない」と回答した場合は「不満足計」としている。

定年直後の60代前半では、定年後再雇用者の半数近く(45.2%)が仕事に満足していると回答している。 60代後半では、さらにその割合が増えている(57.2%)。再雇用制度を利用して同一企業で働き続けられるということは、仕事内容や待遇の変化はあるものの、ある程度先までキ ャリアの見通しが立つことを意味する。それまで見えていなかった定年の先が見えた。そのことで、不安がある程度解消され、安心して働けるようになったため、仕事満足度が高まったのかもしれない。

定年前の転職者の仕事満足度は

次に転職者を見てみると、60代前半では再雇用者と比べて、仕事に満足している割合が低いことがわかる。図表1-4で見てきたように、50代と60代では、主な離職理由が異なる。50代は積極的な理由が半数を超えるが、 60代では定年などの会社都合が多い。

ここでは50代の転職に着目し、定年前に転職した場合、「理由」や「時期」によって、その後の仕事満足度が変わるのかを見ていく。

例えば、50代で積極的な理由により転職する場合は、よりよい働き方が実現できて長く働けるような転職先を探すため、転職後の満足度が比較的高くなるのかもしれない。また、長く働き続けるために、早めに準備して行動するほうが、より条件のよい転職先に巡り合う可能性も高くなるだろう。さらには、定年までまだ時間もある50代前半に転職したほうが、直前の50代後半に転職するよりも、仕事内容や待遇などの条件交渉がしやすくなり、結果として転職先での満足度が高くなる可能性もある。

定年前の転職は時期が早いほどいい

50代で転職を経験した現在の60代について、離職理由別ならびに転職時期別に、現在の仕事に満足している割合を見てみた(図表1-6)。これを見ると、会社都合(44.6%)でも、積極的な理由(45.0%)でも、数値は大きく変わらないことがわかる。転職のきっかけになる離職理由は、転職先の仕事満足度に影響を与えないようだ。

転職時期別では、50代前半で転職した場合、その数値は52.6%、50代後半で転職した場合は40.3%である。50代前半に転職した人のほうが満足していると答えた割合が12.3ポイントも高い。どうやら定年前に転職する場合、時期が早ければ早いほど、60代以降における仕事満足度が高くなる可能性があるようだ。

転職後、満足しながら働くためには、転職のタイミングが重要になる。そうであるならば、いかなる離職理由であっても転職時期が早いほど、転職先での仕事満足度が高くなるかもしれない。

図表1-6現在の仕事に満足している割合(前職を離職した理由別、転職の時期別)
図表1-6現在の仕事に満足している割合(前職を離職した理由別、転職の時期別)

注1)50歳時点で正社員で働いており、50代のときに転職を経験した、現在60代の男性を対象としている。
注2)仕事に満足している割合とは、「仕事そのものに満足していた」の項目に対して「あてはまる」もしくは「どちらかというとあてはまる」と回答した場合を「満足計」としている。「どちらともいえない」と回答した場合は「どちらともいえない」としている。「どちらかというとあてはまらない」もしくは「あてはまらない」と回答した場合は「不満足計」としている。

積極的な転職こそ早い時期がいい

そこで、離職理由と転職時期ごとに、転職先での仕事に満足している割合を見てみた(図表1-7)。会社都合で離職した場合、50代前半で転職したほうが、50代後半よりも、仕事に満足している割合が5.8ポイント高い。積極的な理由で離職した場合は、50代前半で転職したほうが50代後半よりも、19.3ポイントも仕事に満足している割合が多い。

このことから、離職理由別かつ転職時期別に見ても、転職時期が早いほうがその後の満足度も高くなることがわかる。特に積極的な理由で転職する場合は、時期が早ければ早いほど、60代になっても満足しながら働ける可能性が高くなるようだ。

図表1-7現在の仕事に満足している割合(前職を離職した理由別に見た転職の時期別)
図表1-7現在の仕事に満足している割合(前職を離職した理由別に見た転職の時期別)

注1)50歳時点で正社員で働いており、50代のときに転職を経験した、現在60代の男性を対象としている。
注2)仕事に満足している割合とは、「仕事そのものに満足していた」の項目に対して「あてはまる」もしくは「どちらかというとあてはまる」と回答した場合を「満足計」としている。「どちらともいえない」と回答した場合は「どちらともいえない」としている。「どちらかというとあてはまらない」もしくは「あてはまらない」と回答した場合は「不満足計」としている。

高年齢期のキャリアは自らの意思次第

定年は、企業で働く人々にとって人生の大きなターニングポイントとな っているのは確かだが、ここまで見てきたように、就業者全員が等しく定年を迎えるわけではない。長く働き続けるために、定年前に転職する人もいれば、定年後も同じ企業で働き続ける人もいる。もちろん、働くことをやめて引退する人も、起業や自営の道を選択する人もいる。

また、同じキャリアパスを歩んだとしても、満足度が同じとは限らない。例えば、同じ転職をするにしても、年齢が若いほうが、その後の満足度が高まる。もちろん再雇用制度を利用し、気心の知れた職場で満足しながら働いている人もたくさんいる。

どのようなキャリアパスがよいかは、人それぞれであり、何か一つの王道があるわけではない。避けなければならないのは、定年にびくびくして高年齢期のキャリア構築を怠ってしまうこと。そのためには自らの頭で考え、能動的に動くことが大切だ。


part2 シニア社員活性化のために企業ができること

茂木洋之(研究員・アナリスト)

Part1では、現在のシニアにはさまざまなキャリアパスがあることがわかった。そのもとで、彼らにより生き生きと働いてもらうにはどうすればよいか。そのために、個々の企業が工夫できることは何か。雇用形態や賃金、勤務場所、仕事の性質など、シニアが仕事で満足感を覚える条件を考えてみたい。

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若手や中年よりも
仕事満足度が高いシニア

改めて、50代~60代のシニアの仕事満足度を年齢別に見てみよう。図表2-1の折れ線グラフは最新のJPSED2019を使用して、2018年に就業経験がある人の仕事満足度を年齢ごとに平均したものだ。55歳を過ぎたあたりから満足度が徐々に上昇している。少なくとも現在働いているシニアに関しては、20~49歳までの平均的な就業経験者よりも満足して働いていることがわかる。

ただ、この折れ線グラフには一部問題がある。高齢になるほど、満足度や意欲の低い労働者が労働市場から退出してしまうことだ。これにより、見かけ上、働いているシニアの仕事満足度が20~49歳の人より高くなっている可能性がある。

しかし、JPSED の特性を 利用すればこの問題に対処できる。 JPSEDは同一の個人を追跡調査した「パネルデータ」であるため、それぞれの仕事満足度の変化を見れば、もともと「労働意欲が高い」といった、仕事満足度に大きな影響を与える個人的特性を取り除くことができるのだ。そのために、2015年から2018年まで、JPSEDの4年分のデータを利用し、2年連続で就業経験がある人の仕事満足度の2年間の変化を測り、その数値を平均してプロットした。それが図表2-1の棒グラフだ。その値の大きさが、各年齢における仕事満足度の純粋な変化と解釈できる。

例えば、59歳から60歳にかけて2年連続で就業経験がある人の場合、仕事満足度が低下していることがわかる。

全体的に見ると、60代の労働者の仕事満足度は高い。シニアは年金が十分に支給されるまでの間、仕方なく働いている、というイメージがあるかもしれないが、実際にはそれなりに満足して働いていることがわかる。

図表2-1 仕事満足度の推移(年齢別)
図表2-1 仕事満足度の推移(年齢別)注1)仕事満足度は、「仕事そのものに満足していた」の項目に対する回答のうち、「あてはまる」を5、「どちらかというとあてはまる」を4、「どちらともいえない」を3、「どちらかというとあてはまらない」を2、「あてはまらない」を1としている。5が最も満足度が高い。
注2)満足度については、JPSED2019のみを用いて、2018年の1年間で就業経験のある人について分析している。前年からの差分については、JPSED2016~2019を利用して、2年連続で就業経験のある人に限定して計算している。

役職定年や定年は
大きなネガティブショック

図表2-1において、同一個人の仕事満足度の前年からの変化(棒グラフ)に注目し、50歳以降を見ていくと、特に53歳、55歳、60歳、61歳、65歳で満足度が前年から低下していることがわかる。これらの年齢の労働者に、何が起きているのだろうか。

すぐに思いつくのは、会社内でのキャリアの変化だ。まず53歳、55歳で役職定年に直面していると考えられる。また60歳から61歳は定年だろう。Part1で示されたように、定年年齢の多くが60歳付近に集中している。同様に65歳も引退する人が多い年齢であり、働き方において、一つの分岐点であることは間違いない。これらのキャリアイベントを経ると、仕事に対する満足度が低下すると予想できる。

年齢ごとに、役職に就いている人の割合も見てみよう(図表2-2)。例えば部長以上の役職に就いている人の割合は54歳から55歳にかけて、 6.3%から6.0%と0.3ポイント低下している。課長と係長に関してはそれぞれ0.9ポイント、1.5ポイント低下している。一方で役職に就いていない人の割合は、2.6ポイント増加している。60歳、61歳に関してはより顕著で、役職に就いていない人の割合がそれぞれ一つ前の年齢に比べ6.7ポイント、5.6ポイント増加している。

図表2-2 各役職に就いている人の割合(年齢別)
図表2-2 各役職に就いている人の割合(年齢別)
注)雇用者に限定して分析している。

このように役職が変わると、満足度がなぜ低下するのだろうか。その理由としては、所得の低下や、肩書が変わることへのショックなどいろいろ考えられるが、ここでは職務特性(仕事の性質)に着目したい。役職が変化すると、職務の特性も変わり、これまで得られていた充実感が得られなくなるのではないかと考えられるからだ。

そうしたモチベーションを左右する要因として、ハックマン・オルダム・モデルと呼ばれている5つの職務特性を用いる。具体的には、①自分の多様な能力が発揮される仕事かどうかを示す「技能多様性」、②業務全体を理解して仕事を遂行するか否かを表す「タスク完結性」、③社内外に影響を与える仕事かどうかを意味する「タスク重要性」、④意思決定権のレベルに関わる「自律性」、⑤ 上司や顧客からのフィードバックがあるかどうかを示す「評価・貢献・承認」の5つだ(「タスク完結性」と「自律性」は似ているが、前者は業務全体を理解して仕事をすること、後者は自分で仕事のやり方を決められることを表す)。

5つすべての職務特性について、役職が上がるほど、各職務特性を得ている人の割合が高い、という結果となった(図表2-3)。特にタスク重要性については、役職なしと22.3%なのに対して部長以上だと57.9%と、35.6ポイント高い。また自律性についても、役職なしだと39.8%なのに対して部長以上だと75.4%と、35.6ポイント高い。つまり社内外の人に影響を与える仕事ができていることや、仕事を自分のやり方で決められることが、モチベーションの維持に重要なのだ。
役職定年や定年を経験して、肩書が変化する。それと同時に仕事の内容も変化し、それが仕事の満足度に影響を与えているという流れが予想できる。

図表2-3 役職別、各職務特性を持つ人の割合
図表2-3 役職別、各職務特性を持つ人の割合
注1)50~69歳の雇用者に限定して分析している。
注2)例えば部長以上の役職の人のうち、技能多様性を持つ人の割合は48.0%となる。

定年前後で年収が大幅ダウン
それなのに満足度は高い

続いて、定年前後で労働時間と年収がどのように変化するのか調べてみた。

まず労働時間についてだが、60歳を境に平均労働時間が緩やかに減少している(図表2-4)。定年後の再雇用などによって非正規社員とな ったことなどで、労働時間が短縮されたのだろう。また労働時間の分布が上位20%の人も下位20%の人も、同じように減少している。定年後は大部分の人の労働時間が一律に短くなっているのだ。

図表2-4 労働時間の推移(年齢別)
図表2-4 労働時間の推移(年齢別)
注1)就業者に限定して分析している。
注2)色のついた部分は労働時間の分布の上位20~80%の幅を表している。

さらに年収についてだが、平均年収は60歳の定年以降で大きく落ち込んでいることがわかる(図表2-5)。しかし、年収の分布が下位20%の人については、落ち込みはほとんどなく一定水準を保っている。一方で上位20%の人は大きく落ち込んでいる。60歳を境に平均年収が落ち込む原因は、一部の高収入者が定年を迎え、それまでの年収を確保できなくなったからであろう。

図表2-5 年収の推移(年齢別)
図表2-5 年収の推移(年齢別)
注1)就業者に限定して分析している。
注2)色のついた部分は年収の分布の上位20~80%の幅を表している。

以上のように、特に定年の前と後で、平均労働時間と平均年収のどちらも減少することがわかった。一方で図表2-1で見たように、60歳以降の人の仕事満足度は高い。この現象は、どのように説明できるのであろうか。以下で、詳細を見ていきたい。

役職という肩書はもちろん
仕事の性質がより重要

そもそも、シニアが満足して仕事をするためには何が重要なのだろうか。その要因を包括的に分析してみよう。

前述のように仕事満足度は仕事に対するスタンスやパーソナリティなど、個人の固有の性質に規定されると考えられるが、ここでもパネルデータの構造を利用すればそれらの影響を考慮した、より精緻な分析が可能となる。以下では仕事の満足度はどうしたら上がるのかを、シニアと20~49歳を比較しながら吟味していく(図表2-6)。

図表2-6 仕事満足度の決定要因
図表2-6 仕事満足度の決定要因
注1)固定効果分析で推定した。係数は限界効果を表す。標準誤差は頑健な標準誤差で推定。サンプルサイズは20~49歳は10,2091人、50~59歳は31,733人、60~69歳は17,629人。就業者に限定して分析している。
注2)結果については有意水準10%で有意だったもののみ記載。
注3)仕事満足については、「仕事そのものに満足していた」の項目に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と答えた人を1として、それ以外を0の2値変数とした。
注4)年齢、健康状態、産業、職場環境などコントロールしている。
注5)結果の読み方については以下の通りである。例えば年収については、「50~59歳について、年収が1%上昇すると、満足する確率は1.8ポイント上昇する」と読む。また柔軟性については、「60~69歳について、勤務日が自由だと、自由ではない場合と比較して、満足する確率は3.3ポイント上昇する」と読む。

まず就業形態について見ると、20~49歳については、非正規の係数が+0.036となっている。これは20~49歳の場合、非正規以外の就業者と比較して、非正規雇用者は仕事に満足する確率が3.6ポイント高いことを意味する。

分析結果はここでは記載していないが、20~49歳の就業者について男女に分けて分析し詳細を見ると、女性の非正規雇用者の仕事満足度のほうが女性の非正規以外の就業者よりも高い。男性は非正規とそれ以外とで満足度に差はない。

一方で、シニアについてはその傾向が表れなかった。20~49歳にと って、就業形態は仕事満足度に影響を与えるが、シニアはそうではない。就業形態をあまり重視していないことがわかる。これは、再雇用制度を通じ非正規となった人の満足度は決して低くない、というPart1の結果とも整合する。

役職について見ると、50~59歳は部長以上や課長という役職における満足度への影響が大きい。具体的には、部長以上と課長の係数が、それぞれ+0.062と+0.064となっている。これは非雇用者と比較して、仕事に満足する確率が部長以上だと6.2ポイント、課長だと6.4ポイント高いことを意味する。やはりこの年代の就業者にとって役職の有無は重要なのだ。

これを、職務特性の影響を取り除いた結果と比較してみると、役職の影響は弱まるものの、残存することがわかる(図表2-7)。職務特性を考慮しない場合、前述の通り、部長以上の役職者は非雇用者と比較して仕事に満足する確率が6.2ポイント高い。職務特性を考慮した場合は5.0ポイントに下がるが、依然として有意に影響する。課長についても同様の傾向が見てとれる。これは部長(以上)や課長という「肩書」が満足度に影響していることを示唆する。つまりシニアの仕事満足度については、肩書と職務特性の両方が重要であることがわかる。

図表2-7仕事満足度の決定要因(職務特性のコントロール別)
図表2-7仕事満足度の決定要因(職務特性のコントロール別)注)分析手法、結果の解釈などは図表2-6と同じ。

職務特性についての結果を見ると、すべての年齢層で大きな影響が生じている。20~49歳と比較した場合、特に重要なのはタスク完結性と自律性だ。シニアになると、自分の仕事内容を正確に把握・コントロールし、自分の意思で仕事を進めたいといった主体性を重視する人が多いのだろう。

この役職問題については個人間のばらつきがかなり大きいと予想できるが、役職定年や定年によって、年齢だけを理由に役職を取り上げることは、多くの人にとって苦痛になるのだろう。一方で20~49歳の場合、役職なしの人を除いては、役職は満足度に影響しない(図表2-6)。

図表2-3と図表2-6をあわせて考えると、役職定年や定年を経て、まずは肩書を失い、そのことで仕事の満足度が下がり、同時に職務の性質が変わったことで、さらにやりがいを感じられなくなっていく。こうしたシニアが一定数存在しそうだ。

労働時間に仕事の負荷
「人それぞれ」が重要

続いて年収について見ると、年収の多寡はシニアのみ満足度に影響を与える(図表2-6)。年収が高くなるほど、年収が満足度に与える影響が逓減することを考えると、60代はそもそも年収が少なくなるため、年収が満足度に影響しやすいことが考えられる。

また60歳以降も働いている人の場合、引退するまでになるべく多く貯金したいという人も多いだろう。一方の50代は平均年収が一般的には高いはずだが、子供の教育費など、生活費がかさんでいることなどが、影響しやすい一因として考えられる。図表2-1と2-5からは、年収は低下しているが、満足度は上昇するという状況が読み取れる。しかしさまざまな要因をコントロールして分析すると、やはりシニアが働く場合、年収は重要な要素であることがわかる。

労働時間については、20~49歳においてインパクトは小さいものの、労働時間が増加すると、満足度が低下する傾向にある。その背景には、やはり働き盛りは労働時間が長めになっており、それが満足度に悪い影響を与えているということが考えられる。一方でシニアについては労働時間の影響は出ていない。シニアについては、長い労働時間を好む人もいれば、逆に短いほうを好む人もいる。労働時間に対する嗜好が多様なのである。

柔軟な働き方については、勤務場所に着目したい。20~49歳は勤務場所を自由に決められることが満足度を上昇させるが、シニアは関係がない。カフェなどでの仕事は論外、仕事は職場でするものという意識が強いため、勤務場所を選ぶことに利便性を感じていない可能性がある。

一方で、勤務日や勤務時間はやはり重要だ。特に勤務時間については20~49歳より、高い数値となっている。シニアは体力的な問題などがあるため、20~49歳よりも勤務の時間帯を選びたいという傾向があるのだろう。また50歳以降になると親の介護なども課題となるため、柔軟な時間選択をなおさら必要としている可能性がある。

職種については、年代ごとの差はあまりないが、60歳以上に関しては専門職だと満足度が高くなる。専門職・技術職は長年の蓄積が物を言う仕事であるため、60代が強みを発揮できる可能性がある。

仕事の負荷について見ると、50代は仕事の負荷が高いほど満足度が減少する。また、負荷が低いと満足度が増加する。20~49歳についても、同様の傾向が見られる。一方で、 60代に関しては仕事の負荷は満足度に影響しない。これは50代以下の人に対し、仕事が過剰にアサインされ満足度の低下を招いている可能性を示唆する。60代については、仕事の負荷は満足度にあまり影響を与えていなさそうだ。歳をとったのだから、仕事の負荷は低いほうがよいという人もいれば、働き盛りの頃と変わらない、高い負荷の仕事でもいいという人がいるだろう。どのような負荷の仕事を好むかは人それぞれなのだ。

画一的な人事管理は
シニアにはそぐわない

以上の分析からわかることは何か。シニアは決して「働きたくない」わけではないということだ。むしろ現状では、シニアは働くことに満足している。しかし、満足するにはいくつかの条件がある(図表2-8)。

図表2-8 シニアの労働に必要な条件
図表2-8 シニアの労働に必要な条件

まず定年や役職定年を迎えた後、年齢のみを理由として、仕事の特性も変化させてしまうのはよくないということだ。つまり、定年を迎えたシニアに、これまでとはまったく違う仕事をアサインすることは避けるべきなのだ。そのためにも、シニアの職場における役割を明確化し、本人の専門性や業務の希望と職場が担ってほしい役割を擦り合わせるべきだ。

専門職や技術職のシニアはこれまでの職務内容がしっかりと生きる仕事に就いてもらうといい。特に優秀なシニアは、例えば若手の多いプロジェクトで相談役のような役割を担 ってもらうべきだ。自身の経験を次世代に伝えられるため、本人も大きなやりがいを感じることができるだろう。

さらに重要なのは、画一的な人事管理はシニアにはそぐわないということだ。年齢を理由として、一律に仕事の負荷や労働時間を減らすのは望ましくない。各人の能力や希望に沿 った仕事を割り振ることが、シニアにはより一層必要となる。

そして、能力と意欲のある人には、相応の賃金を用意するなど、報酬体系も改めて考え直さなければならないだろう。

企業は、シニア社員のこれまでのキャリアや意思を尊重した上で、個々の能力や嗜好の多様性を改めて理解するべきだ。

シニアの多様性を活かす環境を整備し、その上でシニア社員にしっかりと会社や社会の役に立ってもらう。これが、これからのシニアの雇用管理の基本になるだろう。

Column 再就職支援の充実を

孫亜文(アナリスト)

高年齢期になると、転職も一筋縄会社都合の内訳ではいかなくなる。前職が正社員であった男性転職者を対象に、年代別の離職理由を見てみると、年齢が上がるにつれて、「会社都合」が増える(図表A)。なかでも、50代では「会社の倒産・事業所閉鎖」(12.0%)や「退職勧奨」(11.1%)が多く、予期せぬ転職を迫られている人が一定数いることがわかる。

図表A 前職を離職した理由(年代別)
図表A 前職を離職した理由(年代別)

注)前職が正社員であり、現在の年代と同じ年代に転職した男性に限定している。例えば、50代とは、50代で転職した現在50代を指す。前職を離職した理由は複数回答である。「積極的な理由」とは、「賃金への不満」「労働条件や勤務地への不満」「人間関係への不満」「仕事内容への不満」「会社の将来性や雇用安定性への不安」「早期退職」「独立のため」「進学や資格取得のため」を指す。

60代では「契約期間の満了」(11.3%)や「定年」(62.3%)が多い。もし十分な準備ができないまま定年を迎えるとしたら、スムーズに転職できるだろうか。そもそも、年齢が上がるにつれ、求人内容が狭まり、特定の業種・職種や仕事内容を限定したものになる。そのようななかで、どうすれば転職先を見つけられるのか。

そこで、年代別に、今の仕事を得るためにどのような転職経路を利用したのかを見てみた(図表B)。年代を問わず、「家族や知人の紹介」と「ハローワーク(職業安定所)」が多い結果となったが、ここでは「前の職場からの紹介」に注目してほしい。年代が高くなるにつれ、その数値が大きく増加している。シニアのスムーズな転職には、本人の人的ネットワークや公的支援はもちろんだが、現在の職場の協力も鍵を握るのだ。

本人が希望する限り、できるだけ長く働き続けられる社会を実現するためには、雇用延長だけではなく、適切な他社への再就職支援の充実を企業に促すことも重要ではないだろうか。

図表B 転職経路(年代別)
図表B 転職経路(年代別)
注)前職が正社員であり、現在の年代と同じ年代に転職した男性に限定している。例えば、50代とは、50代で転職した現在50代を指す。転職経路は複数回答である。

part3 生涯現役でなければならないのか

坂本貴志(研究員・アナリスト)

現代の日本において、生涯現役が必要とされていることは確かである。しかし、それと同時に、できるだけ長く働かなければならないという世間の風潮に、気が重くなる人もいるのではないか。ここでは、誰もが直面する引退という選択肢の実相に迫る。

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早くて50歳から
引退年齢は千差万別

人はいつ引退を迎えるのか。ここでは、「自分は引退している」と考えており、かつ実際に働いていない人を「引退している人」とし、その実態を分析してみよう。

図表3-1は、年齢ごとに、引退している人(引退者)と、引退していない人(非引退者)の内訳を示したものである。ここからわかることは、引退する年齢は人によって大きく異なるということだ。例えば、50 歳であっても、引退している人は7万人(4.1%)とわずかではあるが存在しており、定年前の59歳の段階でも23万人(14. 9%)と、相当数が引退している。定年前の早期引退者が、かなりの規模で存在するのである。

図表3-1 引退者の人数(年齢別)
図表3-1 引退者の人数(年齢別)

注)「あなたは、仕事に関して、引退していますか」という設問に「している」と答えた人で、かつ実際に働いていない人を、引退者としている。年齢ごとの引退者の比率を計算し、それに総務省「人口推計」の人口を乗じることで算出している。

そして、その後も、人はそれぞれ自分に適した年齢で徐々に引退を決めている。引退者が比較的大きく増えるタイミングとしては、再雇用の区切りとなることなどが多い65歳が挙げられる。しかし、この段階でも引退者は72万人(43.4%)と半数に満たない。そして、69歳時点での引退者は94万人(43. 6%)、非引退者は121万人(56. 4%)となり、この時点でもなお引退していない人のほうが多数派を形成している。

ただ、60代後半になると引退者の割合は一時的に低下する。JPSEDでは、引退しているかどうかを本人の主観に基づいて把握しているため、いったん引退したとしながらも、その後それを撤回し、再び労働市場に戻る人がいる。それが、60代後半で割合が低下することの背景にあると考えられる。

少し前までは、定年を迎えた時点で大半の人が引退し、そのまま第2の人生をスタートさせるのが当たり前だった。しかしながら、現代においては、全員にあてはまる引退年齢は存在しない。そして、70歳直前になっても多くの人はなお引退を決断しないという世の中に変わりつつあるのだ。

2つの因子で明らかになった
4つの引退理由

引退するタイミングが大きく異なるなか、人はどんなきっかけで引退という選択肢を選ぶのか。JPSEDでは、引退者に対し、図表3-2の選択肢を提示して理由を聞いている。

図表3-2 引退の理由(選択肢)
図表3-2 引退の理由(選択肢)

ここでは、この選択肢を用いて、引退する理由を類型化してみよう。引退理由は複数回答で設計されているため、どのような回答に類似性があるのかを判定することができる。因子分析の結果、引退する理由については2つの軸があることがわかった(図表3-3)。すなわち、自発的に引退したのかということ(因子1)と、働くことが可能であったのか(因子2)ということである。この2つの因子による分類に従えば、引退する理由は下記のように分類できる。

すなわち、①働くことが可能であったが、自発的に引退した人(自発的な引退)、②働くことがそもそも不可能であった人(健康不安による引退)、③仕事とのミスマッチなどにより引退を余儀なくされた人(ミスマッチ引退)、④働くことは可能であったが、何となく引退した人(理由なき引退)である。大きく分けて、上記の4つが、引退する理由となる。

図表3-3 引退理由の因子分析
図表3-3 引退理由の因子分析

なお、「その他」の理由について自由回答を見ると、圧倒的に多いのは親や配偶者の介護である。介護と両立する仕事があれば働きたいと思っているにもかかわらず、現実にはそのような仕事が存在せず引退を余儀なくされているという意味で、ミスマッチ引退に近い。

みなが納得して引退するわけではない

4つの引退理由別の人数を算出してみた。50~69歳の人のうち、引退状態にある人は744万人となる。総務省「人口推計」によれば、50~69歳の総人口は3,297万人であるから、50~69歳の引退比率は22.6%となる(60〜69歳の引退比率は35.6%)。

さらに、その744万人の引退理由別の内訳を見ると、①自発的な引退:299万人、②ミスマッチ引退:159万人、③健康不安による引退:153万人、④理由なき引退:133万人となった(図表3-4)。

図表3-4 引退理由別の人数
図表3-4 引退理由別の人数

注)50〜69歳を対象として、年齢ごとの引退理由別引退者の比率を計算し、それに総務省「人口推計」の人口を乗じることで算出している。

一般的に、引退という言葉からは、仕事をやめてお金も暇もある悠々自適な姿、またこれとは対照的に病気により働けない姿などが想起される。しかし、そういったよくイメージされるシニアの引退像は実は現実の一部でしかない。そして、仕事におけるミスマッチによって引退を余儀なくされた人(159万人)や、特段の意思もなく何となく引退している人(133万人)がかなりの規模で存在しているのだ。みなが納得して引退しているわけではないのだ。

非自発的引退者の
生活満足度は低い

最後に、引退した人ははたしてその後の生活に満足しているのか、引退理由別の生活満足度を見てみる。すると、同じ引退者であっても、引退理由によって、その後の生活満足度が大きく異なることが明らかになった(図表3-5)。

図表3-5 生活に満足している人の割合(引退理由別)
図表3-5 生活に満足している人の割合(引退理由別)

注)年齢計は50〜69歳を対象として算出している。生活に満足している割合とは、「生活全般について、どの程度満足していましたか」という設問に対して「満足していた」もしくは「まあ満足していた」と回答した割合を指す。

引退した後、最も生活に満足している人が多いのは、自発的に引退したグループである。これ以上働く気がなく自発的に引退した人の74.6%、実に4人に3人が現在の生活に満足している。十分に働き切った後の自発的な引退という選択は、その後の人生を豊かにするのだ。

健康不安で働けなかった人や仕事のミスマッチで引退を余儀なくされた人は、生活に満足している人の割合が全般的に低くなっている。

また、理由なく引退した人については、現在の生活に満足している割合は57.0%と、自発的に引退した人に次いで高くなった。しかし、年齢層別に見るとそこにはある傾向が見て取れる。すなわち、60~64歳では生活に満足している傾向が強いが(65.5%)、その後、65~69歳の層になると、その割合がかなり低下するのだ(55. 5%)。

一方、非引退者については、60~64歳において生活に満足している人は52.4%とそこまで多くはないが、65~69歳においては59.9%が生活に満足しているという結果となった。非引退者は、理由なき引退者とは対照的に、60〜64歳の生活満足度が低いが、その後、徐々に上昇していき、後年には理由なき引退者とその割合が逆転する。働き続けるという選択は当初はつらいものだが、無理なく、社会で役に立つということが、その後の生活にもうるおいをもたらしているのかもしれない。

思う存分働けて
納得して引退できる社会

ここまでで、引退するタイミングは人によって大きく異なることがわかった。その理由も一様ではない。意外と、仕事とのミスマッチにより引退を儀なくされている人や、何となく引退している人も多いのである。

そして、どのような理由で引退を迎えるのかによって、その後の生活の満足感も大きく変動する。個人にとって最も望ましいのは、十分に働き切ったという感覚を持って自発的に引退することである。また、その意味においても、自由意思のもと、できるだけ長く働き続けるということも十分に魅力ある選択肢と考えてよいだろう。

少子高齢化がくびきとなっている日本社会において、シニアの引退を議論する際、「シニアも働いて、もっと世の中に貢献すべきだ」という主張がされる。

もちろん、現在の日本社会の抱える問題を考えれば、そのような主張も無理のないものだ。

しかし、働きたいのに働けない人や、理由もなく引退している人が多いのも事実である。そうした人を労働市場がしっかりと受け入れることが、まずは重要なのではないか。シニアが活躍できる環境をつくるということに関して、企業や社会ができることはまだまだあるだろう。

そして、生涯現役を選ぶにせよ、引退を選ぶにせよ、自身のキャリアをどう描くかは、自分の意思で決めるべきだ。多くの人の意思が尊重される社会、そして、生涯を通じて存分に働き、やりきったという満足感が得られる社会を、われわれは目指すべきだ。

おわりに:シニアの人生の充実に、働くことがどれだけ貢献できるか

坂本貴志(研究員/アナリスト)

シニアの働き方について、個人や企業、社会はどう考え、どのように行動すればよいか。いくつかの提言を記し、本レポートを締めくくりたい。

会社任せのキャリアから決別を
キャリアパス分析から改めて明らかになったことは、シニアのキャリアは一様ではないという事実である。それは裏をかえせば、シニアの前には多種多様な選択肢が用意されているということである。

自分自身でキャリアのビジョンを描くのは難しいことだ。しかし、自分自身で選んだキャリアなら、それがどのようなものであったとしても、納得して受け入れることができるはずだ。シニア自らが、会社任せのキャリアから決別し、自分自身でキャリアを選び抜き、人生終盤の仕事に向き合ってほしい。その覚悟こそが、高年齢期の仕事をより充実したものとするだろう。


次世代に席を譲れ
シニアが担うべき大きな役割として、これまで取り組んできた仕事を次の世代にうまくバトンタッチすることがある。一定の年齢に達したら、後進を育て、支援することに、より一層の努力を払う必要がある。

大切なのは、無理にポジションに居座らないことである。役職定年がまさにそうだが、ある時点で後進に席を譲ることを念頭において働かなければならない。シニアが活躍するということは、シニアが主役であるということと同義ではない。「役職がなくなった」と意気消沈する必要はないのだ。次世代に席を譲ることを、次のステージに向かうステップとして前向きにとらえるべきだ。


多様なシニアを活かせ
シニアが活躍する環境をいかに創出するかは、企業にとっても、考え抜かなければならない重要な課題だ。今後、若年人口がますます減少し、優秀な若手を十分に採用できる企業はごく一部となるかもしれない。労働市場が構造的な人手不足状態にあるなか、シニアが活躍できるフィールドをしっかりとつくることこそが、日本企業の社会的な責任であるとともに、個々の企業が生き抜くための方策ともなり得る。

シニアの雇用は、区切りがあることと、年金という副収入が存在するという点で、若年や壮年者のそれとは趣を異にする。加えて、定年というキャリアイベントは当事者の価値観を大きく変えるインパクトがある。定年をきっかけに、多少の無理をしてでも仕事で貢献したいという人から、無理なく役に立ちたいと考える人まで、就業観が多様化するのだ。

シニアには、画一的な人事管理はそぐわないということだ。例えば、働き盛りの人と変わらぬ活躍をする人には高い賃金を約束し、そうでない人にはそれ相応の額とする。多様なシニアを生かす環境づくりを、企業は真剣に考えていく必要がある。


納得して引退できる世の中へ
少子化は、日本が直面している極めて大きな問題だ。そして、そのもとで、シニアであっても働けるうちは働き、社会に貢献すべきだ、という風潮がますます高まっている。

適度な労働は、シニアの生活に潤いをもたらす。その意味で、働くことを生きがいとし、心身ともに健康な生涯現役のシニアを増やすことは日本の大きな目標であり続けるだろう。

そして、思う存分働いたという納得感を得たうえで、堂々と引退する、というシニアの決断も尊重されるべきだ。

昨今、働き方の見直しが進み、働き盛りの世代においても、働きすぎを忌避する動きが進んできているくらいだから、シニアこそ、自らの意思で人生後半戦の働き方、休み方、引退の仕方を柔軟に決めてもよいはずだ。

生涯現役を選ぶにせよ、引退を選ぶにせよ、多くの人が人生終盤においても仕事を通して社会の役に立ち、十分にやりきったという充実感を抱くことができる社会が、目指すべき社会像なのではないか。そのためのサポートを、社会は惜しんではならない。


シニアの躍動
これからのシニアの働き方を考える場合、シニアを社会でいかに活用するかということの前に、シニアの人生の充実に、働くことがどれだけ貢献できるか、という問題設定が重要となる。人生100年時代において、一人ひとりの人生を彩り豊かなものとするために、仕事が果たすべき役割はやはり大きいのだ。

シニアの働き方をよりよいものとするために、本人、企業、政府、自治体、それぞれには、工夫できることが多々あるはずだ。シニアが活躍できる舞台が整い、その上で実際にシニアが躍動し、その結果として一億総活躍社会が実現できれば、日本は今よりもっと豊かな社会になるだろう。

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