地元中小IT企業が連携して事業協同組合を設立。「共創」によって、地域のITレベルを上げていく――株式会社ユリーカ

2025年12月18日

経済産業省が発表している「IT人材需給に関する調査 調査報告書」によると、2030年には最低でも約16万人、最大では約79万人のIT人材が不足すると試算されている。その背景には、IT需要の拡大、少子高齢化による労働人口の減少、業界の労働環境の整備の遅れ、技術革新のスピードに育成が追い付かないといった課題が指摘されている。この人材不足は地方においてはいっそう深刻だ。さらに地方の場合、首都圏の同業に比して技術や経営のレベルに格差も生まれている。このような現状に対し、長野県に本社を置く株式会社ユリーカは、地域のIT企業と事業協同組合を立ち上げ、中小IT企業が互いに支え合い、競争だけではなく「共創」という考えによって成長できる環境づくりを進めている。

青山雅司氏の写真

株式会社ユリーカ
代表取締役 青山雅司氏

長野県で半世紀近くシステム開発の事業を推進。地方中小IT業界の下請け構造からの脱却を目指す

――最初に事業内容や従業員の体制等についてお聞かせください。

当社は、今年創業45年目を迎えました。地方発の情報通信業としては古株になると思います。先代が立ち上げた会社で、地元の大手企業であるセイコーエプソン様の生産管理システムを開発したことが事業の始まりです。以来、同社の会計や人事、物流、販売等の基幹システムの企画開発・保守を手掛けてきました。現在もセイコーエプソン様とは深いつながりがありますが、一方で東京のお客様のシステムを長野で高品質で作っていくというコンセプトを掲げて取り組んでいます。そのため、かつては20~30名ぐらいの従業員で受注に対応していましたが、東京のお客様からの受注に応えていくなかで採用チームを立ち上げるなどして、現在は60数名まで陣容を拡大しています。そのうち50名ぐらいがシステムエンジニア(以下、SE)ですが、新規事業の開発などを行う経営企画室、人事、情報システムなどのバックオフィスにもリソースを多めに割いています。

オフィスの様子

――近年、SEの確保は厳しい状況と聞いています。労働・採用の市場をどのように捉えられていますか。

長野県においても人材不足は如実に表れています。特に専門性の高いSEについては、完全に枯渇している状況ですね。10~20年前の日本のIT業界は外国人人材が支えてくれていた部分があったと思います。円安やさまざまな要因でこうした人材が海外に流出したことで、底が抜けたような形になったため、なおさら人材不足が加速したと私は考えています。IT業界は建設業界と同様に下請けピラミッドの構造になっています。地方のIT企業は大手ベンダーの孫請けのような立場で、極めて低水準の発注額で受注して開発するという現状から抜け出す必要があります。私はもともと東京の日系のコンサルティングファームに勤めていたのですが、地元に帰ってきてわかったことは、地域の一企業では上流の大型案件を受注するための営業力が決定的に足りないということです。その営業力がないために、大手の孫請けの案件を恐ろしく安い単価で引き受けざるを得ないという状況が常態化しました。

この状況を打開するための組織・体制を作ろうということで、2016年に私が呼び掛けて事業協同組合を立ち上げました。これは下請け構造ではなく、組合が大型の案件を受注し、その後組合員がフラットな状態で一定の単価で請け負います。そこで利益が出れば社員に還元していただくなり、新しい採用につなげていただくなり、教育に投資していただくなりしてもらう。そうした取り組みを通じて、会社全体ひいては地域全体のITレベルを引き上げていくということにつなげていきたいと思っています。

企業同士の連携によってリソースとノウハウを共有し、相互補完による体制強化と市場対応力の向上を図る

――事業協同組合の取り組みはユニークですね。改めて、具体的な設立の経緯や目的をお聞かせください。

事業協同組合の名称は「GICTS(グローバルICTソリューションズ協同組合)」です。IT企業の連携組織として、2016年に設立しました。長野県を中心に24社のIT企業が加盟していて、従業員は計1300人に上ります。東京都、神奈川県、山梨県、静岡県、石川県などの企業も加わっており、長野県をハブに協力体制を構築しています。協同組合設立の直接のきっかけは、当社の経営難にありました。私が東京のコンサルから転職して入社した2010年ごろは、リーマンショックの傷跡が残っていて経営が非常に厳しい局面でした。

そのときセイコーエプソン様から大型の案件をいただきましたが、対応できるだけの体力がない。そこで、県内のIT企業各社に協力を要請したわけです。100人ぐらいの協力を得て、何とか走り切って無事システムを納品することができました。しかし協力していただいたIT企業の実態を見ると、多重下請けで一人あたりの受注金額が驚くほど低かった。そこでピラミッド構造を脱却し、個々の会社が自社の独立性を保ちながら、「みんなで儲ける」方法を考えて設立したのが事業協同組合です。地域のIT関連中小企業は、慢性的な人材不足や急速な技術変化への対応も遅れがちで、多くの企業が厳しい経営環境に置かれています。このような課題を解決し、企業同士の連携によってリソースとノウハウを共有し、相互補完による体制強化と市場対応力の向上を図ることを目的に設立しました。現在は私が代表理事を務めさせていただいてます。

取り組みを説明する様子

――事業協同組合を作って、具体的に生まれた成果は何でしょうか。

これまでノウハウ的にも人員的にも1社ではできなかった案件について、協同組合内で連携することにより一つのチームを組成して対応する動きが可能になりました。たとえばセキュリティ要件が厳しいお客様の場合、複数拠点から自社のシステムにアクセスされるのは困るという場合があります。その場合は広いワーキングスペースを持つ組合員の一部屋を専用の開発拠点として専用の回線を引いて、そこにみんなが集まって開発するという体制をとることも可能です。現在、組合を通じて年間約3億円の仕事を回していますが、受注の安定が見込めることで、数人でやられているようなIT企業でも、事業計画や資金計画が安定的に立てられるようになります。

事業協同組合を作るにあたっては苦労もありました。地域では誰々の話を通さないと、あそこの案件はとれないよといったルールが出来上がっている場合があります。「そういう慣習を打破するために、みんなで儲けるためです。それぞれの会社の収益のための組織だと考えてください」と熱心に伝えました。「収益にならないと判断したんだったら、もういつでも抜けていただいて構わないし、仕事がなくなって戻ってくるのもウェルカムです」と。

組合員の中にはシステムの基幹部分の開発が得意な会社もあれば、フロント側のウェブ部分の開発に特化した会社、デザインが得意な会社、あるいは全体をコーディネートするITコンサルのような会社、ネットワークインフラに強い会社、データ分析に強い会社、組み込みソフトウェアが得意な会社などがあり、バリエーションに富んでいます。このため当組合にご相談いただければ、ワンストップでソリューションが見つかります。かつてSIerと呼ばれた業態を複数社で実現しているイメージです。1社だけではリソース的に受注が難しかった案件でも、他の組合員の知見やメンバーを借りてくることで受注のチャンス自体も増えています。

あとはやはりメンバー間の交流であったり、情報交換であったり、何か困ったことがあればお互い助け合う関係性ができたことが大きい。たとえば、月に1回組合員が集まる会議があるのですが、その際に「あの採用メディアは結構いい感じだったよ」とか「このSaaSのサービスは使いやすい、あれはおすすめしないね」とか情報を交換します。また、ある会社の社長が重病になって経営どころではない状況になった際、別の会社の社長が社名とメンバーを残す形で吸収合併してくれたこともあります。中小企業で10年、20年働いていても得られる知見は限られていますが、他社との交流を通じて知識や経験の幅を広げることができます。私が東京から最新の大型案件を受注した場合、案件の進め方や作法、スキルなどを学ぶいい機会になっており、技術の底上げにも寄与できているのではないかと思います。

プロジェクト打ち合わせを行う様子

長野県は移住したい県のランキング1位、UIターンで人材確保。人を育てITレベルをアップし、「長野発、世界へ」

――先ほど、人材不足やSEの枯渇を指摘されていましたが、業界の構造が変わりつつあるなか、人材の確保についてお聞かせください。

IT業界は非常に人材流動性の激しい業界です。そして、転職によって年収アップやキャリアアップを図ることが当たり前の業界とも言えます。そのため、人をとどめておくことが昔に比べると非常に難しい状態になっています。一方で、ITの世界は他業種から転職を希望する人が多いことから、そうした人材を短期間に戦力化する必要もあります。幸いここ10年ぐらいの間に比較的短いトレーニング期間である程度技術に習熟できるプログラムが進歩しているので、本人のやる気さえあれば成長できる環境は整ってきています。かつては情報系出身の学生をメインの採用ターゲットとしていましたが、労働人口が減り続けるなかで、文系出身の学生、高専卒の学生、あるいは高卒の人材を採用して育てる取り組みを進めています。

こうした人材の教育についてもかつては先輩社員を教育担当として負荷をかけていた部分がありましたが、当社では「餅は餅屋」の考え方で専門の会社に教育をお任せしています。人材の確保に関しては、地方は東京に比べて平均年収が低いことがネックの一つ。待遇面では厳しい競争になっていますが、我々としては長野県という地の利を活かしていきたい。長野県は移住したい県ランキング1位であり、UIターンをねらった人材確保の取り組みを進めています。

――事業協同組合の今後の取り組みも含めて、長野県のIT業界のビジョンをお聞かせください。

協同組合の目的の一つとして、地域のITレベルの向上を目指すことがあります。その点はこれまで1社では獲得が難しかった案件の受注などによって徐々に成果が出ていると思います。次のステージとして、より高度な、より大きな、より最先端の仕事を長野県の中でやっていくためにはどうするべきかを、考えていきたいと思っています。さらに言えば、この長野県から世界にインパクトを与えられるような仕事ができる集団を生み出したい。これは我々IT業界だからこそできることだと思っています。実際、アメリカのシリコンバレーも元々は小さな街でしたが、今ではあの街の企業群が世界中のITを動かしています。我々だって、GoogleやFacebook、Amazonがなかったら生活できない状態になっているわけです。それならば同じようなことを長野県でできてもいいのではないか。

「長野発、世界へ」というところが、最終的な夢でしょうか。まだまだ道半ばではありますが、幸いなことにメンバーが特に揉めることなく、仲良くやれているというのが一番いいところです。少なくとも、地元長野県のIT企業を豊かにしていく、企業間の連携体制を整えていくということに関しては、一歩また一歩、進んでいると思います。

聞き手:坂本貴志岩出朋子
執筆:小泉隆生

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