オーダーメイドの漁具を届ける創業175年超の商社。「気仙沼の人事部」を立ち上げ、地域で採用・育成に取り組む――アサヤ株式会社

2025年12月12日

三陸沿岸を商圏とするアサヤ株式会社は、江戸時代(1850年)から続く老舗の漁網・漁具商だ。宮城・岩手両県の漁業者との長年にわたる信頼関係をベースに、若手人材の採用と育成に労力を投下し、ベテラン社員のノウハウを若い世代に伝えている。2022年に採用担当を新設し、採用広報や定着に向けた仕組みを再構築した同社の代表取締役社長の廣野一誠氏と総務部採用担当の廣野香苗氏に具体的な取り組みを聞いた。

廣野一誠氏(左)と廣野香苗氏(右)の写真

アサヤ株式会社
代表取締役社長 廣野一誠氏
総務部 採用担当 廣野香苗氏

漁業の変遷とともに取扱商品を拡充してきた専門商社。早期退職者の続出など若手人材の採用・定着に課題

――最初に貴社の概要や従業員の体制についてお聞かせください。

廣野一誠氏:当社は三陸沿岸を商圏とする漁網・漁具の専門商社で、営業と事務、技術部門を併せて約80名規模の企業です。宮城・岩手の両県に本社を含む4つの営業拠点と2つの工場があり、営業社員はおよそ30名、事務系社員10名、技術系の社員約40名という陣容となっています。
商社でありながら技術系の社員が多いのは、網の仕立て(オーダーメイドで網を作る作業)や機械の修理・メンテナンスなど、お届けする商品に付帯して各種の技術対応が必要になるためです。組織としては全部で10部門ほどあり、それぞれ10名弱のメンバーの零細企業が集まって運営されているイメージに近いです。

アサヤ株式会社の外観

――取扱商品の中では、どのような商材のウェイトが高いのでしょうか。

廣野一誠氏:金額的には機械類の占める割合が大きくなりますが、そもそもアサヤという社名は、江戸時代、和船を漕ぐ漁師さん向けに釣り糸の材料である「麻の買い付け」から商売を始めたことに由来します。時代の変遷とともに、漁船係留用のロープや仕立て糸、漁網などの繊維製品を中心に取扱商品を増やしていきました。その後、漁船の大型化とともに船上で使うクレーンなどの油圧機械を取り扱うようになり、また船体の塗装も手掛けるようになります。浜の養殖作業所で使う加工用機械の扱いも増えました。現在では、フロート(浮き玉)やアンカーなどの資材、カゴや金物などの備品を含み、3万点以上の商材を取り扱っています。

商材の写真(一部)

――人材に関しては、正社員が多いと伺っています。

廣野一誠氏:ほぼ全員が正社員になります。地元の漁師さんたちと人間関係を築きながら、漁場や漁法に合った商材をお届けする業態ですので、営業にしても技術職にしても、今流行のスキマ時間に労働力を提供してもらうような働き方では務まりません。漁業資材を扱う業界は非常に特殊であり人材層は限られます。技術系の仕事であっても自動車や建設業界のように専門学校はなく、新卒の若者を確保しやすいわけではありません。かといって経験者がポータブルスキルを持って転職しやすい業界であるともいえず、実際これまで当社では経験者に中途入社していただいた例はありません。船を係留するのに使うロープの端末の加工方法一つをとっても、入社して初めて学ぶという人や、機械に明るい人であっても「この機械は初めて見ます」といったケースが多くなります。

漁船で使用されている様子

――課題が多いなか、どのように採用に取り組まれたのでしょうか。

廣野一誠氏:私が2014年の12月に家業を継ぐ形で気仙沼に戻ってきたときは、アサヤは新卒採用をずっと凍結していて、ほとんどが中堅以上のベテラン社員という状況でした。そこで2016年頃、震災復興の延長線上で地域の企業が連携して採用に注力しようとの動きがあり、当社も参加して大卒の新卒採用枠を作るなどの取り組みを始めたのです。

ところが、地元の高校を出て新卒で当社に来てくれた人材が、仕事を覚えた頃に仙台や東京での生活にあこがれて出ていってしまうことが続き、中途採用を重視することを考えるようになりました。ある程度世の中を見てきて、その上で「やっぱり自分は気仙沼や石巻がいい」とUターンを検討するような人材であれば、アサヤで新しい仕事を覚えながら地域に定着して働く理由が見出せるだろうと考えたのですね。

部品の一部

ただ2022年当時、私自身は社長としての業務が多忙で、年間を通じて取り組みが必要な中途採用に十分な時間を割くのは難しかった。そこで、ちょうど一番下の子が幼稚園に入るタイミングで、仕事を再開したい意向のあった妻に、総務部の採用担当として入社してもらいました。幼稚園への送り迎えなどがあって時短勤務の形でしたが、コミュニケーション力の高い妻の資質を活かし、中途採用を軸とする採用活動を任せることにしました。

多様なメディアで企業をPRし、認知度を高める。10倍の採用倍率を実現

――現在、年間の採用者数はどのくらいですか?

廣野香苗氏:2022年に営業職を中心に12名ほど採用でき、その次の年も同じくらいで、昨年は10名でした。今年度は管理部門を中心に採用し、現時点(2025年11月)で5名となっています。「アサヤに合う人を選ぶ」というところを大切にしていますので、採用候補者の母数……オンライン面談や会社見学などをしてもらう方々は、最終的な採用者数の10倍くらいの人数になります。

廣野一誠氏:人材の採用は、お金をかけるより「手数(てかず)をかける」ことが重要だと、ここ何年かの経験から実感しています。一例として、エントリーがあったときにタイムリーに返信してあげられるかどうか。妻が採用担当になってからは、私が兼務で担当していた頃と比べてレスポンスのスピードが格段に上がり、候補者にも、採用に本気で向き合っている当社の姿勢が伝わっていると思います。また、専任の採用担当がいるおかげで各部門の管理職との面接などの日程調整もスムーズになりました。

――いろいろなメディアで会社を紹介する、パブリックリレーションズ的な活動にも積極的に取り組まれている印象です。

廣野香苗氏:採用にはそもそも会社の社会的な認知が必要という考え方で、とにかくアサヤという会社を露出させたいとの想いがありました。専業主婦として子育てしている時期に、気仙沼のいろいろなコミュニティで人とのネットワークが広がっていたことも助けになりました。気仙沼って独特の島国みたいな、人と人とのつながりを大切にする町なんです。気仙沼のケーブルテレビ局や移住・定住支援センター、NHK東北放送などの人たちと交流があったので、いろいろな企画でアサヤを紹介していただいたり、番組の特集などで取り上げてもらったりしました。

廣野一誠氏:自社のホームページも刷新し、「三陸の漁業に貢献することが、アサヤの仕事の本質である」と経営理念の背景からしっかり発信するようにしました。各部門の社員を紹介する「アサヤではたらくひとシリーズ」をはじめとして、さまざまなコンテンツを継続的に拡充しています。

経営理念が記載されたホームページの画面

オウンドメディアでの発信に加えて、民間の転職支援エージェントの活用や、キャリア採用サイトへの求人広告の出稿とダイレクトスカウト機能の活用なども、候補者との出会いの経路の一つとして有効です。ただ、それだけで全てが解決するわけではないので、採用候補者の当社へのアクセス母数を増やす上では、複数の手段で会社を知っていただくPR施策が重要になります。

求人ポスターの一例

廣野香苗氏:応募の経路としては、地方ということもあってハローワーク経由の応募数が多くなっています。ただ、ハローワークについてもそこから直接というより、応募される方がいろいろなPR記事や当社のホームページを見て経営理念や社員の姿などを確認してから、ハローワークで求人票をもらって……という流れがあるように思います。いろいろなメディアへの露出を積み重ねた上でハローワークが有効になるといったイメージです。地道な取り組みでは、QRコード付きの求人ポスターを飲食店や床屋さんなどに貼らせていただいて、地域の人に「あ、ここにもアサヤがある」と接触頻度を増やしていくことも効果的だと感じています。私たちはたとえばスーパーに行ったらこの会社の商品が売っているとかそういう会社ではありませんから、採用にはこういった地道で総合的な取り組みが必要なのです。

採用から定着、次の世代の育成へとプラスのサイクルが動き出す

――採用は毎年何人か入るというように軌道にのるまでの最初のところが一番難しいと思います。

廣野一誠氏:最初は上の代との年齢のギャップがあって難しかったです。一つ上の先輩が50歳とかでしたので。私が気仙沼に戻り、2016年頃から最初に新卒採用に取り組んだ際、登録されている候補者の携帯にショートメールを送る作戦は有効でした。相手は千葉の学生だったんですが、「今度、東京出張の機会があります。一度話しませんか?」と送ると、「気仙沼の会社の専務から急にショートメールが来た」ということで会ってもらえました。それは民間求人メディアの担当者の方にアドバイスしてもらったんです。

そのあと、ぜひ現地も見学に来てほしい、交通費を出すからと言って見に来てもらい、アサヤの等身大の営業スタイルについて話をしました。特に用事がなくても漁師さんのもとを訪れて雑談し、ワカメのお裾分けなどをもらって、帰り際に「今度ロープ持ってきてね」と頼まれるような、緩い人間関係の中から仕事が生まれる日常を伝えたんですね。そういった雰囲気に共感してか、その大学生は運送会社の内定を辞退してアサヤに入社し、今も中核として頑張っています。

社員の働く姿

こうやって徐々に採用を増やしていった感じです。やっぱりだいぶ年上の人しかいないと、その時点で尻込みしてしまうと思いますが、若い人たちが休み時間にキャッチボールをしていたり、喫煙所や自動販売機の前でたまって話していたりすると、なんか馴染みやすそうな気がしますよね。

――社員の定着や育成という側面での取り組みについて教えてください。

廣野香苗氏:会社にとって不都合なことは、最初から伝えるようにしていますね。たとえば、ある支店には年配の一見無愛想な先輩がいて、コミュニケーションをとるのが大変と思うかもしれないけれど、「お客様想いで仕事熱心な人だから、積極的に話しかけると丁寧に教えてくれるよ」などと頑張るべきポイントを伝えています。

また、人材の定着を図る目的で、入社後の1カ月、3カ月、6カ月、9カ月、1年といったタイミングで「ナナメ面談」という機会を設けています。直属の上司ではない総務の私などが、上司には話しにくい悩みについて相談に乗るようにしました。この試みは、若手の定着には一定以上の効果がありました。その結果、3年前の新人が今や会社の中で次の新人を育てる役割を担ってくれて、組織として機能しているところがあります。

――地域の企業が連携する「気仙沼の人事部」の取り組みなども興味深いです。

廣野一誠氏:気仙沼に事務所を構える異業種の3社で合同会社「気仙沼の人事部」を設立し、採用や人事に関する勉強会や地元の企業を招いての交流イベント、合同新卒研修などに取り組んで3年目になります。採用活動や人事評価制度などについて、経営者同士で集まって意見交換すると非常に学びが多く、自社の組織力アップにつながっています。いろいろなコース・スタイルで勉強会を継続することで、地域全体としての採用力・人材力が大きく向上していると思います。

採用勉強会の様子

廣野香苗氏:私自身もこの勉強会に参加して学びました。地方の中小企業で採用に携わると、けっこう孤独を感じて誰にも相談できないような悩みがあると思います。この勉強会に参加したことで、仲間がいるような感覚で企業の枠を超えて連帯感が持て、採用業務へのモチベーションが高まりました。この前採用メディアを使ったけどあそこはよかった、あっちはダメだったとか、そういう会話も日々の採用業務にとても役に立っています。

――採用側だけでなく、人材側にもプラスの影響がありそうですね。

廣野一誠氏:合同新人研修では、採用された人材側も企業横断でのコミュニケーションに救われる側面があると感じています。自分の会社では新入社員は少なくても、地域で見たら同じ境遇の人材がたくさんいることに気がつきます。先輩社員の愚痴などをこぼし合い、知見を学びながら「お互い頑張ろう」とポジティブな方向に意識が転換される姿が見られます。

合同新人研修時の集合写真

この取り組みに参画している企業は、自ら課題意識を持って採用や育成に取り組みたいと考えている企業ばかりで、それが重要だと考えています。たとえば、行政の取り組みとして採用支援を受けたことがあったのですが、その途端、企業は「何やってくれるの?」という受け身のスタンスになってしまったことがあります。

採用や育成というのはそれぞれの会社が経営者を含めて主体的に動かないと実現できないんです。手数かける気のない人が、単に「学生を呼んでくる説明会があるんでしょう、じゃあ出展料出せばとれるんでしょうね」といった考えで来られても、とる努力をしないと絶対にとれないし、定着もしないですよとお伝えするしかありません。採用成功には、参加企業側の能動的な行動と努力が不可欠である、という強いメッセージがこの活動には込められています。

廣野香苗氏:個人にとって地方での就職は、仕事だけではなく生活も含めて大きな決断です。アサヤとしても、三陸に来て仕事も暮らしも好転して、豊かになったといった人材のエピソードを、引き続きさまざまなメディアで発信していければと思っています。

聞き手:坂本貴志岩出朋子
執筆:高山淳

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