徹底した「従業員第一主義」の実践で、入社希望者が後を絶たず。 高齢者からワーキングマザーまで幅広い雇用を実現――株式会社坂口捺染

2025年12月19日

古くから人気の高いプリント方法であるシルクスクリーンプリント。アパレル製品やイベントアイテムの多くはこの方法でプリントされており、品質の高いオリジナルTシャツを作ることができる。このシルクスクリーンプリントをメインの事業として展開しているのが、岐阜県に本社を置く株式会社坂口捺染だ。同社は「従業員第一主義」のもと、徹底した従業員満足度向上の推進によって人材を確保。同業他社が採用難にあえぐ中、入社希望者が絶えない状況が生まれている。そこにある経営の考え、具体的な施策等を代表取締役の坂口輝光氏に聞いた。

坂口輝光氏の写真

株式会社坂口捺染
代表取締役 坂口輝光氏

従業員満足を最優先にして人材を確保、雇用を生み出す。毎月50人以上の入社希望者が殺到

――最初に事業内容をお聞かせください。

うちは僕の祖母・祖父が1953年に立ち上げた会社で、今年で創業74年目を迎えます。メインの事業はシルクスクリーンプリント。創業時は着物の染物から始まり、父親がTシャツを中心とした衣類のシルクスクリーンプリント事業に着手しました。僕が経営に関わるようになってからは、全国を奔走して営業網を拡大、量販体制を確立すると同時に、あらゆる分野のシルクスクリーンを手掛けるようになりました。この事業があくまでメインですが、他にもオリジナルグッズ販売、カフェや複合施設の運営、キッチンカー、花火などのイベント企画、出店等、さまざまな事業分野に進出しています。

シルクスクリーンプリントをしている様子

――家業だけでなく、他分野にも進出して業容を拡大してきたわけですね。

たまたま家業がシルクスクリーンをやっていたというだけであって、実は僕自身がどうしてもプリント業がやりたかったというわけではありません。カフェやキッチンカー等に事業を広げているのも、自己実現のためではないです。僕の経営はイコール従業員のためです。地域の方が生き生きと暮らしていくためにどうしたらいいかと考えたとき、体力が必要な今のシルクスクリーンプリントだけでは年配の方は雇えませんので、別の分野で働ける環境を生み出すためのきっかけをいろいろ作っているという感じです。

シルクスクリーン以外の事業の様子

――「従業員ありき」という考え方はどんな背景から生まれたのですか。

僕は、顧客満足度はゼロでいい、つまりお客様に満足してもらわなくていいと言っています。僕が会社を任されたのは2009年、当時、20名程度の社員しかいないときから、 とにかく一緒に働いている従業員が満足しなかったら、高品質の商品がお客様の手に渡るはずがないと考えていました。僕が専務に就任して最初に取り組んだのは市場開拓とともに働き方改革や職場環境の改善です。「きたない、臭い、給料が安い」という工場のイメージを払拭したい。そのためにトイレを美しく改装して、設備も入れ替えてゆとりを持って作業ができるようにしました。工場の温度も空調設備を整えて常に25℃をキープしています。

シルクスクリーンプリントをしている様子

――社長就任後、コロナ禍も乗り越えて順調に事業を拡大してこられたわけですね。

今は、社員数は230名まで増えました。そのうち200名ほどが女性のパート従業員となります。従業員みんなのために何か前向きな「きっかけ」を与えること、それが生きるきっかけなのか、仕事をするきっかけなのか、それが何なのかというのを常に模索しながらやってきました。コロナ禍になって売り上げが1割に落ち込んだこともありますが、マスクや防護服などのニーズを開拓することで事業の幅を拡げ窮地を脱することができました。その後も継続して環境改善に取り組み、たとえば専任シェフがつくる温かいランチメニューを提供する社員食堂の設置、週2日の朝ヨガ教室の開催、事務所内に駄菓子屋さんを設置してコミュニケーションを図るなどの工夫もしてきました。自分が広告塔になり、メディアにも取り上げられる機会が増えたことで、社名を世間に知ってもらえるようにもなりました。その結果、「こんな企業もあるのか。自分も雇ってほしい」と応募者も増えています。子育て中の女性だけでなく、国立大学出身者や引きこもりの子、足が不自由な子など、いろいろな人から毎日応募があります。月間50件ぐらい連絡がありますね。

従業員が集まっている様子

中小企業の経営者に必要なものは「覚悟」と従業員に向き合う姿勢。高い給与、フレックス制、有休消化100%の実現と徹底的な財務への理解

――採用難にあえぐ同業者が多いと言われていますが、その理由についてどう思われますか。

答えは一つしかありません。経営者の問題です。覚悟がない経営者、従業員と向き合わない経営者が多過ぎます。僕は365日毎日20時間ぐらい働いています。1日も休みはとらない。そして従業員に向き合い問題を解決していく。はっきり言って従業員の愚痴というのは「そんなことか」というのが大半です。でもその人にとっては、それがとても大きなこと。それを一生懸命、一緒に考えてあげる日々を送れば、従業員は必ずついてきます。普通、給料や福利厚生などが会社選びの基準になりますが、そんなの全く関係なしに、「ここがいいです」って言ってきます。 僕はそういった従業員に対して、他社より高い設定でお給料も払いますし、残業はなし、有休消化率は100%です。お給料は多い人で1000万円を超えています。

テーブルと複数のカラフルな椅子

福利厚生で言えば安くて美味しい社食があり、車出勤後、勤務中に洗車できる手洗い洗車サービスも提供しています。さらにフレックス制ですから、いつ帰ってもいい。雨が降ったら洗濯物をとりこみに行くとか全然OKです。

――そのような制度・仕組みは以前から整えられていたのですか。

かつて感じた問題の一つが、育休後に復帰するお母さんたちが増えたけど、「結局働き口がない」ということでした。働くお母さんたちが増えるのであれば、なるべく就業時間を自由にしてみたらどうかと考えました。ポイントの一つは在宅ではなく、会社に出勤することです。何かあったらすぐに帰れる状況を作って自宅とは違う場所で仕事ができる、という環境のほうがお母さんのストレスになりません。実現に当たって大事なのはそれが本当にできる環境づくりです。

子どもが工場を訪れた時の様子

急に子どもが熱を出して帰ったら周りに嫌な顔されるとか、そんなことがない職場づくりをしてきました。どうしても子どもが心配だったら、いつでも連れてきていいと言っています。実際、今年の学校の夏休み期間中は、延べ248人の子どもが工場を訪れました。これに限らず、その時その時の問題をどうしたら解決できるかを考えて実施することを繰り返してきました。フレックスタイム制の導入は10年以上前ですし、有休消化100%実現も12~13年前のことです。

――入社希望者は自然に集まっているのでしょうか。

確かに今は求人募集しなくても人は集まる。今期は対前年比130%増の過去最高売り上げで、純利益も23%の過去最高利益となる見込みです。入社10カ月目の21歳の新入社員で、2025年冬のボーナスが100万円以上など、確かな結果も出ています。でもこれで満足しているかといえばそうではありません。たとえば、あるパートさんから「旦那ともうすぐ離婚します」と聞けば弁護士を僕がちょっと調べてあげるとか。とにかく「今これだけやっているから安心」ということはない。従業員230人それぞれに家族がいてドラマがある。僕は、その人の家族がどういう構成なのかとか、子どもが今どういう状況なのかもある程度把握することで、一人ひとりに親身に向き合っています。

――これだけの待遇を用意するのは簡単ではないと思います。

従業員の待遇と企業の業績は両方がないとだめです。つまり事業として持続可能であること。経営者にとって人を雇う中で一番大事なのは会社を存続させることです。だから、今年100万円ボーナス払いました、でも来年倒産しますっていうのは一番やってはダメなことですよね。

売上目標と収支表

だからそこには必ず分析がいるんです。こういう世の中だからこういうことがしたい、そうすれば従業員も絶対喜ぶと。でもそれだけじゃなくて、それをやるために今の現状を把握して、そこに対して金融機関からの融資が必要なのかどうか。 それの返済期間を考えて事業計画を立てて、実際にどういった未来が描けるのか。そういった数字は自身のノートで財務状況などを毎日チェックしています。こうやって数値を徹底的にチェックしていく中で、僕は頭の中で自身の経営の将来像が全部見えているんです。

「輝く2割」を実感してもらうために何をすべきか模索し続ける。「人」にフォーカスし、人と人が協力し合って笑顔で取り組む

――「従業員第一主義」は、最初から坂口さんの中にあった考え方ですか?

そうです。十数人の従業員から、今は230人という大きな母体になっています。従業員を大切にすることを第一に考えた結果として、それが事業の拡大につながるのです。

シルクスクリーンプリントをしている様子

経営理念「繋がりを軸に一人ひとり光り輝く未来を」は不変です。この「一人ひとり」という点が重要なのです。会社としてどうあるべきかではなくて、会社にはいろいろな人がいて、その一人ひとりが輝かなければならない。その人が輝く瞬間というのは、人生の中で多分2割ぐらいしかないと思います。大体人生の8割は大変なことだったり、苦しいことだったりの連続です。でもうちに居ることで、輝く2割が嫌な8割を忘れさせてくれる、輝く2割を実感できるようにしたい。そのために何をしたらいいのかということを、日々模索しています。

――複数名が同時に休みをとるということもあると思います。そのあたりはどう対処していますか?

僕たちの会社の従業員は子育て中の女性が中心です。このため、多いときは、120~130人が一斉に休むことがあります。たとえば子どもの運動会であれば、その時期こぞってみんなが休みます。でもそこで仕事量を減らすとか、そのぶん働く時間を伸ばして残業するとかもなく、納期を伸ばすこともしません。そのときの状況に応じて、「この日だけは200%やろう」と協力し合えれば、人が半分減ろうが、なんとかなるものです。「今日だけは全員200の力を出しましょう」と鼓舞しながら達成できるイメージを共有し、いつも乗り越えています。人が休む、有休をとる、ということは普通の計算方式でいくと労働時間が減る、売り上げが落ちるみたいなイメージになりますが、そこにフォーカスせず、みんなで取り組めば何とかなると僕は思っています。

――今後、人材の確保はますます難しくなると思います。どのような戦略を描いていますか。

やはり「人」がポイントになってくると思っています。「システムを入れて効率化し、今まで10時間かかっていた仕事が1時間でできるようになりました」ということも大切ですが、9割以上の中小企業はそもそも人を雇えない時代になるでしょう。そうなってから動き出すのでは遅いのです。他社でやっていることとうちでやっていることは何も変わりがありません。なのに、どうしてうちで働きたいのかといえば、人への共感があるから。あくまで人にフォーカスする。だから、うちに人が集まるのです。

聞き手:坂本貴志岩出朋子
執筆:小泉隆生

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