県の認定取得やインターンシップを通じ大学生の採用を実現 地方出版社が取り組む持続可能な組織づくり――有限会社鉱脈社

2025年12月08日

宮崎県では高校生・大学生の県内就職率が低く、県内企業にとって若手人材の確保は依然として大きな課題となっている。こうした状況の中、県内の中小企業ではインターンシップの受け入れや働き方改革など、若手人材の定着を目的とした取り組みが広がりつつある。地元密着型の出版社として長年宮崎県で事業を展開する有限会社鉱脈社もその一社だ。クリエイティブ業界特有の長時間労働の是正に向けて残業の削減や休日数の増加に取り組むほか、2024年からは採用委員会を設置し、大学生向けインターンシップの実施など、採用活動の強化を進めている。今回は、営業編集部部長で採用委員会を兼務する藤本敦子氏に、こうした取り組みの背景と今後の展望を聞いた。

藤本氏の写真有限会社鉱脈社 
営業編集部 部長 藤本敦子氏

書籍と地元情報誌出版、イベントプロデュースも行う地元密着型の出版社

――鉱脈社さんが展開されているビジネスについて教えてください。

昭和47(1972)年の創業当時から力を入れている書籍の出版と、弊社の看板である『月刊情報タウンみやざき』の発行、それから一般印刷物なども手掛けています。最近力を入れているのがイベント関連事業です。グルメイベント、パンフェス、音楽イベントの運営など事業の一環として行っています。

――月刊誌の別冊としてグルメや観光情報をまとめたムック本や、年度版の進学・就職情報誌も出されていますね。

『宮崎進路ガイド』を始めたきっかけは、宮崎の高校生たちに県内企業を紹介したいという思いからです。弊社の社長が相談役を務める宮崎県中小企業家同友会で、中小企業の社長さんたちが人材確保に大変苦労しているという話をよく耳にしていたそうです。弊社も同様ですが、県内企業はどこも採用が厳しい状況です。そんな背景から、高校生が就職活動のときに見てくれるような雑誌を作れないかと考えました。最初は高校を中心に取り上げる『宮崎の高校ガイド』から発行を始め、その中に県内企業を紹介するコーナーを設けました。好評だったため、短大・大学・専門学校も取り上げて読み手の幅を広げ、『宮崎進路ガイド』という名前に変えました。そこで県内の企業を紹介することはとても意味があることだと考えています。

情報誌の写真

若年層が大企業を求め県外へ流出――宮崎県の採用市場

――宮崎県では学校を卒業すると、県外に就職する若者世代が多く、人材確保は難しいのでしょうか。

進路ガイドを制作する中でも、人材確保の難しさは実感していました。宮崎県にも多様な働き口がありますが、学生に情報が届いていないと感じました。また就職をサポートする大人に大手志向が根強く、たとえば県外の大手企業から高校に求人がきたときに、先生が「宮崎の小さな会社より大手のほうが安定しているだろう」と積極的に推薦する流れがあるように思います。保護者も同じで、「初めて名前を聞く宮崎の会社より、誰でも知っている大企業のほうが安心」と考える風潮があります。

――御社でも実際に人材不足を感じていらっしゃいますか。

弊社ではここ数年、編集や営業業務に応募が来ないことが課題です。デザインやWeb制作を行う制作部門にはそれなりに応募があるのですが、編集と営業はいくらハローワークに求人を出しても人が集まりません。以前は編集職に対しての憧れの声も聞かれましたし、80年代からバブルがはじける前まで、タウン誌が大きく伸びていた頃は実際に多数の応募が来ていました。それが、バブルがはじけてタウン誌にかげりが見えてきた頃から応募数がだんだん減ってきました。スマホが普及し紙媒体から離れる人が増えるにつれ、編集を希望する人が少なくなっていきました。

人材に関する会議体を立ち上げ、県の認定を取得

――そんな人材不足の中で、御社で進められている取り組みとは?

2024年に採用委員会を立ち上げました。これまで採用は総務が片手間にやっていたところがありましたが、「もっと真剣に。待っていても来てくれない」との危機感から委員会制度を作り、担当者が全てやると決めました。会社説明会なども委員会で行いますし、各大学へ出向いてインターンシップの案内をすることも最近ようやく始めました。

――応募が来ないことによって考えられる、会社としての課題については、社内でどのような話し合いがありましたか。

宮崎県では2018年に「『ひなたの極(きわみ)』認証制度」ができました。働きやすい職場づくりを行っている企業に対して知事が認証を与える制度です。弊社でも2022年から社内で委員会制度を立ち上げ、「ひなたの極」の認証をとってそれを幅広くPRできる会社になろうと働き方改革を始めました。まずは「出版=残業が多い」というイメージから変えていこうよと。それまで締め切り前は22〜23時ごろまで残業したり、イベントで休日出勤しても振替休日を希望しない人はとらずにそのまま終わったりしていたので、そのあたりの意識改革からスタートしました。具体的にはノー残業デーを週に2回設けて、残業時間の削減に取り組みました。有給休暇も取得率が低かったので、年度始めに「あなたは○日有休をとれますよ」としっかり伝えて、有休をとりやすい雰囲気づくりを進めました。そうした取り組みの結果、2024年「ひなたの極」の認証を受けることができました。

――有休取得率に変化はありましたか。

2025年度から年間120日の休みがとれるように制度を変えたのですが、完全週休2日の上で120日休める状況を作り出すために、夏季休暇と年末年始休暇のうち5日間を自動的に有給休暇に振り替える形にしています。その上で、最低半分は有休を消化できるように「5割はとりましょう」と委員会が呼びかけています。勤怠システムがあり、有休をとったら「あなたはあと○日有休が残っています」とひと目でわかる形にして、取得を促しています。

――休日を増やしたり、残業を減らしたりする取り組みの中で、採用に変化はあったのでしょうか。

会社説明会で働きやすい環境をPRできますし、新たに採用委員会を立ち上げたこともあって、応募してくれる人はじわじわ増えてきています。今も短大生が1週間インターンシップに来てくれていますが、インターンシップの応募も増えてきたり、2025年度の採用では数名応募があったりして、よい流れになりつつあります。

大学とのつながりを生かしたインターンシップ受け入れ

――インターンシップへの取り組みはいつからでしょうか。

数年前からです。新卒が入社してもミスマッチが起きて定着しなかったりするので、インターンで出版の仕事をよく知っていただいた上で入社してもらえるように、2024年から特に力を入れ始めました。応募の受付は宮崎県が行っている「みやざきインターンシップNAVI」へ登録して行っています。また、採用委員会が大学を回って案内をしています。弊社では『宮崎進路ガイド』で県内の高校・短大・大学・専門学校を全て掲載していることから学校とコネクションがあり、担当の方とスムーズにお話しできるのは有利な点だと思います。

――単にインターンシップNAVIに載せるだけではなく、学校とのつながりがあることは効果として大きいと思われますか。

そうですね。たとえばA大学さんとは印刷物の仕事をさせてもらったこともあるのですが、先生のこともよく知っていますし、学生さんと一緒に進める工程があった際に、じかに「うちインターンシップをやっているよ」とお誘いし、「行きたいです」と来てくれた例もありました。

――インターンシップではどのようなプログラムを組まれていますか。

希望によって1週間か2週間かを選べるようにしています。弊社は出版業ですので、編集、営業、制作、それから自社の印刷工場も持っているので製造、書店を営業する販売もあり、全ての部門を体験してもらっています。編集や営業、制作の場合は『タウンみやざき』の取材にも同行してもらい、市場のトレンドをつかみながら撮影やインタビューを行って、ひとつの記事を仕上げてもらいます。制作ではお店をPRするための作品を作ってもらい、最後にみんなの前でプレゼンをして終えます。オフィスや工場見学だけだとつまらないので、街に足を運んで優しいオーナーさんとの会話の楽しさや、自分でつかんだ情報を表現する喜びを味わってもらいたいなと。そんなプログラムが弊社らしいかなと思っています。

――社員の方にもかなり協力してもらう形になると思いますが、受け入れの負担感はいかがでしょうか。

インターンシップに関しては私が所属する「採用委員会」とは別に「学び合い委員会」という委員会があり、研修のプログラムや、中高生の職場体験の受け入れ、インターンシップのコンテンツづくりは学び合い委員会が担当しています。現場の受け入れ体制については、『タウンみやざき』は月刊なので、取材が集中しない比較的落ち着いた時期であれば、次号の取材をインターン生と進めるなど、無理なくできているかなと思います。

――2024年度のインターンシップの実績はいかがでしょうか。

2024年は4人の大学生がインターンに来てくれて、そのうち1人は採用試験を受けてくれました。学生さん側の都合で入社には至らなかったのですが、インターンで弊社を知ってもらい、採用につなげるという流れは一番確実だと感じています。

50代中心の職場から持続可能な組織へ

――今後の課題はありますか?

従業員の年齢構成は50代が最多となっているので、若い人材を採用していく必要があります。今は人が足りなくてもベテラン勢でなんとか回せている面もありますが、50代の社員たちが退職する頃になるとごっそり人員が抜けてしまうので、会社としては時間がありません。事業を持続的に営んでいくためにも少ない人数でも若手を入れて育てていかなければいけないと思っています。

――若い人材を確保するための取り組みとして、環境を整えたり、学校回りをしてインターンシップにつなげたり、待ちの姿勢ではなくて攻めの姿勢で取り組んでいらっしゃるのですね。

そうですね。弊社が今まで生き残ってこられたのは、白紙の状態から企画をして原稿を作って、制作して、印刷・製本をして、販売までできる出版のノンストップ 化という、ほかにはない強みがあったからです。この強みをインターンシップなどを通じて若い世代に知ってもらい、「出版って面白いんだな」と感じてくれる人に来てほしいなと思っています。

聞き手:岩出朋子
執筆:杉本透子