DX時代の人材戦略=リスキリング第6回 日本企業はリスキングにどう向き合うべきか

これまでのOJTとリスキリングの違い

日本型雇用の特徴の1つに、ジョブ・ローテーションとOJTを通じて継続的に従業員の人材開発が行われるというものがある。前ページのコラムでいう「Make」は本来日本企業が得意とするところなのだ。その意味では、リスキリングという概念や言葉が日本企業で海外ほど広まっていないのは、それが日本企業にとって特に目新しいものではないと捉えられているからなのかもしれない。

VOL_6.jpg確かに、日本企業は平時から継続的にジョブ・ローテーションを行い、新しい職場に着任した者はOJT、すなわち、実際の職務遂行プロセスのなかでその職務に必要なスキルを獲得する、という形でスキルのアップデートをしてきた。また、まったくの畑違いともいえる部署への配置転換とOJTによるスキル獲得は、たとえばある工場の閉鎖、ある事業からの撤退といった戦略転換のときにも、有効に機能してきた。大量の人材を、解雇するのではなく、(時に転居を伴うとしても)別の生産拠点や部門に一気に異動させ、新たな職務における知識やスキルを仕事を通じて獲得してもらい、雇用し続けてきたのが日本企業なのである。

しかし、日本企業に埋め込まれたこの仕組みは、DX時代に求められるリスキリングとは明確に異なるものだと断じておこう。この違いを認識することが、日本企業が真のリスキリングに踏み出す第一歩だと考える。

配置転換とOJTで人材開発してきた日本企業

まず、日本型雇用における人材開発の特徴を振り返ろう。日本の中程度以上の規模の企業では、石油危機を乗り越えた1970年代に、企業が極力解雇を避ける長期雇用の慣行が確立したとされる。社会通念上も、判例上も、企業に強い雇用責任が求められるようになり、その裏側で、雇用責任を果たす手段の1つとして、従業員に職務内容の変更や配置転換を命じる強い人事権が企業に認められてきた。

従業員は新卒者として入社した時点から、配属される部署・部門で「職業能力の蓄積や経験がまったくない状態」を前提に、現場での日々の業務を通じて、すなわちOJT で職業能力の蓄積をスタートする。多くの企業では、3~5年のサイクルで定期・不定期の異動が実施される。異動では理系の専門職などを除いて、まったく未経験の職務への配属も珍しくない。どこに異動するとしても、その職場での実際の業務遂行を通じて必要なスキルや知識を蓄積し、半年から1年後には滞りなくその業務を遂行することができるようになる、という形でローテーションと人材育成が行われてきたのだ。

「国内営業部門から、未経験の海外向けマーケティング部門への異動」といった、海外では考えられないような配置転換も、OJTを通じた職務能力拡大の機会として理解され、実際に機能してきた。また、ジョブ・ローテーションで多くの職場を渡り歩く人材は、企業固有のコンテクストや企業内力学を学び、幅広い社内ネットワークを持つことにもなる。こうした企業固有の知識を持った人材が、その企業内で高位のポジションに登用され、調整重視・摺り合わせ型の日本企業でのキーパーソンとなってきたという経緯がある。

日本型雇用にはまた、働く人が新たなスキルの獲得に積極的に取り組む仕組みも埋め込まれている。日本企業が広く採用してきた職能給制度においては、職務遂行能力の査定に基づいて賃金が決まる。本人の保有能力を査定するので、職務が変更になっても賃金は変わらない。このような賃金に対する緩やかな保障があったため、企業は柔軟に社員の配置転換を行うことができたし、従業員も配属先の部署で、賃金が下がる心配をすることなく新たな能力を身につけることに積極的に取り組めたのだ。

“連続系”の日本型人材開発、“非連続系”のリスキリング

このようなOJTを中心として幅広い経験とスキルを持ち合わせる人材開発をしてきた日本企業にとって、新たな職業のためのスキル開発を意味するリスキリングは「我々がすでにやってきたこと」に見えるかもしれない。

だが、ここまで取り上げてきたようなDX 時代のリスキリングは、日本型の人材開発とはその目的が大きく異なっていることに注意が必要だ。日本型の人材開発は、現行の経営戦略・事業戦略を続ける前提のもとでこそ有効に機能する。これまでにも存在した事業・業務・職務のやり方を、新しく着任した人が学ぶ、というのがその基本形である。その意味では“連続系”のなかでの人材開発なのである。

これに対し、DXのような大戦略転換期に必要とされるリスキリングは、“非連続系”の人材開発といえるだろう。経営戦略の大きな方向転換を踏まえ、いまはまだ“ない”事業・業務・職務のために必要なスキルを獲得してもらうのがその目的である。

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リスキリングに必要な「覚悟」とプランニング

第4回のAT&Tの事例で見たように、事業戦略の大きな転換は、時に、将来不要になるスキルしか持たない者の大量の“余剰”と、将来必要なスキルを持つ者の“不足”をもたらす。AT&Tが将来必要なスキルを持たない人々に対するリスキリングを実施したのと同様に、多くの日本企業は、従業員を解雇するのではなく、リスキリングという選択肢を取るだろうと考える。そのとき必要なのは、連続系におけるOJTを超えて、将来組織が必要とする能力を洗い出し、現在組織にある能力とのギャップを短期間で一気に埋めるプログラムと、それを可能にする相応額の投資をする覚悟である。

獲得すべきスキルをすでに保有している経験者や上位者が社内にいない状態、 実際の職務を遂行“しながら”スキルを獲得するのが難しい状態で、何をすれば本当に新しい事業戦略を有効にするリスキリングが可能になるのか、これをプランニングすることがリスキリング戦略の勘所となるだろう。

リスキリングが成功するための2つの鍵

これまでにも述べてきたとおり、現代の日本企業にとって、DX が待ったなしであるということはすなわち、リスキリングも待ったなしということである。繰り返しになるが、DX戦略を描く人材、基幹システムを構想し実装できる人材ももちろん多くの会社で不足しているが、それらの人材さえ充足すればDX戦略がうまくいくわけでは決してない。デジタルとシームレスに融合した新しい方法で新しい価値を顧客に届けるとなれば、ビジネス上のすべてのプロセスが劇的に変化するはずである。価値創造の上流工程だけでなく、顧客接点やモノづくりの最前線、すなわち現場の人材のリスキリングを実現できるかどうかこそが、DX戦略の成否を握っている。

だが、実際問題として、非連続系で現在社内に“ない”スキルを多くの従業員に短期間で習得してもらうにはどうすればよいのか。社内にそのスキルがないからといって、社外にある一般的なITやデジタル関連の各種講座を受講しただけでは、実戦で有効なスキルを獲得したとはいえないだろうことは容易に想像がつく。

ここで重要なのは、「基本スキルは外部プログラムを有効活用すること」と「ビジネスの変革と同時進行で進めること」だと考える。まず、デジタルとは何なのかといった基本的なこと、WEBサイトを構築したりそれを改変したりするための考え方や具体的なプロセス、RPAのためのプログラムの作り方、データベースの触り方、初歩的なコードの書き方など、こうしたスキルを習得できる講座やプログラムは、すでに世の中にあふれている。これらのジェネラルなスキルの習得については、素直に外部にあるものを活用すべきであろう。

OJT的な現場体験も必須になる

一方で、これらの知識やスキルを獲得したとして、実際に自社のビジネスにそれらをどう埋め込むか。ここについては、現場でのOJTと試行錯誤が欠かせない。先に、リスキリングは単なるOJTとは別物だと述べたが、少しでも先に新しいスキルや技法を習得した者が、そのスキルを使って価値創出をしている現場に、後からスキル習得した者が参加するという、ある意味“自転車操業”的な事態が出現するだろう。机上の一般論ではわかり得ないコツや工夫はどこにあるのか、教科書には載らない現実上の難所はどこなのかを、学びながらスキルの実効性を高めていくことになるはずだ。リスキリングの仕上げには、おそらく、OJT 的な現場体験が必須なのである。

DXとリスキリングは両輪で進めていくべきものである。DX戦略を考案中の企業なら、直ちにリスキリング戦略の構築にも着手してほしい。

本記事は「リスキリング ~デジタル時代の人材戦略~」16-18ページから作成しています。