DX時代の人材戦略=リスキリング第4回 リスキリングの先駆者は何に取り組んだのか

米国で先陣を切って従業員のリスキリングの必要性を認識し先進的な取り組みに着手したのは、通信事業者であり、ワーナーメディアを傘下に抱える巨大メディア・コングロマリットでもあるAT&Tだ。以下ではこれまでの資料やAT&T社の公開資料にもとづき、AT&Tのリスキリングへの取り組みの本質をひもときたい。

事業戦略の大幅転換

VOL_4.jpgAT&Tは過去100年以上の歴史のなかで再編、統合を繰り返してきたが、とりわけ2000年代以降の経営環境の変化は苛烈だった。スマートフォンの拡大や通信の高速化に伴い、同社の収益の柱であったハードウェア領域の技術革新だけで勝負し続けることが難しいと明らかになったとき、同社は、ハードウェア事業による収益の75%を2020年までに機械を制御するソフトウェアシステムに置き換えることを決断する。

社内調査が明らかにした衝撃的な結果

その後2008年に同社が行った社内調査では、従業員25万人のうち、事業に必要なサイエンスやエンジニアリングのスキルを持つ人は約半分に過ぎず、約10万人は10年後には存在しないであろうハードウェア関連の仕事に従事しているという衝撃的な事実が明らかになった。そこで同社が着手したのは、米国企業史上最も野心的ともいわれるリスキリングのためのイニシアティブだった。

まず2020年までにどのようなスキルセットが必要なのかを特定し、そのスキルニーズに、現状のスキルセットから移行するための青写真を作成した。その青写真が、2013年にスタートした「ワークフォース2020」である。

多岐にわたったリスキリングの取り組み

ワークフォース2020では、2020年までに10億ドルを投下して10万人の従業員のリスキリングを行うことを目指した。最初に行われたのは、リスキリングを促進し、社内の人材異動を円滑にするための環境整備だ。社内のジョブは、似たスキルを必要とするジョブごとに統合され、必要なスキルや能力が明示化された。さらに、会社にとって重要性の高いスキルの保有者や関連する訓練コースでよい成績をおさめる従業員に報いる報酬体系が導入された。

2つ目は、従業員のキャリア開発支援ツール、「キャリアインテリジェンス」の提供だ。このツールでは、従業員が社内の就業機会を検索し、その部門の今後の見通しや賃金の範囲などの情報を入手し、そのポストに就くために自分に必要なスキルを知ることができる。会社が、社内のスキル分布や過不足を把握するのにも役立つものである。

3つ目として、オンラインの訓練コースの開発と提供がある。外部の教育プラットフォームとも連携し、WEB開発、データ分析、プログラミングなどで単位を取得できるコースを提供するほか、複数の大学と連携し、データサイエンスやサイバーセキュリティなどの学位プログラムも提供している。たとえば、ジョージア工科大学との連携ではエンジニア職に就くためのコースや、コンピュータサイエンスの修士プログラムを提供している。なお、同社ではリスキリングを実施した従業員が一定期間新たなポジションを試せる社内インターンシップ制度も設けている。

4つ目の施策として2017年には、従業員のためのワンストップ学習プラットフォーム、「パーソナル・ラーニング・エクスペリエンス」の提供を開始した。従業員は自分のスキルを評価できるだけでなく、それに基づいて社内で就業可能な仕事を検索し、その仕事に就くために必要な訓練コースを見つけ、講座予約や履修状況の記録などの学習管理を行うことができる。

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透明性と機会の提供が従業員の学びを促した

AT&Tにおけるリスキリングでは、従業員は企業の命令に従って学習を強制されるのではない。むしろ、社内の新たな就業機会とそこで必要なスキルに関する透明性の高い情報を提供すること、適切な学びの機会を提供することを通じて、従業員が自律的にキャリアを描き、リスキリングに踏み出すよう側面支援するものといえる。

AT&Tによれば、現在、社内の技術職の81%が社内異動によって充足されているという。またリスキリングのプログラムに参加する従業員は、そうでない従業員と比べ、年度末に1.1倍高い評価を受け、1.3倍多く表彰を受賞し、1.7倍昇進しており、離職率は1.6倍低い。リスキリングは、急速な変化を続ける通信業界で、必要なスキルを保有する人材を同社が確保し続ける基盤となっているのである。

《注》AT&T のリスキリングへの取り組みは以下の資料およびWEB サイトに基づいている。
●文献等
Aaron Pressman, “Can AT&T retrain 100,000 people?,” Fortune, March 13,2017
CNBC, ”AT&T’s $1 billion gambit: Retraining nearly half its workforce for jobs of the future,” March 13, 2018
John Donovan and Cathy Benko, ”AT&T’s Talent Overhaul,” Harvard Business Review, October 2016
William R. Kerr, Joseph B. Fuller and Carl Kreitzberg, "AT&T, Retraining, and the Workforce of Tomorrow," Harvard Business School Case 820-017, July 2019 (Revised May 2020)
Trisha L. Howard, “Reskilling Revolution -Robust Economy, Obsolete Jobs Drive Need for Continuous Learning,” World at Work, August 2019
● AT&T WEB サイトより
https://about.att.com/csr/home/reporting/issue-brief/digital-skills.html
https://about.att.com/innovationblog/culture_of_learning
https://about.att.com/csr/home/reporting/issue-brief/digital-skills.html

本記事は「リスキリング ~デジタル時代の人材戦略~」12-13ページから作成しています。