人口減少時代、事業譲渡や廃業など経営の出口を戦略的に考えるには【前編】

2026年08月31日

先代からの看板を守りたい、従業員や顧客に迷惑をかけられないといった強い使命感や責任感を抱える中小企業の経営者。人口減少が加速し、人材確保の努力だけでは事業継続が難しくなるケースも生じている。もちろん、事業を継続するための工夫や投資は重要である。その一方で、従業員、顧客、取引先、そして経営者自身の次の選択肢を守るためには、事業譲渡や廃業を含む「経営の出口」を、追い込まれてからではなく、早い段階で戦略的に考えることも必要になっている。

事業の出口を考える際に生じる経営者の心理的障壁や、専門家や地域金融機関など支援者の課題は何か。事業再生の現場で数々の決断に立ち会ってきた山田コンサルティンググループ株式会社渡部浩平氏と共に、経営者を支援するための新たな社会システムを模索する。

渡部氏と坂本貴志の写真

事業継続が絶対という考えを解き、前向きな退出を選択肢に

坂本:リクルートワークス研究所では、雇用保全や採用強化という従来の文脈にとどまらず、事業を継続する道以外にも事業をたたむ、あるいは譲渡するという選択肢を経営戦略の一部として位置付け、退出した経営者の方々のリアルな声をまとめたレポートを作成しました。

ヒアリングの中では適切なタイミングで退出できた企業において、従業員や経営者自身の次のキャリアにもよい影響が生じているとみられる語りがありました。渡部さんは日々、現場で企業のM&Aや事業再生、事業をたたむ際の支援に携わっておられますが、こうしたテーマに対する経営者の受け止め方は現状どのようになっているでしょうか。

渡部:以前に比べれば、フラットに客観的な経営選択の一つとして話せる土壌が整ってきたと実感しています。一昔前であれば、地方でM&Aや早期の自主廃業をテーマにすると、会社を身売りしろというのかといった感情的な反発が起こることがありました。事業をたたむこと自体が恥や諦め、敗北と捉えられる空気感があったからです。しかし最近では、そうした極端な反発は少なくなってきたと感じています。

現在、企業経営の現場では原材料価格の上昇や人手不足が経営を直撃しています。今の労働市場では、相場以上の高い給与を払っても応募者が一人も来ない、また後継者が見つからないという事態が散見されます。需要が目の前にあっても現場を回すマンパワーが足りない。こうした状況が長期化すれば、物理的に事業を継続できない、廃業を真剣に検討しなければならないという現実に向き合わざるを得なくなっています。

坂本:リクルートワークス研究所でも、現在の中小企業における人材不足は人口構造の変化に伴う構造課題であると分析しています。それゆえに経営者の方々も、従来のやり方で行き詰まる前に、出口戦略を意識し始めているのですね。
一方で、実際のヒアリング調査では、先代から受け継いだ看板を下ろせない、あるいは自分が辞めることで従業員の雇用を奪ってしまうのではないかという、強い使命感や責任感に縛られ、一人で悩みを抱え込んでいるケースが見受けられました。

渡部:多くの経営者の方は日々責任感を持って事業に取り組んでおられます。これまでいかなる困難があろうとも会社を存続させることが経営者の最大の使命であると考えられてきたという側面もあったと思います。しかし、業績が慢性的に停滞し、深刻な人手不足で現場が疲弊している状態においては、会社を維持し続けることが必ずしも最善の道とは限りません。企業によっては損失が広がる前に、経営者が主体的に事業を清算するという決断を下すほうがむしろ好ましいこともあるかと思います。

健全なリタイアが望ましい一方、決断には難しさも

坂本貴志の写真坂本:私たちのヒアリングでも、前向きに廃業や事業譲渡を行えた方々が一様におっしゃっていたのは、周囲への影響をコントロールできるもっと早い段階で決断を下しておけばよかったという振り返りでした。ただ、当事者である経営者からすると、自社の状態を冷静に見極めるのは容易ではありません。専門家の視点から、こういった決断を下すべきラインをどのように考えていますか。

渡部:本来の決断ラインとは、全ての仕入先、金融機関、得意先に対して、経済的迷惑をかけずに、自力できれいに終了できるラインです。資産を全て売却し、売掛金を回収して全ての借入金や買掛債務を100%完済できる状態。その上で、従業員に対しても十分な退職金をしっかりと支払い、かつ経営者とその家族のその後の人生の生活資金を確保できる段階です。このラインの手前で決断できれば、健全なリタイアとしてきれいに幕を閉じ、新しい人生を前向きにスタートすることができます。

ただ、我々が初めて接点を持つタイミングというのは、すでに理想的な決断ラインを超え、債務超過の状態で、周囲に迷惑をかけずに清算するということができなくなっているケースがほとんどです。このラインを一度超えてしまうと、経営者にとっては会社を続けるのも困難だけれども、辞めるのにも多大な痛みを伴うという、身動きがとれない状態に陥ります。そうなると、勝算が薄いなかで会社を継続し、決断を先延ばしにするという選択肢しかなくなってしまうことがあります。自身で勝算を感じられないなか、企業経営という大変な業務に長期間にわたり向き合うのは困難というほかありません。

坂本:選択肢が狭まっていくにつれて余裕がなくなり、現状を維持して走り続けるしかないという膠着状態に陥ってしまうのですね。

渡部:今廃業しますと宣言してしまえば、その瞬間に仕入先への支払いが滞り、従業員も再就職先を探してもらわなくてはならなくなります。金融機関からも何を言われるかわからない。自分の決断によって周囲に負の影響を与えてしまうのではないかと考え、これまでと同じように走り続けるんだと自分に言い聞かせるような状態になってしまうことが多くあると感じています。私はそうした経営者に、あなたは十分頑張った。だからこれからは、誰かのためでなく、あなた自身の人生を考えようと言いたい。

経営環境の変化に適応するための3つの選択肢

坂本:レポートでは、まだ選択肢のある状態の企業を中心に、経営者がとり得る選択肢を提示しています。すでに理想的なラインを超えて債務超過などの状況に直面している企業に対しては、具体的にどのような選択肢があり、それをどう判断していくのでしょうか。

渡部氏の写真渡部:提示する選択肢は、大きく3つに分けられます。1つ目は、債務の返済条件変更等のスキームで時間を稼ぎながら、事業の改善を行い自力で息を吹き返させる自主再生。2つ目は、自社単独での生き残りを諦め、金融機関に債務減免の依頼を行った上でM&Aの形で他社の傘下に入ることで事業を存続させる道。3つ目は、これ以上の延命は不可能と判断し、法的整理を伴いながら事業を完全にクローズさせる道です。

資金繰りのデータは大前提として確認しますが、それに加えて重要になるのは、現在の経営環境に対応するための組織体制や、改革を進めるための実行力、そして経営者ご本人の心身の余力です。社長自身が妥当な経営感覚を持ち、時代の変化に合わせて自らを変革するエネルギーを維持できているのであれば、財務がどれほど傷ついていても、多くの場合、自主再生のシナリオを選択します。しかし、社長自身の能力が今の企業のフェーズに適合していない、あるいは加齢や心労によって事業の改革が難しい場合、自主再生という選択肢は現実的ではなくなります。

坂本:経営者の能力のミスマッチというのは、難しい問題ですが避けては通れないですね。

渡部:経営者の資質という観点では、事業環境の変化によって、これまでの経営手法が合わなくなるケースも現実には多々あるわけです。かつてのように、市場が拡大している時代であれば経営者ご本人の力と気合で案件をとって会社を引っ張っていくことも可能でした。どんぶり勘定でも、事業を前に進めることがむしろ大事だった。しかし、今のように人手が枯渇し市場が縮小していく局面においては、原価を精緻に計算し、根拠を持って価格転嫁を行うなど緻密なマネジメントが必要になってきます。環境が変わった途端に、かつての成功体験が裏目に出てしまうようなケースも数多く見てきました。

中小企業の現実的な課題は、社長の影響力が絶対的に大きく株主も自分自身であるため、限界を指摘してくれる人が社内外に存在しない、第三者によるガバナンスが機能しにくい状況があることです。会社の従業員は雇用されている立場上、異論を唱えにくくなりがちです。孤独で、かつ自分が客観性を失っていることを自覚する機会も持ちにくい状況は、経営者本人にとっても酷なことです。誰もブレーキをかけてくれなければ、人間、プレッシャーの中で判断を誤り、軌道修正ができなくなっていくことは誰にでも起こり得ると思います。

坂本:そうした状態の中で決断の先延ばしを続けた場合、企業とその関係者には最終的にどのような影響が生じるでしょうか。

渡部:決断を先延ばしにするごとに、周囲に与える悪影響は大きくなっていきます。理想的な決断ラインを超えてしまっても、早い段階であればまだ私的整理、公的なガイドラインや法律の枠組みの中で、コントロール可能な範囲の影響に収めることができます。しかし、そこからさらにまだなんとかなると、資金繰りの限界まで引っ張ってしまうと、社会的にも深刻な影響を及ぼすことになります。その前でいかにとり得る選択肢を考えるか。経営者一人で考えることは困難ですから、関係者の適切な支援が必要です。孤独な経営者には、適切なアドバイスを行い、もしもの時にはタオルを投げるセコンドがいることが望ましいです。

【プロフィール】渡部浩平氏
山田コンサルティンググループ株式会社 経営コンサルティング事業本部 事業再生事業部長。
2009年の入社以来、一貫して中小企業向け経営コンサルティングに従事。事業再生、経営改善、成長支援、M&A、廃業支援まで幅広く手掛け、約300社の支援実績を有する。金融庁、経済産業省、地域経済活性化支援機構などの公的機関においても、研修統括責任者や審査官、講師を務める。

坂本 貴志

一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。

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