人口減少と労働供給制約を乗り越える人材起点の経営と「地域の人事部」【後編】
前編では、労働供給制約の進展に伴って企業が迎える意識改革のフェーズと、人材起点の経営への転換の重要性が語られた。続く後編では、個社の努力だけでは乗り越えられない地方の構造変化を踏まえて、企業がとり得るべき行動について掘り下げる。
人口減少が続く地域がとりうる方策とその鍵を握る「地域の人事部」の可能性について、森安亮介氏と共にさらに深掘りしていく。

人口減少が進む中で変わる地域企業の経営
坂本:森安さんがおっしゃった「本当の問題が企業の外(地域課題)にある」という点について、もう少し詳しくお聞かせください。企業努力だけではどうにもならない、地域の構造変化とはどのようなものでしょうか。
森安:わかりやすい例として、私の住んでいる神奈川県の湯河原など温泉街で過去起きた「温泉観光地における負のスパイラル」を紹介させてください。
本来、温泉街では施設改修や集客力の維持・向上に向けて、継続的な投資が必要です。でも旅館経営者の高齢化が進み、事業承継も悩ましい。また、旅館経営以外に不動産収入や駐車場収入などを持ち、生活そのものには困らない経営者も少なくない。そうなると将来に向けた積極投資は必ずしも合理的ではなくなります。一方、宿泊客の稼働率が下がると旅館経営は赤字に転じてしまうのでそれは避けたい……。そこでとり得る手段が「値下げ」です。こうして1軒、2軒と宿泊料金の値下げが始まります。旅館が密集する観光街の場合、この値下げは、周囲に影響を及ぼします。「あそこの宿が下げたんだから、うちも下げざるを得ない」と。こうして連鎖的な値下げが始まります。結果、気づけば地域一体で宿泊単価の値下げ合戦が始まることになる。値下げは、コスト圧縮を要するため、さらなるサービス低下を招く。投資はいっそう控えられ、施設の状態はさらに老朽化する。施設やサービスが悪化すると、客足はますます遠のき、客室稼働率はさらに低下する。そうなるとまた値下げが必要になる……。
このような「負のスパイラル」下にあると、一社がどれだけ頑張っても限界があります。どんな優秀人材を確保して顧客満足度を高めようとしても、宿の周辺が荒廃していると観光客は訪れてくれません。地域の構造そのものを変えない限り、一社単独の力では抜け出せないんです。これは観光分野だけではありません。たとえば都市計画の分野で「都市のスポンジ化」と呼ばれる現象があります。人口減少によって街がまばらに、虫食い状に空洞化(廃業や空き家化)していく現象をいいます。こうなると、交通業は非効率になり、小売業の商圏も狭く薄くなります。
こうしたスパイラルは放っておくとどんどん悪化するため、どこかを優先的に対応するトリアージ(緊急医療における患者の選別・タグ付け)的な地域経営が求められるようになります。その対応は行政の所管だと思われがちですが、そこには別の壁が立ちはだかります。行政組織はその性質上、平等性と公平性を重視する必要があります。そのため行政だけでは、特定個社・特定エリアのみの優先的対応は行いにくい。だからこそ、民間企業や地域コミュニティなどの対応が必要不可欠になってくるわけです。

坂本:私たちが行ったヒアリングでも、不動産や建築、観光といった地場産業の企業が、本業の枠を超えて地域のためのビジネスを始めている事例がありました。地域が縮小していく過程において、地域企業は事業自体をどう定義し直せばよいのでしょうか。
森安:まさに地域の不動産業、建設業、観光業、それに交通、インフラ、小売、農林水産業、さらには教育、医療、福祉、地域金融など。こうした業界は、地域の衰退が長期的には自社事業の衰退に直結します。事業そのものが地域と一蓮托生にあるので、自地域の「負のスパイラル」を食い止め、持続可能な地域社会の構築に寄与することが自ずと自社の事業ドメインにも入ってきます。実際、地域の衰退を“予防”するような側面から事業に取り組む企業も、地方では珍しくありません。
人口増加局面では、規模の経済(Scale)を追い求める経営に合理性がありました。しかし、人口減少局面では必ずしもそうではない。地域企業にとっては、むしろローカルディープ(Local Deep)の重要性が高まります。地域内で深い関係性を築き、地域資源を活用し歴史や地域文化とも織り交ぜた深みや付加価値のあるサービスを展開する。そして、自地域のお困りごとに徹底的に対応していく。地域に深く入り込み、ある種の地域運命共同体のような形で事業を営む企業が地方では現れています。そして興味深いことに、結果的にはそうした企業が“面白い企業”となり、人を惹きつけるような求心力のある企業になっていきます。燕市の各企業、八尾市の友安製作所、高島市の株式会社澤村など例をあげればキリがないですが、このご時世に求職者の応募が殺到する地域企業があるわけです。地域に向き合う事業は、仕事にやりがいがあり、皆に感謝され、よい意味で難度が高く、そして新しいものが次々と生まれます。人が人を呼ぶ構造になり、どんどん“面白い地域”になっていきます。
坂本:なるほど、人手不足対応のために取り組んでいるわけではないものの、結果的に、人材対応にもつながっているのですね。「人が人を呼ぶ構造」と「新しいものが次々と生まれる」ことも、やはり関係性があるのでしょうか?
森安:おっしゃる通りです。新規事業の分野では、目標から逆算し計画通りに粛々と進めるような進め方(コーゼーション)ではなく、知恵や経験や手持ちのリソースを皆が持ち寄ってそれらを基に試行錯誤の中で新しいものを生み出す「エフェクチュエーション」が近年重要視されているかと思います。
まさにそのようなエフェクチュエーション的な営みが地域全体で起こっているわけです。先日も、とある地方某市で観光などを手掛ける企業の社長に話を伺いました。同社は以前、ホテルや旅館のシーツやタオル等を洗うリネン工場を買収しました。これは、リネン工場の経営者がご高齢のため事業を畳まざるを得ない、「どうか継いでくれませんか」という依頼があったためだそうです。そのリネン事業単体で見れば決して大きな商売ではないそうなのですが、その社長は引き受けます。
その理由は「その工場が潰れてしまうと、市内の大半の宿泊業が困るから」というものでした。それに宿泊インフラが崩壊すれば、巡り巡って自社の観光ビジネスにも悪影響を及ぼします。ある種、地域のため、そして長期的に見れば自社のためにその決断をされたわけです。ところが興味深いことに、いざそのリネン事業を引き受けると、思わぬ副次的効果が生まれます。そのリネンサービスを利用していた市内のほぼ全ての宿泊事業者とつながり、どんどん関係性が深まっていったのです。
もちろん今までも接点はあったそうなのですが、平時から宿泊事業者と頻繁にお付き合いする中で、いろんな交流が生まれます。街の課題なども共有されるようになります。課題解決に向けた議論が白熱し、今では街をあげて観光業と宿泊業がタッグを組んだ施策の各種プロジェクトの新規立ち上げなどにつながっています。その過程で、いろんなプロフェッショナルや、スポット参加の地域外の方なども加わるようになっています。
「地域の人事部」への期待
坂本:地域ぐるみの段階として、一企業の枠を超えて人材を確保し、育成していく「地域の人事部」というアプローチに森安さんはかなり初期の段階から携わられています。政府の有識者などもつとめ、浸透・拡大に寄与されてきたかと思います。私たちもヒアリングをしていく中で地域全体で採用や育成をしていく取り組みを行っている企業もありました。こうした考え方について具体的な事例を踏まえて教えてください。
森安:「地域の人事部」は、地域全体を一つの組織体とみなした上で、その人事部機能として、地域全体の人・組織の課題に対応する枠組みのことをいいます。地域で力を合わせる合同採用や、合同の人材育成、キャリア教育、経営力向上など取り組むテーマは地域によって多岐にわたります。人手不足対策としての地域の採用代行かのように誤解されがちですが、重要なのは、今までお伝えしたような、企業の外にある地域課題を解決していき、地域の社会価値を高め、経済価値への転換に促すような枠組みであることです(※1)。
また、長期的視点に立つことも特徴です。さながら企業人事が長期的視点から、自社の将来を担うリーダーを育てようとするように、「地域の人事部」も自地域の30年後・40年後を見据え、そのときに地域を支えるようなリーダーづくりを担います。その際、地域の産業戦略と人材戦略の一体化も自ずと求められます。実際、塩尻市などでは産業戦略と人材戦略が一体となった議論がなされており、NPO法人MEGURUが主導する塩尻の「地域の人事部」を核に、各種経営支援機関や塩尻市振興公社、KADOなどさまざまな組織・団体、そして地域企業が連携し、地域全体を捉えた有機的な活動につながっています。
塩尻の「地域の人事部」が示す地域コミュニティの重要性
坂本:塩尻の「地域の人事部」の形成過程については、森安さんは研究者として、法政大学の梅崎修先生と研究されていますね(※2)。
森安:はい。塩尻市で「地域の人事部」が形成され発展する6年の過程を追った論文ですが、非常に示唆深いです。塩尻の「地域の人事部」は元々塩尻に縁もゆかりもなかった横山暁一さんという大都市圏の人材会社の方が塩尻に入り、地域を巻き込んで立ち上げました。塩尻市がすばらしかったのは、よそから来た横山さんを地域ぐるみで受け入れ、ネットワーク化したことです。地元の商工会議所や企業経営者たちが、各種イベントやお祭り、飲み会に至るまで横山さんを誘い、地域の企業ネットワークや行政ネットワークに紡いでいった点にあります。詳細は論文をお読みいただければと思いますが、関係人口研究で語られる「関係案内人」や「関係案内所」が有機的に機能し、横山さんの「地域課題の自分ごと化」を促したわけです。
塩尻の「地域の人事部」は一見すると横山さんのリーダーシップの賜物と捉えられがちなのですが、この論文ではむしろ塩尻の持つ「ネットワークを結び付ける力」にこそ強みがある点を炙り出しています。また、よそ者だった横山さんを、“気づけばリーダーになっていた”状態にするのですから、リーダーの育成論としても示唆的です。これまではリーダー個人の要素や、一企業の中の組織論の枠内で語られることが多かったと思いますが、地域の「関係性」の中でリーダーを捉える必要性を塩尻事例は教えてくれます。個人論や組織論ではなく、関係論としてのリーダーシップですね。
塩尻に限らず、活気ある面白い地域には共通するのですが、たとえば学校や幼稚園をリノベーションして作ったコミュニティカフェやバー、スナックのような場所に自然と地域の人たちが集い、そして、地域のあらゆる情報や人間関係を把握しているネットワークハブのような関係案内人がいたりします。「あそこの社長がこういうことで悩んでいる」「あの人なら力になれるんじゃないか」などとつないでいく場や人がいるわけです。そこで仕事の種が分散的に生まれ、結果として地域全体の「面白み」につながります。企業活動としても生産性や定着率の引き上げにつながっているように思います。
企業人事の活躍のフィールドが広がる「地域」
坂本:ありがとうございます。大変奥深いですね。では最後に、この記事の読者にメッセージをお願いします。

森安:地域をテーマに、成長戦略との連動、新規事業創造、地域文化やコミュニティの活性化、地域への定着や仕事のやりがい・面白さ醸成、リーダー育成などをお話ししました。これらのテーマは、企業人事の方にはお馴染みのものが多いと思います。実は、今地域に求められている課題は、企業人事がこれまで取り組んできたテーマとかなり近いものがあります。人事の知見が今、地域全体に求められているわけです。
この記事の読者には人事関係者の方が多いと思いますが、企業人事が活躍するポテンシャルを大いに秘めているのが「地域」というフィールドです。ぜひ一人でも多くの方が地域に目を向け、地域全体の成長促進や底上げ、そして心豊かな地域づくりに関心を寄せていただければ幸いです。
(※1)森安亮介(2024)「地域中小企業にむけた人材支援の課題とその展望」『商工金融』74(11),5-23
(※2)森安亮介・梅崎修(2026) ネットワークを介した関係人口の地域主体化プロセス-塩尻の「地域の人事部」における6年間の生成過程を例に-『地域イノベーション』第18号,p39-51
【プロフィール】森安 亮介氏
1984年滋賀県生まれ。人材会社や人材業界団体を経て、2015年みずほ情報総研(現みずほ総合研究所)に入社。2026年まで雇用政策・地域政策・EBPM等の政策立案・推進支援に従事。実務と並行して慶應義塾大学大学院にて労働経済学を修め、2022年博士号を取得。慶應義塾大学産業研究所共同研究員、東北大学大学院経済学研究科客員研究員、神山まるごと高専研究デザイナー等も務める。中小企業の人材マネジメントや「地域の人事部」に関する政府委員多数。2026年秋からはOECDで調査研究等に従事予定。
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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