人口減少時代における地域中小企業の挑戦【後編】
人手不足や人材流出という厳しい環境下で、中小企業に求められる変革の重要性を議論した前編。後編では、個社の努力だけでは乗り越えられない限界に焦点を当て、地域全体で産業を維持するためのアプローチに迫る。
各社が競争するだけではなく地域で需要をコントロールする発想への転換や、複雑化する支援機関を一本化するデジタルプラットフォーム構想など、地域経済全体の持続可能性を高めるための新たな連携のあり方を日本商工会議所・東京商工会議所 労働委員長の小山田隆氏と深掘りする。
個社の限界を超えて地域の需要をコントロールする発想へ
坂本:前編では、人手不足やコスト上昇といった厳しい状況に直面する中小企業の現状と、それを乗り越えるための変革パターンについて議論してきました。
私たちも事例研究や調査を進める中で、個社一社がどれだけ努力をして自己変革を遂げても、それだけでは解決できない限界の領域があると感じました。たとえば物流や介護・医療といった地域のエッセンシャルな領域における維持の難しさが見えてきています。個社の取り組みを超えた、地域全体でのアプローチについてはどのようにお考えでしょうか。
小山田:これまでの日本のビジネスは、需要が十分に存在していて、その需要を供給サイドである複数の企業が競い合い、パイを奪い合う世界でした。しかし、これほどの構造的な労働供給制約が存在する社会においては、もはやその前提が通用しません。これからはむしろ、供給側の都合に合わせて需要側をうまくマネジメントする、需要側に働きかけるという発想に切り替えていかなければならないと考えています。
たとえば訪問介護の現場を例に挙げると、散在している利用者のもとへ、各事業者がバラバラに遠隔地まで時間をかけて回るというのは、生産性の観点からも非常に大きな負担です。個社で直行直帰を認めたり、タブレットを渡して効率化したりなど現場はさまざまな工夫をこらしていますが、それにも一定の限界があります。であれば、自治体や関係機関が関与する透明なルールのもとで、エリアごとに業者間で担当エリアを交換したり、ケアマネージャーがこの地域はあの業者にお願いするといった形で、散在している需要を面的にうまくまとめてコントロールしたりする必要があります。
宅配のラストワンマイルも同様です。いろいろな宅配業者が個別に競い合うのではなく、共同で荷物をまとめて、最後は特定のプレイヤーが持っていく形に変えていく。利用者側に対しても、時間帯の指定は受けられません、置き配も標準にしますよというように、一定の理解と変化を求めていく形に変えていかなければなりません。
坂本:人口減少時代においては、個社の取り組みには限界があるということですね。サービス提供のあり方に関しても単独でお客さんに対してここまではやりますが、ここからはできませんと働きかけることが大切だということかと思います。ただそうなると、では他社に発注しますと言われて顧客を失ってしまうリスクがあるため、一企業だけではなかなか言い出せないという限界もあると思います。
小山田:そこが大きな問題です。空いた余白に別の企業が入ってきたりしますから、個社での働きかけには限界があります。だからこそ、エッセンシャルサービスの提供に責任を持つ自治体や業界団体、そして商工会議所がハブになって、こうした需要の調整や共同の仕組みを地域全体で面的に進めていく必要があります。
企業のあり方を類型化すると、日本やグローバルで成長を目指す地域牽引型企業と、医療や看護・介護など地域が存続するために必要なサービスを提供する地域貢献型企業に分けて考えることができます。特に地域貢献型のエッセンシャル産業においては、競争だけではなく、みんなが協力して情報を出し合いながらその最適化と持続可能性を高める需要コントロールの発想が不可欠なのだと思います。
地域の連携を面で支えるデジタルプラットフォームの構想
坂本:地域全体で面的な最適化を図り、人材の活用や共同の仕組みを作っていく上で、現在いくつかの地域で先進的な取り組みが始まっています。先述の商工会議所のレポートにおいても、長野県塩尻市で地域の人事部構想として、複数の企業や組織が連携する人的プラットフォームの構築が進んでいることを紹介されていますね。
小山田:塩尻市の取り組みなどは非常に素晴らしいですし、私も注目しています。ただ、こうした先進事例を見てみますと、その中核に熱量を持ったキーパーソンがいて、その方の使命感によってこれだけのネットワークが紡がれているという側面が強いと感じます。そうなると、最大の課題はこれをどう次の世代に継承していくか、属人的なものに終わらせず、その持続性をどのように高めていくかということだと思います。
私どもが構想しているのは、地域の企業に自社の属性や規模、経営ニーズ、求める支援項目などの詳細な情報を登録していただくデジタルプラットフォームの構築です。各企業の情報や経営課題・ニーズをデジタルプラットフォームに一元化することで企業の状況に応じた最適な支援メニューをプッシュ型で提供したり、人材マッチングやビジネスマッチングなどを効果的・効率的に行う基盤が整備できたりすると考えています。こうしたデジタルプラットフォームは、さまざまなデータの集積とその効果的な活用とも相俟って、持続的な支援インフラとして大きなポテンシャルを秘めています。
これからの地域社会における商工会議所の役割
坂本:地域で企業が事業をたたむ、あるいは事業譲渡を検討するといった局面でもこうした情報が一元化されたプラットフォームの存在は有効なインフラになり得るのではないでしょうか。
小山田:たとえば、ある企業が経営上の都合や後継者不足などの理由から事業継続が難しい局面に至ったときに、幾らで売れるか、その譲渡対価は意思決定の重要なファクターになりますが、併せて地域のバリューチェーン全体を見渡した上で、このビジネスはあの企業に譲渡し、大きくしてもらうのが地域にとって最適だといった点も重要な考慮要素になるように思います。情報が一元化されたプラットフォームの存在はそうした多面的な検討や面的なマッチングを可能にします。買い手側の事業成長と共に、地域全体の産業基盤や雇用を守るといった観点からさまざまな選択肢が検討される必要があるように思います。
また、中小企業支援というのはいろいろな側面があります。実際、支援機関も商工会議所をはじめ、厚生労働省のハローワークや職業能力開発促進センター、働き方改革推進支援センター、経済産業省のよろず支援拠点など数えれば10を超え、その機能は多岐にわたります。これだけ数多くの機関がある中で、一企業がどこに相談すればいいかを判断するのは非常に難しいのが現状です。機関によって領域が少しずつ違っていたり、得手不得手があったりしますから、ここはワンストップで、窓口を一つにまとめ、中小企業の人がそこに行けば最適な支援機関を紹介してくれる、あるいは連携を取り持ってくれるという一本化の仕組みが必要です。
そのためには、地域に最も根ざしている商工会議所がハブとなり、自治体と深く連携しながらそうした窓口機能を有したプラットフォームを運営していくことが求められます。自治体としても、地域のネットワーキングをもっと強化・活性化して、中小企業支援に長期的かつ総合的に取り組んでいく姿勢が必要です。
坂本:個社のビジネスの利害を超えてでも、これからの人口減少時代、特に深刻な人材流出が進む地方経済において、商工会議所としても新たな仕組みづくりに踏み込まなければならないという強い危機感があるということですね。
小山田:急速な人口減少に直面し、疲弊している地方をどう守り、元気にしていくかというビジョンは、国や自治体、企業、そして支援機関が一緒になって長期的な時間軸で真剣に考えなければならないテーマです。もう一つ、私がお伝えしたいのは、大企業と中小企業は決して切り離された存在ではなく、運命共同体であるということです。大企業が世界に誇る製品やサービスは、地方にある数多くの中小企業の素晴らしい部品や技術によって支えられています。中小企業が人手不足で弱体化し、地方経済が衰退してしまえば、巡り巡って大企業の存立基盤そのものを危うくします。
サプライチェーン全体の付加価値向上や大企業と中小企業の共存共栄を目指す「パートナーシップ構築宣言」を掲げる大企業が増えていますが、イノベーションや製品戦略、そして何より人材の循環において、もっと本質的な連携を深めるべきです。大企業と中小企業との間で人材の派遣や交流を活発にしたり、あるいは大企業が本社機能や拠点を地方に分散させたり、リモートワーク体制を整備し二拠点生活といった新しいライフスタイルを後押ししたりすることなどにより、都市と地方との間でもっと人材を恒常的に循環させていくことが必要だと思います。このような観点などを含めて、私たちとしても地域経済、地域産業の持続可能性を高める取り組みをしっかりと行っていきたいと考えています。
【プロフィール】小山田 隆氏
日本商工会議所・東京商工会議所 労働委員長
1979年東京大学経済学部卒業、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2014年副頭取、2015年より三菱UFJフィナンシャル・グループ副社長兼務、2016年頭取就任。2017年から特別顧問。金融界のトップとして培った卓越した経営視点を活かし、現在は日本商工会議所・東京商工会議所の労働委員長として、日本の労働政策のグランドデザイン策定をリード。2025年4⽉からは厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会の委員も務める。
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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