AIの役割は人と人をつなげる橋渡し

信州大学/AIメンタルヘルスケア協会 高橋 史 氏

2026年01月29日

子供のメンタルヘルス教育の研究と実践を専門とする信州大学准教授の高橋史氏は、近年、AIを活用した心の支援や人間関係に関する研究を行っています。高橋氏に、AIと人とのつながりをテーマにお話を伺いました。

ICTとAIが拓いたメンタルヘルス教育

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高橋史氏

――先生が、AIと人とのつながりに注目した背景を教えてくださいますか。

もともと研究者として、子供のメンタルヘルスをメインに、教育の現場での有効な支援手法を確立することを仕事としてきました。しかしそのなかで従来のグループワークや紙に書く方法では、しんどい思いをしている子供ほど自分の気持ちをみんなの前で言うハードルが高いという矛盾を常に感じていました。

この壁を破る転換点となったのは、教育の現場における一人一台の端末配布です。アンケートアプリなどを使い、匿名で端末から発信し共有できる環境を整えたところ、普段声に出せない子供が意見を言えるようになるなど抜群に効果が上がりました。ICTが発信の壁を乗り越えさせることを、この経験で確信しました。

その後、ChatGPTの登場により、「ここまで来たか」と感じたのを覚えています。最初からすぐに実装に乗ると思ったわけではないですが、AIは子供のメンタルヘルス支援に役立つものになると確信しました。AIがオーダーメイドで、かつ押しつけ感がないアドバイスを提供できる可能性に注目しています。一方で、AIを役立つものにするためにも、悪い使い方やエッジケースも考慮し、安全性の確保やガードレールの構築を図ることが急務だと考え、AIの研究に注力するようになりました。

――先生が実施された調査※1では、深刻な悩みを抱える人々が心の支えとしてAIを利用する実態について、アメリカと日本では違いがあることが明らかになったとのことです。

人々が心の支えとしてAIにどれぐらい頼っているか、という実態を明らかにするために日米で調査を行いました。アメリカのサンプルでは、AIの利用率が日本より高く、人とAI両方とつながっているという回答も多いのですが、希死念慮(死にたいという思い)が強い人に限ると、人への相談率が下がるという実態が分かりました。希死念慮があるときにAIを頼るというのは、医療従事者は推奨しない使い方ですが、そうした使い方をしている人がいるのが実態です。

一方、日本のサンプルでは、希死念慮が強くなってくると、人ともAIともつながらなくなるという特徴が見られました。これは、日本の文化にある「迷惑をかけてはいけない」という考えが強く働き、しんどいときほど人に相談できなくなってしまった結果かもしれません。AIに相談しないのは、普及率の低さが一番大きそうです。

生産性に還元されない時間(クオリティタイム)が大事

――日本の文化に根差す相談行動の特徴は、現代の社会課題とも深く関わっています。この「困ったときに人にも相談しなくなる」という傾向は、AIの社会実装においてどのような課題を示唆しているのでしょうか。

日本の人々が、しんどい時ほど人にもAIにもつながらなくなるという実態は、「孤立」という社会課題を示唆します。孤立は、深刻な問題だと言われます。AIによる支援が人とのコミュニケーションの代替品とならないようにすることが肝要ではありますが、だからといって、AIへの相談を一律で禁止してAIにも相談できなくなってしまう状況が良いわけでもありません。

この背景には何があるのか。それは文化的・心理的な障壁です。相談行動そのものに対する文化的・心理的な障壁を、時間がかかっても少しずつ取り除いていく必要があります。相談相手が人であってもAIであっても、私たちにとって「人(またはAI)に頼るのは恥ずかしい」という感覚が強ければ、つながることもできません。

この課題を克服するためには、問題が起きたときの相談の前に、問題がないときの会話をコツコツと重ねておくことが大事です。全く話したことがない人と、普段から会話を重ねている人がいるとしたら、いざというときに相談しやすいのは後者かもしれません。相談相手がAIの場合も同じです。AIが押しつけ感なく、ごく自然な形で、そして「相談」という形式ではなく日常的なコミュニケーションとして関われるような設計が重要になるでしょう。

――人にとって、どのようなつながりが大切なのでしょうか。

私は、仕事が絡まない友人関係や、趣味など、生産性に還元されない人間関係がとても大事だと考えています。この考えは、私が専門とする子供のメンタルヘルスの研究から来ています。今の学校教育では将来の成功のために生産性を求められがちですが、メンタルヘルス的には、心の健康は、何も生み出さない、楽しかったりよかったりする時間に支えられていると指摘されています。こうした時間を心理学で「クオリティタイム」といいます。誰かと一緒に夢中になって過ごす時間であり、将来のスキルやお金につながるわけではないけれども、「この時間よかったな」と純粋に感じられる時間です。クオリティタイムを取ることが、メンタルヘルス上大事であることが、多くの知見から示されています。私たちは、意識的に生産性と切り離された時間を確保し、目的がなくても人とつながれる時間を大切にしていく必要があるでしょう。

AIが担うクオリティタイム創出

――クオリティタイムが重要だという話はとても興味深いです。確かに現実では、仕事のみならずプライベートにおいても、生産性が期待される場面がたくさんありますね。AIは、つながりや良好な人間関係に貢献しそうですか。

AIは、人間関係の機能の一部を担うことはできるだろうと考えています。帰宅後におしゃべりしたり、「今日こんなことがあったよ」といった体験の共有をAIと行うことも技術的には可能です。聞き手であるAI側に実体験や感情があって「真の共感」をしているかどうかよりも、ユーザーにとって自分の体験をまっすぐ受け止めてもらえたと感じられるかどうかが重要なので、技術的にはそこまで難しくないのです。このような時間も、生産性にはつながらない大事な時間になりえますから、AIとのコミュニケーションによってクオリティタイムを創出することも可能だといえます。

個人的には、AIという新しい存在が友達に加わるのは楽しそうだと思っていますし、人間を模倣するだけでなく、AI独自の存在として作られることに面白みを感じています。AIという新たなつながりを人が受け入れることで、人間関係や家族の概念を多様にしていくかもしれません。

――職場やプライベートでのコミュニケーションを円滑にするための、AIと人の望ましい役割分担は考えられますか。

人から言われるのとAIからとでは、反応が違うというデータがあります※2。人から言われたアドバイスには押しつけられた感が出やすいのに対し、AIは感情がなく中立だと感じられるのでアドバイスにも押しつけ感がなく受け止められやすいようです。

一方、ユーザーは、人から傷つけられたなどの背景から強い対人恐怖を感じている場合、AIが言っていることの方を信じやすいという特徴も見られます※3。また、AIに厳しいことを言ってもらう方が、人の感情が介入しない分、受け止めやすいという例もあります※4

この違いを活かし、例えば職場などで北風と太陽の役割を分担させることが考えられます。AIに厳しい、客観的なフィードバックや改善点を指摘してもらい、人には共感的なフィードバックをもらい肯定的な言葉をかけてもらうことで、コミュニケーションが円滑になり、生産性が上がるという知見もあります。

人とのつながりへ橋渡しするAIの役割

――AIをよりよく活かすためには、どのような考え方や社会的な枠組みが必要でしょうか。

AIとのコミュニケーションは、人間関係の補助となるサプリメント的な役割を果たすものとし、用法用量を守って正しく使われるべきです。しんどいときに、人間とつながるのが難しい場合の痛み止めやサプリメントとして使われる分には非常に有効です。

このようにAIが有効に機能する場面がある一方で、そこから人間関係を失ってAIにばかり依存する「過剰使用」が始まってしまうと話は別です。現在、その過剰使用を防ぐためのブロック(ガードレール)がないことが大きな問題だと認識しており、研究者としてその安全性を担保することに注力したいです。AIの活用の場を広げるためにも、ユーザーが自律的に適切な距離感を保てるような枠組みを社会で構築することが求められます。

――AIの活用が広がる未来において、先生が最も望ましいと考える「人と人とのつながりや関係性」の変化、あるいは目指すべきAIの役割の最終的なビジョンについて教えてください。

前提として、AIの活用に当たっては、私たち人間がAIをどう利用したいのか、AIの利用でどのような社会にしたいのかを考える必要があります。私は、「人と人をつなげる」ことがAI活用の目的である、と明確に置いた上で設計することが、望ましい未来につながると考えています。AIがどんなにカウンセリングがうまくなっても、人間がAIとだけ話す未来を作ってしまうのは本末転倒です。

人と話したい、という人の根源的な欲求はなくならないと考えます。よって、最も目指したい姿は、人間関係を失ってしまった人が、AIからスモールステップでつながり方を教わり、最終的に人とつながる橋渡し役としてAIが機能してくれることです。AIとの関わりを、人間関係の代替ではなく、補完やトレーニングの場として明確に位置づけることが必要です。研究者として、AIがどのような方向性に行ったら人の生活の幸福度が上がるかをデータで示し、その道筋ができるように仕事をしていきたいと思っています。

■お話を伺った人

高橋 史(たかはし・ふみと) 氏
信州大学学術研究院教育学系 准教授/一般社団法人AIメンタルヘルスケア協会 理事

1981年、秋田県生まれ。早稲田大大学院博士課程修了。専門は児童臨床心理学。子供のメンタルヘルス教育にICTを導入するなど、テクノロジーとメンタルケアの融合に取り組む。一般社団法人AIメンタルヘルスケア協会理事。長野県在住。(その他の情報:http://ftakalab.jp/?page_id=401

聞き手:武藤久美子大嶋寧子石川ルチア
執筆:武藤久美子

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。

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