サイバネティック・アバターがつくる新たなつながりの可能性
慶應義塾大学総合政策学部教授の和田龍磨氏は、内閣府のムーンショット型研究開発や、慶應義塾大学のサイバーフィジカル・サステナビリティ・センターにて、サイバネティック・アバター(以下、CA)を安全にかつ信頼して利用できる社会の実現に向けた研究をされています。
CAと人との関係性や、CAがつくる新たなつながりの可能性について和田氏に伺いました。
労働代替の切り札となりうるCA

和田龍磨氏
――先生が、CA※1に関する大きなプロジェクトに携わることとなった経緯をお聞かせくださいますか。
私はマクロ経済学を専門としており、例えば、仮想通貨が法的に有効なものとして使われる国が出てきていて、そこでの問題や、アルゴリズム取引の結果として市場に不具合が生じたりしないかといった金融市場の安全性について研究を進めています。
ムーンショットのプロジェクトのお話をいただいたとき、私はまずAIやCA、ロボットの高度化によって、国際取引や金融市場にどのような影響が出るのか、という点から関心を持ちました。労働問題は私の専門ではありませんが、マクロ経済学の観点からCAが労働を代替しうる可能性について言及できるのではないかと考え、お引き受けしました。
※1)サイバネティック・アバター(CA)…「複数のアバターを使って人の能力を拡張するシステムの総称」であり、「自分の分身としてのロボットや3D映像等のアバターにより、人の身体的能力、認知能力および知覚能力を拡張する情報技術やロボット技術を含む概念」のこと。オンラインゲームや動画などで人間をイラスト化したようなものを動かす、いわゆる「アバター」もCAの一種だが一部を指すものであるため、本記事では「CA」を用いる。
――先生のプロジェクトでは、労働力として期待されている、アバターに注目なさっています。少子高齢化が進む日本において、CAが具体的にどのような形で労働力の増加に寄与するとお考えでしょうか。
CAは、単なるオンライン上の二次元アバターや、遠隔操作されるサイボーグにとどまらず、労働力としての大きな可能性を秘めています。私たちの研究で注目しているのは、少子高齢化で直面する労働力不足への寄与です。CAの導入は、介護や育児で労働参加が難しい方、身体的な制約がある方が、制約なく働く機会を提供します。これは労働力の増加に直結するだけでなく、ロボットとしてのパワーを活かした労働の効率化も可能にします。これらのマクロ経済全体への恩恵を試算したところ、2030年にはGDPの約3兆円の増加、労働人口に換算すると30万人ほどの増加に相当する効果が見込めると考えています。
擬人化されているが人間ではない存在
――CAの特徴は何ですか。CAは、人の心理や行動にどのような影響を与えるとお考えでしょうか。
重要なのは、「擬人化されているけれど人間ではない」という、適度な距離感を持った存在であるという点です。擬人化されていないからこそ、血のつながりや社会的な関係性、身体的制約などに縛られることがありません。人間ではないからこそ、家族には相談できないこと、例えば「誰にも言えない秘密」や「ネガティブな感情」を打ち明けやすい。これが心理的な負担の軽減につながると考えています。また、遠隔で里親プロジェクトに参加したり、介護ボランティアをしたりといった「誰かの役に立ちたい」という人々の本能的な欲求を満たす上でも、CAは有効な手段になりえます。どのようなCAを想像するかによりますが、少なくともコミュニケーションからつながりが生まれるのは確かです。
――CAの活用によって、労働や生活の満足度が向上するという仮説をお持ちとのことですが、具体的にはどのようなことが考えられますか。
CAを使うことによって、まず時間的なゆとりと体力的なゆとりが生まれます。例えば、介護のアシストスーツのように身体的な負荷を軽減する機能は、遠隔操作のCAによってさらに広範囲で発揮できるようになります。ゆとりが生まれることで仕事が減ることはあっても、経済全体で生まれる所得が増えるため、結果として個人の所得は増加するのではないかと予測しています。また、これまで身体的な制約や移動の負荷という観点から諦めていた労働ができるようになり、「やりたかったこと」ができるようになることは、大きな仕事の満足につながります。家にいなければならない人でも金銭を稼げる労働ができるようになることもメリットでしょう。また、人とのつながりの増加も見込まれ、生活の満足度全体が向上すると確信しています。
心理的抵抗と社会課題の存在がCAの普及率を左右
――人と人のつながりを増やすという点も、CAによって生活満足度が上がる理由になりそうですね。ところで、CAの社会実装を広げていく上で課題になっていることは何でしょうか。
CAの社会への普及率を予測する上で難しいのは、「人間がCAに対してどの程度違和感を覚えるか」という心理的な抵抗です。技術的には、介護アシストスーツのように比較的簡単なCAから、外科手術のような高度なものまでありますが、技術の進歩以上に、社会がどこまでCAを受け入れられるかが重要になります。歴史的に見ると、ロボットはまずロースキルな作業の補完から導入されてきた経緯があるため、CAも最初はそうなるでしょう。
しかし、AIが普及する過程で著作権や公平性といった問題から法規制がかけられるように、CAも人間の利益を損なうと判断されたときに、何らかの規制が入る可能性は否定できません。また、CAが普及するかは、CAが必要となるような社会課題の有無も重要な観点です。日本では労働力不足が深刻ですから、労働を代替するという意味でCAへの親和性が高いと考えられます。医療費の高騰が激しい国であれば、体内カメラのCAなど、医療領域のCAが先行するかもしれません。加えて、普及を推進するためには、効率性だけでなく、安全性や信頼性を担保し、社会的な合意形成を進めていくことが不可欠だと考えています。
――CAの導入は、労働市場にどのような影響を与えるでしょうか。
CAによって身体拡張や能力拡張が可能になると、労働の「質」という観点から見た個人間の差が小さくなる可能性があります。例えば、これまでは身体的な制約から特定の仕事ができなかった人も、CAを使えば質的に同等の労働を提供できるようになります。また、育児や介護といった家庭の状況で思うように働けなかった人が、柔軟な働き方を選べるようになれば、結果として転職機会も増え、労働市場全体の流動化が進むと考えられます。「労働の質の均質化」は、日本の硬直化した労働市場を変える可能性があります。
また、CAの導入により質が均質化すると、年齢や性別、あるいは大卒か否かというような属性よりも、働く側の「トラックレコード(実績)」や「信用」といった要素が重視されるようになります。よって労働市場において、それらの情報がさまざまな形で蓄積され、可視化されていくことにもつながるでしょう。
CAがもたらす「つながり」と「根源的な欲求の充足」
――CAがもたらす将来について、どのようなことを実現したいとお考えでしょうか。
私たちは今、想像している世界を創造していくフェーズにいます。私自身が実現したいと考えているのは、CAの遠隔操作によって、文字通り「人の家に入りやすくなる」環境づくりです。今は、介護のアシストスーツのように、物理的にその場に行かないといけないものが中心ですが、今後はCAによって、遠隔での介護や里親プロジェクト、ボランティア活動が容易になり、さまざまな人が集まれる場、すなわち「コミュニティ」が形成されることを目指しています。
――最後に、これから人のつながりや関係性はどうなっていくと思いますか。
人のつながりは、単に「話をすること」にとどまらず、「誰かと何かをやる」という共同作業から生まれるものだと考えています。そして、人にとって最も重要なことの一つは、「誰かの役に立ちたい」という貢献欲求を満たすことではないでしょうか。これまでは制約があって貢献したくてもできなかった人が、CAを使うことで、遠隔で認知症の方を見守ったり、必要な支援をしたり、労働参画できるようになる。孤立には、助けを求めることができない孤独だけでなく、「感謝されない」という孤独も含まれます。CAは、この「誰かの役に立ちたい」「貢献したい」という人の根源的な欲求を満たし、それによって得られる感謝やつながりが、人々の生活の満足度をさらに向上させていく。私は、CAが、人と人が物理的な距離を超えて共同作業を行い、より深く豊かな「つながり」を形成していく未来を創造できると信じています。
■お話を伺った人
和田 龍磨(わだ・たつま) 氏
慶應義塾大学総合政策学部教授
1999年慶應義塾大学経済学部卒業。2006年ボストン大学Ph.D.(経済学)。ウェイン州立大学助教授・准教授、ダラス連邦準備銀行客員研究員、カリフォルニア州立大学デービス校訪問助教授、ウェスタンオンタリオ大学(カナダ)訪問准教授、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)客員准教授等を経て、2018年より現職。専攻は国際金融論、マクロ経済学、計量経済学。主な研究業績に“Let’s Take a Break: Trends and Cycles in US Real GDP” (2009)や“Out-of-Sample Forecasting of Foreign Exchange Rates” (2022)などの論文がある。著書に『基礎からの国際金融論』(2024年)、『公共政策と変わる法制度』(2023年・共編)など。
武藤 久美子
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。
メールマガジン登録
各種お問い合わせ