ビジネスモデルを変革し、下請け比率3%を実現 健康経営、ダイバーシティ推進で採用倍率10倍に――大橋運輸株式会社
人手不足が深刻化する運輸業界において、地方の中小運輸会社は特に厳しい採用環境に直面している。愛知県瀬戸市に本社を置く創業70年超の老舗企業・大橋運輸株式会社は、下請け中心の従来のビジネスモデルから脱却し、ダイバーシティ経営、健康経営、地域社会への貢献を経営の核に据えることで、社員のエンゲージメントを高め、多様な人材の確保に成功している。同社の代表取締役である鍋嶋洋行氏に改革のねらいや成果について聞いた。

大橋運輸株式会社
代表取締役社長 鍋嶋 洋行氏
下請け業務を一掃し、オーナー企業、個人向けサービスにシフト
――現在の事業内容や人員構成などについて教えてください。
当社は本社の愛知県瀬戸市と豊田市の2拠点で事業を展開している、社員約100名の運輸会社です。事業は、自動車部品や陶磁器の輸送(法人向けサービスBtoB)が約7割を占めています。近年は高齢化で需要が高まっている生前整理・遺品整理、引っ越し、片付け、レンタルコンテナといった個人向けサービス(BtoC)にも注力しており、これが全体の約3割を占めています。
人員構成としてはドライバーが約6割弱、構内作業などのスタッフが約3割、内勤者が約1割という比率です。当社の場合、社員とパートという区別の意識がありません。ドライバーについてはフルタイムが基本ですが、子育て期など本人の生活環境に応じて、週3日勤務や1日4時間からの勤務にも対応しており、短時間勤務であっても賞与の対象としたり、管理職への登用を可能としたりしています。
ダイバーシティ経営の推進にも取り組んでおり、社員構成は非常に多様性に富んでいます。男性比率が高い印象の運輸業において女性社員が25%、外国籍社員20%、チャレンジド(障害者)メンバーが3.8%、高齢者が5%といった形で業界でも人材の多様化が進んでいる企業の一つだと思います。これからは人の採用が最重要の経営課題になります。それだけに多様な人材を確保することが必要不可欠だと考えています。
――長距離の法人輸送から個人サービスにシフトされている理由はなんでしょうか。
15年ほど前まで当社は売り上げの8割以上を大手運輸会社の下請け業務に依存していました。下請けの場合、包装や仕分けなどさまざまな付加価値を提供しても最終的にはコスト削減・価格最優先の取引になってしまいます。加えて法人輸送は長距離輸送が中心です。かつて優秀とされたドライバーは早く現地について、仮眠をとったりするというような働き方をしていました。それが今では長距離の案件をやめたことで、ドライバーが毎日家に帰れるようになりました。
法改正によって労働時間規制が厳しくなる時代においては、さらに利益を生むことが難しくなっています。こうした背景から徐々に長距離輸送や下請け業務を減らし、地元中心のオーナー企業との直接取引を拡大すると同時に、遺品整理や引っ越しなどの個人向けサービスの市場を開拓する方向に経営をシフトしてきました。

「脱・下請け」で下請け比率が3%に。利益体質に改善し、地場集約型のビジネスモデルへ
――経営健全化に向けて具体的にどのような改革に着手されたのでしょう?
従来の収益が見込めない体質から脱皮するために取り組んだのが、「脱・下請け」「地域貢献を通じた企業価値の向上」「ダイバーシティ経営の推進」といったビジネスモデルの抜本的な変革でした。改革の第一は「脱・下請け」の徹底です。大手顧客から徐々に仕事を引き上げていったわけですが、経営的には苦渋の決断でした。
ただ、中小企業である私たちにとって売り上げも大切ですが、それ以上に社員を守ることを優先したいと考えていました。売り上げが一時的に大きく下がることはわかっていたため、事前に金融機関へ「売り上げは下がりますが、利益は確保します」と丁寧に説明していきました。当時は売り上げの拡大がステータスだという風潮が強かったのですが、どう計算しても利益が出ない以上、あのときの決断は結果的に正しかったと今では自信を持っています。
ビジネスを行っている以上、私たちもお客様から選ばれないといけません。しかし、これからは私たちもどのようなお客様とお付き合いをしていくか主体的に検討していかないといけないと思います。たとえばオーナー企業の場合、決裁者が基本的に変わらないので、提供価値に見合った運賃を期待できます。そこで、最初はこういった企業の小さな仕事から受けて、年末のオーナーへの挨拶などの際に1年間のSDGsや健康経営、地域活動などの取り組みをまとめた「事業報告書」を提出するなどして、評価を得ることで徐々に新しい取引先を開拓していきました。

オーナー企業との取引拡大や長距離輸送の比率を減らすことで利益率を改善すると同時に、地場集約型の引っ越し事業や生前整理サービスへ注力することで新たな市場の開拓を急ぎました。生前整理事業は、高齢化が進む瀬戸市において、部屋の片付けや動線確保を通じて、高齢者の怪我予防や震災の二次被害の軽減に貢献する取り組みであり、今後も成長が期待できます。
こうした事業転換により、現在は下請け比率が3%以下、高速道路料金も10分の1に減り、ドライバーは毎日家に帰れるようになるなど、健康経営にもつながりました。
――健康経営の推進や「地域貢献を通じた企業価値の向上」にも注力されていますね。
「健康経営」と言えば、ゆとりのある大企業が取り組んでいるイメージかもしれませんが、当社の場合は今後のシニア社員の雇用延長なども視野に入れた経営戦略の一つとして位置付けています。中小企業は人材の替えが利かないので、今いる社員には健康でできるだけ長く働いていただく必要があります。たとえば月に2時間程度、就業時間中にヨガや運動をする時間を設けています。ドライバーの安全確保のために栄養面についても配慮しています。生産農家と契約して季節の野菜や果物を直接社員に配っていて、その際に社内の管理栄養士による栄養素の解説や調理方法も添えるようにしています。また、ドライバーが朝食抜きで集中力が落ちないよう、バナナとトマトジュースを無償配布しています。さらに週 2 回、乳酸菌飲料を配るなどして健康への意識を高めてもらっています。

こうした社内の健康経営の取り組みを地域にも拡大しようと「地域健康プロジェクト」を立ち上げ、社内の管理栄養士が地域向けに健康セミナーを開いたり、地元の小学生向けに食育活動を行ったりしています。2023年8月には、瀬戸市および瀬戸市社会福祉協議会と、健康寿命の延伸に寄与する活動で三者協定を締結しました。このほかにも小学校での交通安全教室の実施、特殊詐欺の抑止活動、オオサンショウウオが生息する地元の河川の清掃活動など、10年以上にわたり継続的な地域活動を実施しています。
――ダイバーシティ経営を推進するねらいはどこにありますか。
運輸業がダイバーシティ経営に取り組むというと、人手の確保のためと思われがちですが、当社の場合はそれにとどまらず、BtoC事業などで付加価値の高いサービスを実施するための戦略だと位置付けています。手始めに人手不足の状況を打破するために、安全衛生や社員の満足度向上、健康経営の推進役として女性を採用しました。一般事務ではなく社内のES推進、社内ファシリテーター、健康推進担当として募集した結果、かなり意識の高い人が採用でき、これをきっかけに女性が活躍しやすい職場環境づくりや女性の管理職登用を促す風土が醸成されていきました。

昔は「安全指導=男性が厳しく指導する」というイメージでしたが、それではなかなか習慣は変わりません。女性を登用し、「褒める」指導を取り入れたことも効果的でした。女性から「アイドリング下がってますね」「スピードいい感じですよ」と具体的に褒められると、2割増しで頑張るということがわかったんです。会議でも、女性ファシリテーターがいると、男性ベテランが解決策を出すようになるなど、よい流れが生まれました。現在は大型配送部門のトップも事務員からステップアップした女性が務めており、運賃交渉などの重要な業務を担っています。 働き方の多様化にも取り組んでおり、前述した通り短時間勤務者にも賞与や管理職登用の機会を与えています。私は管理職の要件は残業ができるかどうかは関係なく、職場環境の改善や事業の付加価値を高められるかどうかだと考えています。
外国籍社員の採用も積極的に行っています。きっかけは、引っ越しや生前整理で回収した家具・雑貨をフィリピンに輸出するのに、現地のニーズや文化を知る社員が必要だったためです。11年前からフィリピンなどの大卒者を特定技能ではなく直接雇用の形で付加価値人材として採用しています。運輸会社というと海外からも体力勝負の会社をイメージされがちですが、最近、「事業を通じて地域課題に挑戦している会社」というメッセージを発信したところ、1名の求人に100名の応募がありました。

障害者採用については2007年から継続的に行っています。当初は本人の障害特性に配慮した業務に就いてもらっていましたが、現在は障害特性だけでなく「個人の特性」に着目し、その人の得意分野や能力を伸ばす機会を提供するようにしています。周りの社員がサポートすることで本人の成長やチームワークの向上を目指す「チーム採用」の推進が、職場の活性化にもつながっています。
高齢者についても60代の方の採用実績が複数あります。個人向けの生前整理では高齢のお客様が多いので、お客様の気持ちを察して適切な提案ができることや、同年代で安心感を与えられることが付加価値につながっています。
7年連続で新卒採用に成功、家族からも入社をすすめられる会社に
――改革がどんな成果につながったのか具体的に教えてください。
採用について言うと、以前は求人しても応募がほとんどなかったのですが、現在では新卒採用が7年連続でできており、他府県の高卒者にも入社してもらっています。年間の応募者数は約140〜150名に上り、採用倍率は約10倍程度までアップしました。応募者は、給与や福利厚生だけでなく、「地域活動」や「ダイバーシティ経営」、あるいは「健康のことまで気遣ってくれる」という点で当社を選んでくれています。特に女性は当社のパーパスや地域活動に共感して問い合わせをしてくれる人が増えています。中途採用ではドライバーが転職を検討する際、奥様やパートナーから「この会社がいいのでは」とすすめられるケースがあるとも聞いています。外国籍社員の中には法人部門や個人部門のリーダーとして活躍中の人もいます。新たな輸出ルートを開拓するなど、付加価値の高い業務を担ってもらっています。
入社後のキャリアの形成についても変化があります。個人部門で現場を経験したりフォークリフトの免許取得を得ることが、大型部署へのステップアップの入り口となっているのです。最初から大型車ではなかなか来てもらえませんので。今大型部署の約4割が個人部門経験者で構成されています。企業風土では障害者のチーム採用により、社員間で「できないところよりできるところに目を向ける」文化が根付き、職場のムードがよくなりました。
また、女性社員の比率がアップしたことで社内の会議や委員会活動も男性中心ではなくなり、職場の雰囲気が大きく変わりました。女性管理職の登用など一連の改革には抵抗もありましたが、こちらが本気で取り組めば社員にもいずれそれが伝わります。多少社内がざわざわしても、大切なことは10年でも20年でも言い続けることが大事です。

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