
大企業を辞める決断をした理由 ―中小企業へ転職した15名のインタビューから見えてきたもの―【前編】
本コラムは、インタビューにご協力いただいた方の個人情報に十分配慮し、個人が特定されない形で内容をまとめています。内容の共有についてはご本人の同意を得た上で、仮名や抽象化など必要な編集を行っています。
労働条件、人間関係、キャリア形成への不満から転職を考える
日本の労働市場は深刻な人材不足に直面している。特に中小企業の新卒採用は厳しく、2026年卒の求人倍率は従業員300人未満の企業で8.98倍と高い水準だ(リクルートワークス研究所,2025)。こうした中、中小企業にとって中途採用の強化は喫緊の課題となっている。
一般的に安定し、待遇もよいとされる大企業ではあるが、その環境を自ら手放し、中小企業へとキャリアをシフトする人がいる。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2025」を分析すると、2022~2024年の3年間に離職を経験し、正社員から正社員で移行した人のうち、前職が大企業だった人は、32.6%だった。そのうち、4割以上が従業員300人未満の企業へ転職していた。特に40代ではその割合が6割弱に達する(※1)。経験者が大企業を離職するにあたってどのような背景があったのか。大企業から中小企業への転職者15名に対するインタビューから、離職を考える3つの要因が見えてきた。
1.労働条件に対する不満:ワークライフバランスが崩れる日
インタビューの中では、過重労働が継続した場合や、育児・介護といったライフイベントによって、これまでのようなタイムマネジメントが難しくなったときに退職を決断したという声が多くあった。
終わりの見えない業務により続く、日々の残業
大企業特有の階層的な組織構造が生む“報告のための報告”によって、社内向けの報告書や稟議書の作成業務、定例会議などが日常業務を圧迫することがある。たとえば、大内雅也さん(仮名)は次のように語っている。
営業職であったため、売上や利益の予測について月次で管理する必要がありました。その結果が予測通りでも、そうでなくても、その理由を説明するための報告資料を作成しなければなりませんでした。段階的に報告されるため、各階層の上長が状況を把握し、さらに上に伝えるための資料づくりが必要でした。これらの資料は、担当者である私から上司へ、さらにその上の役職者へと…。
大内さんは、こうした内向きの仕事である社内報告資料の作成が、本来の営業活動である取引先への提案や調整といった業務を一時的に圧迫し、本人曰く残業時間が月に70時間から80時間に達する状況が半年ほど続いたという。そして、それが離職を決断するきっかけとなった。
育児や介護の時間確保が難しい、働き方や人事制度
ライフステージの変化が、従来の働き方を困難にすることも多い。城田順子さん(仮名)は、子どもの小学校進学により、保育園のときのような手厚い子育て支援が受けられなくなる「6歳の壁」に直面した。外勤が多く、時間の融通が利かない働き方では子育てとの両立は難しいと判断した。
フルタイムで働くことにやりがいを感じ、時短勤務ではなくフルタイム勤務を続けていました。業務には外勤があり、子どもが病気になった際などに急に「休みます」と言うことが難しい状況でした。(小学校と保育園の)2つになって、行事も2倍になるっていうのと、あと、子どもの病気のタイミングもずれてきてしまうだろうなっていうのもあって。急に休みますっていうのが、ちょっと外勤に出てると言えない状況でした。もう続けられないって思いました。
また大垣誠さん(仮名)も親の介護のために転勤が困難になり、転職を決断している。総合職として働き転勤が前提だったため、親の介護との両立ができなくなったのだ。その結果として、転職活動を開始した。
人事制度が変わり、「総合職としてキャリアアップしていくには、転勤は必ずある」という方針が明確になりました。同じ部署に長く在籍していたため、このまま転勤を受け入れなければ、給与が下がるコースへの転換を迫られる状況になりました。給与水準を下げてまで会社に残ることは受け入れられず、「給与水準を維持しながら転勤がない会社」を求めて転職活動を始めました。
以上のように、大企業の中には、人事制度が統一的に運用されるため、ライフステージの変化に応じた柔軟な働き方に対応しづらいケースも見られる。柔軟な働き方ができる会社を求め、仕事を続けながらも「個人の時間」を取り戻すために転職を決断する人はインタビュー対象者15名中4名いた。
※本コラムは前後編の2部構成です。後編では、転職を決断する背景として「人間関係」「キャリア形成」に焦点を当て、15名のインタビューから見えてきたさらなる転職理由を掘り下げていく。
(※1)2022~2024年の3年間に離職を経験し、正社員から正社員で移行した人の前職の企業規模は、中堅・中小企業が63.5%、大企業が32.6%、公務が3.8%であった。前職が大企業だった32.6%の人のうち中堅・中小企業へ移行した人の割合を確認すると、従業員30~99人が12.6%、従業員100~299人が15.7%と、合わせて28.3%となり、大企業の転職者の4人に1人が中堅・中小企業に転職している。さらに、従業員29人以下の零細企業の12.3%まで含めると40.6%が大企業から300人未満の規模の小さな会社へ転職している。
参考文献
リクルートワークス研究所(2025)「なぜ、大企業を辞めて中小企業を選ぶのか——大企業から中小企業への転職の実態を探る」
https://www.works-i.com/research/project/small-and-medium-enterprise/jobchange/detail001.html
(2025年10月6日アクセス)
リクルートワークス研究所(2025)「第42回 ワークス大卒求人倍率調査(2026年卒)」
(2025年10月6日アクセス)

岩出 朋子
大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。