中小企業を選んだ理由 ―中小企業へ転職した15名のインタビューから見えてきたもの―【後編】
本コラムは、インタビューにご協力いただいた方の個人情報に十分配慮し、個人が特定されない形で内容をまとめています。内容の共有についてはご本人の同意を得た上で、仮名や抽象化など必要な編集を行っています。
中小企業を選んだ理由―中小企業へ転職した15名のインタビューから見えてきたもの―【前編】はこちら
3.就職先としてその中小企業を選んだ理由
前編では、中小企業へ転職するに至るまでのプロセスを明らかにしてきた。改めてなぜその中小企業を選んだのだろうか。インタビューからは、転職者が大企業では得ることが難しかった働く価値や職場環境の魅力が、4つの主要な要因として見えてきた。
給与や労働条件などの待遇改善
一般的には、企業規模が大きいほど、給与(※1)や労働条件(※2)などの待遇がよい傾向がある。一方で、今回のインタビューでは、給与や労働条件の改善を転職理由として挙げる事例も見られた。目黒陽平さん(仮名)は、企業規模は小さくなったものの、年収が約100万円増加したと述べている。木村咲さん(仮名)は前職のサービス業と比較して給与が約1.5倍になったことが、未経験の業界に挑戦する動機の一つになったと語っている。
また、労働時間の面でも改善が見られた。目黒さんは月30時間程度あった残業がほぼゼロになったと述べており、後藤拓実さん(仮名)も労働時間の改善が入社の決め手の一つだったと話している。これらの事例からは、企業規模にかかわらず、個人の状況や企業の制度によって、待遇が向上する可能性を示している。
広い裁量と経営層との近さが生むやりがい
中小企業では、一人ひとりの業務範囲が広く、裁量が大きいことが魅力となっている。法務部門がなかった会社に責任者として入社した目黒さんは、「自分で裁量を持って仕事をしてみたい」という思いがあり、「任せるよ」と言われたことが決め手になった。大垣誠さん(仮名)は、社長や役員から「大手で働いてきたノウハウをどんどん還元してほしい」と期待をかけられ、自分の経験を活かして会社をよくしていける面白さを感じている。経営層との距離が近く、意見を直接伝えられる環境は、大企業では得がたい働きがいを生み出している。
ライフイベントに応じた柔軟な働き方
ライフステージの変化に合わせて働き方を柔軟に調整できる点も、中小企業を選ぶ理由になっている。城田順子さん(仮名)は、子どもの小学校入学を機に、フルフレックスで在宅勤務が可能な現在の会社へ転職した。城田さんは次のように述べている。
勤務形態については、かなり融通が利く感じで、フルフレックスで中抜けもできます。前の会社は「がちがちの9時〜17時半勤務」で、フレックス制度が全くなかったんです。子どもが小さくても働きやすい、今の柔軟な環境を選びました。
また、大垣さんは親の介護という課題に直面していた。転勤ができない状況の中でも、仕事のやりがいや給与水準を諦めたくなかったという。
前職では転勤を受け入れなければ、総合職から外れる選択を迫られました。転勤がない会社を探すなかで、前の会社の年功序列的な制度とは違い、今の会社は中小企業ならではの柔軟さがあって、その人の能力をきちんと評価し、職能給に反映してくれる印象がありました。
このように、中小企業では働き方の柔軟性だけでなく、個々の事情や能力に応じた評価が行われる場合もあり、転職者にとって魅力的な選択肢となっている。
人間関係と職場の雰囲気がもたらす安心感
多くの転職者が、会社の雰囲気や人間関係を重視している。大企業では組織が大きいため、関係性が形式的になりやすい一方で、中小企業ではよくも悪くも密なコミュニケーションが求められ、個々の存在がより意識される傾向がある。木村さんは、前職で「一人ひとりとして見てもらえなかった」と感じた経験から、「個人をきちんと見てくれる環境」を重視して転職先を選んだ。高崎渉さん(仮名)は、面接時に社長のフランクな人柄に触れ、現在の会社の協力的な社風に魅力を感じて入社を決めた。前職では組織の雰囲気が自身のスタイルと合わなかったが、今の職場では自然体で働けているという。高崎さんは次のように述べている。
前の会社は少し体育会系の雰囲気が強くて、競い合う空気が自分には合わない部分もありました。でも今の職場は、協力し合える空気があって、すごく働きやすいです。
こうした声からは、大企業から中小企業への転職が、自分らしい働き方や人との関わり方を見直す機会となっていることがうかがえる。自分にとって望ましい職場環境や人間関係を明確にして、それに適した職場を選んだ人にとって、中小企業への転職が主体的で前向きなキャリア選択となっていることがわかる。
(※1)厚生労働省(2025)「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、企業規模別の平均賃金(月額、男女計)は、大企業(1000人以上)364.5千円、中企業(100~999人)323.1千円、小企業(10~99人)299.3千円である。
(※2)総務省(2025)「日本の統計2025」によれば、完全週休2日制の導入率は、企業規模1000人以上が68.1%、300~999人が60.0%、100~299人が52.2%、30~99人が52.5%である。
参考文献
厚生労働省(2025)「令和6年賃金構造基本統計調査」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/ (2025年10月27日アクセス)
総務省(2025)「日本の統計2025」第19章 労働・賃金 https://www.stat.go.jp/data/nihon/pdf/25nihon.pdf(2025年10月27日アクセス)
岩出 朋子
大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。
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