企業の「数」と「場所」から地域経済を考える――岩手県のケース

2025年12月12日

問題意識

先般公開したコラムの「企業の「数」から地域経済を見る」(以降、前コラムと表記)では、総務省・経済産業省による経済センサス(活動調査) のデータを用いて、企業数および事業所数、企業規模、人件費などに関する基礎的な状況を確認した。その中では企業数の変化率と一人あたり人件費の変化率の間の負の相関関係に着目し、以下のように分析している。

構造的な働き手不足の状況の地域経済で企業や事業所が減ることは、失業者を増やすのではなく、よりよい待遇で働き手を活かすことができる企業・事業所に働き手が集まる、そんな新たなメカニズムが作用した可能性がある。

もちろん、こうしたメカニズムが作用した可能性は十分にあり得る。一方、よりよい待遇を求めて企業を移る(転職する)ことが個人の生活に及ぼす影響は小さくない。同一県内に待遇のよい企業が増えたとしても、地理的に離れた場所に移動する場合にはそれなりのコストが生じる。そこには、転居に伴う金銭的なコストもあれば、生活環境や人間関係の変化という非金銭的なコストもある。また、多くの人がよりよい待遇を求め、日常的に他企業の待遇を調べているわけでもないだろう。

上記のような視点に立ち、改めて企業数の変化と人件費の変化の関係を分析することが本稿の目的である。分析においては、特定の県(岩手県)を取り上げ、企業数が変動した場所にも着目することにより、そこに住まう人たちの生活や仕事について考察していくこととする。

分析データ

分析データには前コラムと同様、経済センサス(活動調査)を使用した。なお分析によって異なる集計データを使用したため、先んじて確認しておく。

まず、基本的に使用したのは経済センサス(活動調査)の経理事項等に関するデータである(以降、経理事項データと表記)。経理事項データには給与、福利厚生費などの項目が含まれている。経理事項データは回答のあった企業、事業所のみが集計されているため、実際の企業数、事業所数とは乖離がある。

次に、「岩手県のケース」セクションに掲載した地図データについては、250mメッシュ単位で集計されたデータを取得した(以降、全集計データと表記)。全集計データには、経理事項等に関する回答を得られていない項目も集計されている。そのため、上記2つのデータの間には差異がある(※1)。

企業等数の変化率と賃金の変化率の関係

まず、2012年から2021年での企業等数(※2)の変化率と、人件費および一人あたり人件費の変化率の関係を確認した。下図のうち、右側のグラフは前コラムと同じ結果である。

各都道府県について、企業等数の変化率と人件費の変化率は正の相関関係にある一方、一人あたり人件費の変化率との間には負の相関関係が確認される。企業数が増えれば一人あたり人件費が低下するという直接的な関係ではない点には注意が必要だが、企業数が減少している(変化率がマイナス)場合に、一人あたり人件費の上昇が大きいという関係は興味深い。

図表1 企業等数の変化率と人件費および一人あたり人件費の変化率

図表1 企業等数の変化率と人件費および一人あたり人件費の変化率

企業等数の変化率と一人あたり人件費の変化率の関係を詳細に確認するため、企業等数の変化率がマイナスの都道府県を、一人あたり人件費の変化率で降順に並べたものが下図である。

最も一人あたり人件費の変化率が大きい岩手県では、企業等数は約5.8%マイナスであったが、一人あたり人件費は約19.6%プラスになっている。なお、最も一人あたり人件費の変化率が小さい岐阜県では、企業等数は約9.1%マイナス、一人あたり人件費は約4.0%プラスであった。

図表2 企業等数減の都道府県別 一人あたり人件費の変化率

02_企業等数減の都道府県別 一人あたり人件費の変化率

岩手県のケース

上記までの分析結果を受け、以降では、企業等数の変化率がマイナスであった都道府県のうち最も一人あたり人件費が上昇した岩手県を取り上げて分析を行う。一つの都道府県に焦点を当てて掘り下げることで、全体に関連する仮説を導くことを試みたい。

まず、岩手県の基本的なプロフィールを押さえておく。住民基本台帳年報(令和7年1月1日現在)によると、人口は1,153,900人、世帯数は534,966世帯である。

次に、2012年から2021年での企業等数による産業構造を確認する。2012年から2021年にかけて最も産業構成比が大きくなったのは医療,福祉で+1.0%pt、逆に小さくなったのは卸売業,小売業の-3.0%ptであった。全体的には、産業構造に大きな変動はないものとみられる(※3)。

図表3 年ごとの企業等数で見た産業構成比

年ごとの企業等数で見た産業構成比
次に、岩手県内での事業所数の増減状況を詳細に確認するため、1kmメッシュ単位での、2012年→2021年での事業所数の変化率を分析した(※4)。

図表4 事業所数の変化率とローカルモラン I 統計量のマッピング

事業所数の変化率とローカルモラン I 統計量のマッピング

図表5 事業所数の変化率の分布

事業所数の変化率の分布
図表4の左側は事業所数の変化率を四分位数で分類したものである。

図表4の右側は、ローカルモラン I 統計量という、局所的な空間相関の強さを示す指標 4 タイプに分類して可視化したものである。凡例のHはHigh、LはLowであり、たとえば、HH(High-High)はその1kmメッシュ(= 自メッシュ)では事業所数が平均より増加しており、同時に周囲(※5)の1kmメッシュ(= 周囲メッシュ)でも事業所数が平均より増加している。逆にLL(Low-Low)は、自メッシュ、周囲メッシュ共に事業所数が平均より減少していることを意味している。なお、地図データの下部には、事業所数の変化率ごとのメッシュ数、パーセンテージを示した。

左図を確認すると、全体的に事業所数は減少、あるいは変化なしのメッシュが多い。南東側の海外エリア(釜石市周辺)で事業所数が増加しているのは、東日本大震災復興に伴う企業誘致などによるところが大きい。ただ、事業所数が減少しているメッシュの中には一部増加しているメッシュもあり、特にそのメッシュは赤いメッシュが広がるエリアの内側に位置しているように見える。

この傾向を可視化したのが右図である。全体的に水色(LL)の、自メッシュ、周囲メッシュ共に事業所数が平均より減少しているエリアが広がっている。一方、周辺から中央に向かうとHH(青)、HL(赤)のメッシュが分布しており、中央付近での事業所の集積が進んでいるようだ。

本分析では人件費そのものを扱えてはいないが、もし人が多く住むエリア、あるいはそうしたエリアから通勤アクセスのよいエリアに生産性が高く待遇のよい企業が集まる傾向がある場合、この傾向と人件費の傾向も連動している可能性が高いだろう。

前コラムでは、日本全体で見ると地方部で企業・事業所数が減少し、大都市部で増加している傾向を指摘した。もちろん今回の分析は岩手県だけを取り上げたものではあるが、こうした傾向が他の都道府県内でも生じているのであれば(そしてその可能性は低くないと考えるが)、「企業が減る」という事象は都道府県間、都道府県内での事象にわかれ、それぞれに考察していく必要性がある。

地方部における企業の収斂は何を意味するか?

改めて、本コラムシリーズの関心は「労働供給制約下において、企業の数、事業所の数が“減る”ということは、何を意味するのか」を検討し、特に地方部で人々の豊かな仕事や生活をどう実現するかにある。

本稿の分析では、改めて企業等数と人件費の関係を確認しつつ、岩手県に焦点を当て、企業等数の変化率を地理的な観点から掘り下げた。結果、岩手県内部でも、当然ながら企業等数の増減の傾向は均一ではなく偏っており、事業所数が減少しているエリアの内側には事業所数が増加しているエリア(メッシュ)が分布していた。

では、岩手県に住む人たちはよりよい待遇を求め、こうした都市部に集中するような企業に移動しているのだろうか。2024年の住民基本台帳人口移動報告から、岩手県における移動前の住所地別転入者数の上位3市を確認すると、盛岡市(3,315人)、北上市(1,249人)、滝沢市(1,170人)であり、いずれも岩手県内の大きな市であった。つまり、岩手県内の移動者(= 市区町村の境界を越えて移動した人)の多くは大きな市間で移動しているのであり、これもまた均一ではない。これは、元々大きな市区町村に所在する生産性の高い企業で働いていた人が、賃金の上昇に伴い、より待遇のよい企業に移ったという事象を示している可能性を示唆する。

逆に、小さな市区町村に所在する企業では、コスト増による利益圧迫の観点から人件費アップができず、かつそこで働いている人は地理的にも待遇の高いエリアへの移動ができない、していないといったことが考えられる。そうしたエリアでは企業が撤退し、企業が撤退すれば、関連する産業も撤退していくだろう。たとえば、そこで働く人をターゲットにした飲食店やサービス業などはより企業が多い場所に拠点を移す可能性がある。交通や医療、福祉なども例外ではない。企業の撤退は、各種サービスへのアクセス、人の移動、そこから生まれる交流といったものを減退させるリスクがある。

ある場所で企業が増える、減るといったことは必ず生じる。これを完全に避けることは不可能であるだけでなく不自然でもある。一方、企業が減ってもそこに住まう人の日常は続いていく。こうした人々の生活や仕事の活力がきちんと維持されるための方策を考えるには、マクロ(日本全体や都道府県)、ミクロ(市区町村や小地域)両面での検討を行っていく必要があるだろう。

(※1)2021年の経済センサス(活動調査)について、2つのデータで全国の企業等数を比較すると、経理事項データでは3,507,118社、全集計データでは3,684,049社であった。
(※2)事業・活動を行う法人(外国の会社を除く)及び個人経営の事業所をいう(令和3年経済センサス‐活動調査 用語の解説より)。単独事業所の場合、その事業所だけで企業等としている。
(※3)あくまで企業等数で見た産業構成比であり、詳細には従業者数や生産額なども確認する必要がある。
(※4)1kmメッシュ単位で比較可能な公開データに含まれていたのが事業所数であったので、ここでは事業所数の分析としている。
(※5)周囲を、今回の分析では自メッシュに近い4つの1kmメッシュとして定義している。

中村 星斗氏

筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター 客員研究員。重工メーカーでの人事職を経て2016年2月にリクルートグループへ入社。適性検査の営業、品質管理・開発、雇用・労働に関する調査研究に従事。リクルートワークス研究所では大卒求人倍率調査をはじめ、就職活動や新卒採用に関する調査・研究を担当。2021年3月筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。2023年4月より岡山大学大学院医歯薬学総合研究科に在籍。

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