人口減少時代を生き抜く中小企業の稼ぐ力と人材マネジメント【前編】
人口減少が本格化し、中小企業の人手不足は深刻な経営課題となっている。他社との労働条件面での競争が激化するなか、人を惹きつけ稼ぐ力を高めるためにはどのような戦略が必要なのか。中小企業の政策立案を担う中小企業庁の前田了氏と、これからの時代を生き抜く中小企業の組織づくりについて対談した。

中小企業庁 経営支援部 経営支援課長 前田了氏
リクルートワークス研究所 主任研究員 坂本貴志
適切な労働条件と共にビジョンを持つ中小企業が人を惹きつける
坂本:リクルートワークス研究所では、従来より人手不足に関する発信を続けており、2026年3月に中小企業が具体的にどう動くべきかを示す「採用・定着マニュアル」「業務改革マニュアル」を策定しました。そこでは急速な人口減少と人手不足が常態化している現状を踏まえ、抜本的な賃金引き上げや休暇確保といった待遇改善が人材確保の大前提となること、また今いる従業員が働き続けたいと思える環境を作ることが定着の鍵であること、そして少ない人数でも付加価値を生み出せるよう業務プロセスを改革することの重要性などについて指摘しています。これから迎える本格的な人口減少時代において、中小企業の経営環境をどう見ていますか。
前田:私たちも政策の現場で、危機感を共有しています。今の労働市場で起きている課題として、求職者が求めているものと、企業側が提供しているもののギャップを感じています。 確かに、賃金の引き上げや残業の削減、休日数の確保といった労働条件は必須条件になっています。しかし、そこだけを競っても、資本力のある大企業には勝てません。では、中小企業がどこで勝負すべきか。それは経営者の価値観や、その仕事が社会にどう貢献しているかというビジョンの提示にほかなりません。
今の若い世代、あるいはキャリアを積んだ人材も同様ですが、単に給料がいいからという理由だけで会社を選び、定着することはありません。この会社は何を目指しているのか、ここで働くことが自分にどういう意味を持つのかという問いに、経営者が自分の言葉で答えられているか。経営者が自分たちの存在意義を分解し、伝えることができるかが、採用と定着の出発点になります。
人口減少社会においては、人が最大の資本になると思います。経営者が従業員を単なるコストや労働力としてではなく、共にビジョンを実現するパートナーとして捉え直す。この意識改革ができている企業が結果として人材を惹きつけていると感じています。
坂本:経営者の声を聞いていくと、企業の規模によって直面する壁が異なるとも感じられます。政策の観点からは、規模ごとの支援をどう切り分けていますか。

前田:一言で中小企業といっても、売上規模や組織の状態によって、打つべき手は大きく異なります。私たちは大きく3つの層に分けて考えています。
まず、売り上げ1億円前後の小規模事業者です。
ここは家族経営の延長であることも多く、人手不足といっても今すぐ外部から大量採用するフェーズにないことも多い。ここでまず取り組むべきは、ITやAIを最大限に活用し不要な業務を徹底的に削ることです。
人を増やす前に、今の人数で付加価値を最大化する生産性の土台を作る必要があります。
次に、我々が「100億宣言」(中小企業の飛躍的成長を支援するため、「売上高100億円」という野心的な目標を宣言した企業に対し、補助金や税制優遇などを通じてその挑戦を後押しする取り組み)などで強力に支援している、すでに売り上げが数十億円規模に達している地域の中核となる企業です。彼らはすでに勝ちパターンを持っており、さらなる飛躍のために大型の投資や金融機関からのファイナンス、中長期的な事業計画に加えて高度なガバナンス構築を必要としています。
そして、最も課題が深刻なのが、その中間に位置する数億円規模の企業群です。社長の個人の能力や気合でここまでは成長してきた。しかし、さらなる高みを目指そうとしたときに、組織化が追いつかず、従業員がついてこれていないケースが多い。この層に対してこそ、人を活かすマネジメントへの投資を促す必要があります。私たちがさまざまな企業の方と接してきてわかったのは、社長の頭の中にあるビジョンを組織の共通言語に書き換える作業が必要であり、それができていることが次のフェーズに進むことができる企業の共通点だということです。
もちろんこれに加えて、会計管理計算ができるとか資金繰り表をしっかり分析できるとか労働法制について理解があるとか、そういった経営リテラシーも一段階引き上げなければなりません。原価計算を精緻に行い、根拠を持って価格転嫁を行い、稼いだ利益を人材へ再投資する。このサイクルを回せるようになることが、次のステージへ進むための絶対条件です。
中小企業の人材マネジメント5つのステップ
坂本:私たちのマニュアルでは、人材マネジメントの施策に取り組むべき緩やかな順序を示しています。採用にすぐ飛びつくのではなく、まずは事業戦略を見直し、今いる従業員が定着する組織を作り上げ、並行して業務プロセスを刷新していく。こうした中核的な施策が軌道に乗って初めて、採用活動が実を結ぶという順番です。組織化において、具体的にどのような手順で人材マネジメントを構築すべきだとお考えでしょうか。
前田:私たちが多くの成功事例を分析して導き出した、5つのステップがあります。
第一のステップは、先ほども申し上げた価値観とビジョンの提示です。具体的には、会社の未来予想図を明確に描くこと。私たちは具体的な取り組みの中身以上にまずこのプロセスがとても重要だと考えています。
第二のステップは人にしかできない業務の整理です。ルーチンワークを機械に任せ、人間が人間にしかできない創造的・付加価値的な仕事に集中できる環境を整えることです。第三のステップはスキルの明確化です。ビジョン達成のために、従業員に何を求めているのか、現状とのギャップはどこにあるのかをスキルマップなどで可視化します。第四のステップは言葉による伝達です。これが最も泥臭く、かつ重要な部分です。方針を文書にまとめて配るだけでなく、一人ひとりの従業員の状況に合わせて、社長やリーダーがなぜあなたにこの仕事をお願いするのかを納得いくまで語りかける必要があります。
そして第五のステップが仕組みの構築と好循環です。共有された目標に対して、適切な評価、報酬、そして休暇などの福利厚生を紐付け、従業員からのフィードバックを受けて改善し続ける。このループが回り始めると、組織は勝手に強くなっていきます。

坂本:人材を定着させるためには、待遇などのハード面だけでなく、日常的なコミュニケーションによる良好な人間関係の構築というソフト面も重要です。定期的な1on1面談などで経営者自らが一人ひとりの声に耳を傾け、対話の機会を意識的に設けることが不可欠だとマニュアルでも強調しています。ただ従業員との共有という部分では、経営者の想いが現場に届かないという悩みもよく聞きますし、そこは難しい課題です。
前田:共有を成功させるコツは、経営の悩みを従業員と同じ土俵で語ることだと考えています。たとえば、埼玉県にある自動車部品メーカーさんが従業員と会計情報を共有することで事業を好転させたという事例があります。その会社では、社長が「資金繰りが厳しい」「在庫を減らせないか」と言っても現場には響きませんでした。そこで、専門用語を一切使わず、豚の貯金箱と風船を使ってお金の流れを可視化する独自の考えを取り入れたのです。すると現場の社員が、在庫がたまると会社が苦しくなるということを直感的に理解しました。そこから、じゃあどうすればいいかという自発的な改善案が現場から次々と出るようになった。経営者が一人で抱えていた悩みを見える化して共有したことで、従業員が経営の当事者に変わったのだと思います。
【プロフィール】前田 了氏
2001年経済産業省入省。京都議定書第一約束期間における日本の運輸セクターの取り組み、消費税率の8%への引上げに伴う消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保等を推進。その後茨城県庁に出向し、中小企業政策、イノベーション政策等を担当。2025年から中小企業庁経営支援課長。高い成長意欲を有する中小企業の取り組みを後押しする「100億宣言」のほか、人材が最大の経営資本となるなか、中小企業の経営者の人材マネジメント力の向上に向けた取り組みを推進。
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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