人口減少時代を生き抜く中小企業の稼ぐ力と人材マネジメント【後編】
働き方や価値観の多様化が進むなか、従業員一人ひとりの成長意欲を企業の推進力にどう結びつけるかが問われている。行政の伴走支援のあり方や、事業継続の壁に直面した際の戦略をどう描くべきか。後編では、中小企業庁の前田氏と個々の動機づけを引き出すマネジメントと、事業承継・廃業の支援について考える。

中小企業庁 経営支援部 経営支援課長 前田了氏
リクルートワークス研究所 主任研究員 坂本貴志
人口減少時代には、人材マネジメントが経営の本質に

坂本:昨今、一部の経営者からは若手が育たない、働き方改革への対応など人材マネジメントの面で難しさが増しているといった声も聞こえます。
現代においては、特定の層の採用に固執したり一律の働き方を求めたりするのではなく、今いる多様な人材に目を向け、それぞれのライフステージに合わせた柔軟な働き方を提供することが重要です。タスクを細分化し、短時間勤務でも貢献できる業務設計を行うと共に、その貢献度を正当に評価する仕組みを作る。こうした取り組みがあらゆる属性の従業員がモチベーション高く働き続ける組織全体の推進力につながっていくはずだと考えますが、前田さんはどのようにお考えですか。
前田:中小企業の経営現場にとって人材マネジメントは重要な課題です。まず大前提として、介護や育児などの事情がある方、あるいはワークライフバランスを重視したい方が、安心して働き続けられる環境を作ることは、人手不足解消のために絶対に必要です。
しかし、一律に労働時間を縮減すればよいかというとそういうわけではありません。本質は個々の従業員の動機と状況に応じた、最適な働き方の提供であるべきです。今の若い世代は、タイムパフォーマンスを重視します。無駄な会議や非効率な作業には厳しい目を向けますが、一方で自分の成長につながる、誰かの役に立っていると実感できることに対しては、驚くほどの熱量を発揮します。
経営者に求められるのは、一律に残業ゼロを実現することではありません。ある従業員には徹底した柔軟性を提供しつつ、今はとにかくスキルを磨きたいという従業員には、その意欲を最大化できる挑戦の場を提供する。そうした個別の動機づけができる経営スタイルへと、アップデートしていく必要があります。
成長実感や貢献実感は、これからの時代、人材を惹きつけ続けるためのインセンティブになります。そのためには、一人の従業員が多種多様な業務をこなすマルチタスク化を進めつつも、一つひとつの業務に対してこれがあなたの将来にどうつながるのかというフィードバックを欠かさないことが肝要です。こういった個々の状況に合わせた働き方ができていますかということはこの「業務改革マニュアル」も参考にしていただきながら、経営者の方に考えていただきたいと思っています。
よろず支援拠点や働き方改革推進支援センターによる企業経営の伴走を
坂本:こうした経営の変革を、経営者が一人で成し遂げるのは容易ではありません。実際、私が取材した企業の中には、自社単独で課題を解決しようとした結果、既存の慣習や社内のしがらみに縛られてしまい、公平な評価制度の構築や客観的な業務見直しに苦労している企業がありました。一方、人事コンサルタントや社労士といった外部の専門家を積極的に活用し、第三者の視点を取り入れながら伴走してもらい成功につながる事例もよく見られました。行政や各種団体における支援も近年は充実してきています。

一方で、厚生労働省で実施をしている働き方改革推進支援センターにも、労務のプロである社会保険労務士などがいます。これまでは、売り上げの相談は商工会、雇用の相談は労働局、とバラバラでした。しかし、経営課題は全てつながっています。たとえば賃金を上げたいという相談に対し、単に助成金を勧めるのではなく、まず価格転嫁をして利益を出し、その原資で賃金を上げるために、社労士が就業規則を整えるといった具合に、経営と労務をセットで支援できる体制を構築しています。私たちも省力化など投資の支援などはずっとやってきているのですが、より踏み込んで人材マネジメントに関して注力していこうということで、近年取り組みを強化しています。
事業承継、M&Aなど戦略性を持って事業の出口を描く
坂本:最後に、どうしても避けて通れないのが、事業承継や廃業の問題です。私たちのとりまとめたうちの一つ「廃業・事業譲渡レポート」では実際に廃業した経験のある経営者の方に話を伺い、廃業や事業譲渡を決してネガティブなものではなく、これからの時代に必要な高度な経営戦略の一つとして位置付けること、そして地域や業界全体の視点も含めて他企業に事業を引き継ぐといった中長期的な視点を持つことなどの点を指摘しています。現在の中小企業を取り巻く経営環境を踏まえたときに、事業承継や廃業に関してどう考えるべきか。前田さんのお考えをお聞かせください。
前田:これはデリケートですが、重要なテーマです。日本の中小経営者の多くは、非常に真面目です。先代から受け継いだ看板を守らなければならない、従業員の雇用を守らなければならないという強い使命感を持っておられる。しかし、その使命感が強すぎるあまり、債務が膨らみ、個人の資産を切り崩し、万策尽きるまで事業を継続してしまうケースが見受けられます。これは、経営者本人にとっても、従業員にとっても、そして地域経済にとっても、好ましいことではないと思います。
前向きな廃業・事業譲渡を考えるにあたっては、経営者が心身共に健康で、会社に価値が残っているうちに、次の一手を決断することが重要です。もし、今の事業を自分一人で継続することが難しいと感じるなら、若くてバイタリティのある経営者にM&Aでバトンを渡す。あるいは、会社を畳んで従業員の再就職を支援しながら、経営者自身も新たな人生のステップへ進むことが必要です。金融機関も早期の事業再生や円滑な退出を支援することが必要でしょう。一度事業を畳んだとしても、その経験を活かして再チャレンジできる社会。そうしたセーフティネットと寛容さがあるからこそ、現役の経営者も思い切った投資や変革に挑戦できるのだと考えています。
人口減少は厳しい現実ですが、それは裏を返せば、一人の人間が持つ価値がかつてないほど高まっているということです。この変化をチャンスと捉え、ビジョンを掲げ、人を活かし、稼ぐ力を磨く。そんな中小企業の挑戦を、私たちは全力で支えたいと思っています。
2001年経済産業省入省。京都議定書第一約束期間における日本の運輸セクターの取り組み、消費税率の8%への引上げに伴う消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保等を推進。その後茨城県庁に出向し、中小企業政策、イノベーション政策等を担当。2025年から中小企業庁経営支援課長。高い成長意欲を有する中小企業の取り組みを後押しする「100億宣言」のほか、人材が最大の経営資本となるなか、中小企業の経営者の人材マネジメント力の向上に向けた取り組みを推進。
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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