人口減少と労働供給制約を乗り越える人材起点の経営と「地域の人事部」【前編】
人口減少と深刻な人手不足が加速する現代、地方の中小企業は人がとれない、人が辞めてしまうといった状況に直面している。こうした問題は単なる一企業の人事・採用の問題にすぎないのだろうか。
これからの時代、企業が、そして地域社会が生き残るための道筋をどう描くべきか。地域労働市場や地域企業の人材戦略に関する専門家であり、近年は「地域の人事部」の構築・浸透にも携わってきた森安亮介氏とこれからの地域と人材について考える。

採用難という表面的な症状と、その裏に潜む経営環境の変化
坂本:リクルートワークス研究所では、全国の中小企業経営者約50名へのインタビューをもとに、人手不足を乗り越えるための具体的な実践知を体系化した「採用定着マニュアル」、「業務改革マニュアル」などを策定しました。本日は、中小企業経営や地方再生の現場で最前線の支援を続けてこられた森安さんに、このマニュアルをご覧いただいた上での率直なご意見や、現在の地方企業が置かれているリアルな現状についてお伺いできればと思います。
森安:まずすばらしいなと感じたのは、単なる採用ノウハウのHow toに終始せず、採用、定着、業務改革、そして事業承継(退出)までをセットにして包括的に描き、具体的な実例と紐付けている点です。何から手をつけていいか迷っている経営者にとって羅針盤になるレポートだと感じます。
これまで多くの地域支援機関や地域企業の方々とお話ししてきましたが、経営者は「人が辞めてしまう」「いい人がとれない」といった症状に対して、採用という手段だけで対応しがちです。これは離職や採用が目に見えやすい問題であるためです。一般に、人材マネジメントは採用・育成・評価・報酬・昇進・異動などの要素がありますが、これらのうち外部の労働市場と直接接しているのは採用と退出のみです。このため問題の症状として目に見えやすい。本当の原因が評価や報酬、日々の業務内容など組織の“内側”にあるものだったとしても、それは目に見える症状としては現れにくい。
そのため、経営者は「退職したから採用で補充したい」「よい人がこないから採用をどうにかしたい」などのような相談からスタートしがちです。しかし、よくよく紐解いていくと、問題の本質は採用手法ではなく、組織の内側にある問題やそもそもの事業戦略、業務プロセスそのものに原因があるケースがほとんどなのです。
坂本:かつての日本企業では、経営課題といえば売り上げの拡大や受注の獲得などが中心で、人材に関する悩みは経営の根幹というよりは人事担当者のレベルで対処されることが多かったように思います。

森安:行政や経営支援の現場でも一昔前までは、経済産業省系が産業振興・経営相談を担い、人材の確保や雇用の問題については厚生労働省系が担う、という棲み分けが機能していました。しかし、人口減少が本格化し、地方にいけばいくほど人が足りなくなっている現在、経営と人材の境界線は消滅しつつあります。
たとえば、ある企業が新商品を作ったけれど、商品名や価格をどう決めて、どう販路を拡大すべきかという悩みを相談しに来たとします。これは一見、マーケティングや販路開拓のテーマに見えますが、さらに深く伴走して話を聞いていくと、根っこにある課題は自社内に市場を分析できるマーケターがいないという人材の不在に行き着くわけです。
つまり、事業の悩みを解決しようとすると必ず人材の壁にぶつかる。ここで、労働市場に人材が豊富にいる時代であれば、採用実務を頑張ることでこの問題は解消できました。しかし今は、そもそも人がいない。そうなると、現有社員でマーケティング戦略をどう描くか、中途採用以外の方法で販路開拓をどう対応するかといったことが論点となります。そうなると、経営と人事、事業戦略と組織人事戦略を一気通貫で見て、行きつ戻りつしながら伴走できる支援体制が求められているのですが、現実にはそうした包括的な支援ができる機関が圧倒的に不足しているのが現状です。
労働供給制約がもたらす4つのフェーズと、経営者に求められる考え方の変化
坂本:経営者が、人材の問題は人事の枠を超えた経営そのものの課題だと認識したとき、企業はどのように変化していくのでしょうか。
森安:人口減少が深刻になるにつれ、企業は4つの対応段階を経ていくのではないかと思っています。
まず第1段階は、「採用実務の強化」の対応です。人が足りないとなったときに、まずは採用を見直し、強化する段階です。自社の魅力発見や採用ブランディング、適切な採用手法選択、業務の切り出し、求人票の改善、面接力向上、内定者フォロー、定着支援など、採用の質や量を高めるフェーズです。この段階を担うのは、主には採用担当者です。
しかし、採用実務を頑張っても人がとれない、あるいはとってもすぐ辞めてしまうという現実に気づくと、第2段階である「人事の包括的対応」に移行します。ここでは人事責任者レベルが担うべき領域に入ります。採用手法だけでなく、育成・評価・報酬・労働条件、そして働き方や社内のコミュニケーション、風土、ひいては仕事の面白さに至るまで組織の内側にある要素を連動させ、組織そのものの魅力を高める取り組みに移行します。働き方改革の一環で行うような企業も、この段階に位置付けられるでしょう。
どれだけ人事的な対応を行っても、そもそも労働市場自体に人がいなくなってくると限界があります。そこで、いよいよ経営者自身が乗り出す第3段階の「経営的対応」を迎えます。この段階に達すると、経営者は事業戦略と人材戦略の連動性を本気で考えざるを得なくなります。今、人的資本経営の必要性が叫ばれているのも、この段階だからだと言えるでしょう。
ところがさまざまな地域に目を凝らすと、その先の段階があるように思えてなりません。人口減少が進み、たとえば商圏の縮小や、空き家だらけの街に直面すると、経営課題を深掘りした結果、「真の問題は自社内ではなく企業の外側、すなわち地域構造そのものにある」ことが発覚します。ここで第4段階である「地域ぐるみでの対応」へと進み、地域の存続そのものに企業がコミットし始めることになります(詳細は後編にて)。
この一連のプロセスにおいて、まず乗り越えるべき壁となるのが、第2段階から第3段階でしょう。なぜなら経営の領域に入るためです。発想の劇的な転換も必要となります。人余りと言われていたような労働供給“無”制約の時代に生きてきた経営者は、「こういう事業戦略を立てたから、こういう人材をとろう」という発想、つまり経営戦略ありきの考え方をしがちです。しかし、これからの本格的な人手不足下においては、今いる人材、あるいは現実的に確保できる数少ない人材を前提にして、人が辞めていくことも織り込んだ上で、事業戦略をどう構築するかという、人材を起点にした逆転の発想ができるかどうかが、企業の生存を分ける分水嶺になります。


坂本:私たちがマニュアルの策定に向けてヒアリングした成功企業でも、今いるメンバーが長く、健康に、魅力を感じながら働けるようにするために、自社の経営や事業内容そのものを変えたと語る経営者が多かったです。人材に合わせて経営の形を変えていくというのは、人口減少が進む中では合理的な順序になるかもしれません。
森安:まさにその通りです。ただ、現時点でこれができている社長は、実体験や自身の試行錯誤の中から生み出したケースがほとんどだと思います。だからこそ、このマニュアルのように人材を起点にして経営戦略を変えるんだというメッセージを、もっと伝えていく必要があると感じます。
【プロフィール】森安 亮介氏
1984年滋賀県生まれ。人材会社や人材業界団体を経て、2015年みずほ情報総研(現みずほ総合研究所)に入社。2026年まで雇用政策・地域政策・EBPM等の政策立案・推進支援に従事。実務と並行して慶應義塾大学大学院にて労働経済学を修め、2022年博士号を取得。慶應義塾大学産業研究所共同研究員、東北大学大学院経済学研究科客員研究員、神山まるごと高専研究デザイナー等も務める。中小企業の人材マネジメントや「地域の人事部」に関する政府委員多数。2026年秋からはOECDで調査研究等に従事予定。
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
メールマガジン登録
各種お問い合わせ