スウェーデンの現場職政策②:労働者任せでない職業移行を目指す新たな取り組み
現場職の人手不足は、日本だけの問題ではない。社会や暮らしを支える現場職の担い手をどう確保するかは、多くの国に共通する課題になっている。前回のコラムでは、スウェーデンの取り組みのなかでも、職業教育のシステムと変革を取り上げた。今回は、労働者が働きながら、あるいは失業を経ずに、労働市場において需要が大きい職業に円滑に移行するために導入された制度について取り上げる。
成人の職業移行を支える移行学習支援(OSS)
労働市場でニーズの大きい職業へ人々の移動を促すには、職業教育の内容を労働市場の変化に合わせて見直すだけでは十分ではない。どの教育を選べばよいのかを判断できること、学び直しの期間中に生活不安を抱えずに済むこと、そして、学んだ先に実際の仕事への接続があることが保障されていなければ、多くの人が実際に動くことは困難だからだ。
その観点に立つと、スウェーデンで2022年に導入された「移行支援パッケージ」は、いま仕事に就いている人に対し、まさにこの部分を支える仕組みといえる。このパッケージは労使が行った「新基本合意」に基づき導入された仕組みであり、労働者が雇用を維持したまま、あるいは失業リスクをできるだけ抑えながら、新たな技能を身につけることを後押しすることを目指している(※1)。同国の過去の経済・社会モデルが低生産性部門から高生産性部門への労働移動を重視し、その過程で企業の淘汰や労働者の失業も前提としていたのに対し、この制度は、国と労使が連携し、就業実績のある人が、仕事に就いている時点から自発的にスキルを刷新し、円滑に移行することを支える点に特徴がある。
この制度の中核にあるのが、政府機関であるスウェーデン中央学生支援委員会(Centrala Studiestödsnämnden: 以下、CSN)が運営する「移行学習支援金」(Omställningsstudiestöd:OSS)である。この支援金は、一定の就業経験を持つ27歳から62歳(2026年からは63歳)までの労働者が、労働市場での将来の可能性を高めるために学び直す場合に支給される。支給額は従前賃金の最大80%相当で、最長44週間受け取ることができる。2026年の上限額は税引き前で週5773スウェーデン・クローナである。一般的な学生(若者、成人学生含む)向けの学生支援制度と移行学習支援金の違いは、前者が学生期間中の生活を支えるために、一定の所得制限のもとで標準化された金額を支給する制度であるのに対し、後者は就労経験が長い人の学び直しやリスキリングを支援するために、従来の賃金の80%(上限あり)を支給する制度である点などである。
図表1 移行学習支援金の概要
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(出所)スウェーデン学生支援局(CSN)ウェブサイト(Centrala studiestödsnämnden - CSN)における移行学習支援金説明より作成
移行学習支援金の受給には、過去14年間のうち合計96か月、すなわち8年間働いていること、さらに直近24か月のうち12か月働いていることが条件となる。加えて、受講する教育は、労働市場で需要があり、受給者の雇用可能性を確実に高めるものとして認められる必要がある(※2)。つまり、個人が好きな教育を自由に選べるというよりも、その教育が今後の職業生活に実際に結びつくかどうかが重視されている。
この判断を支えるのが、業界ごとに労使が運営する「労働移行支援組織(※3)」である。労働移行支援組織は、申請者と個別に面談し、希望する教育プログラムが労働市場の状況に合っているか、本人の将来のキャリア形成にとって有益かを確認する。そのうえで、移行学習支援金を管理するCSNに対し、教育の妥当性を示す証明書を提出する。
ここで重要なのは、支援が単なる給付金にとどまっていないことである。どの職業に移るのか、そのためにどの教育が必要なのか、本人の経験やスキルをどう生かせるのかを、労使が関与する支援組織が一緒に考える仕組みになっている。すなわち、能力開発の機会と生活保障に加えて、労使が連携して労働者のキャリアとスキルをマッチングさせる仕組みを構築していることが、この制度の特徴といえる。
現場職のための移行支援組織TSL
現場職を対象とする代表的な労働移行支援組織がTSLである。同組織のウェブサイトを図表2に示したが、制度の説明だけでなく、実際に組織の支援を受けて新しいスキルを習得し、労働移動をした人の経験が前面に打ち出されている。TSLは、主にブルーカラー労働者を組織する労働組合ナショナルセンターであるLO(※4)と、スウェーデン企業連盟(SN)が共同で設立した組織であり、約200万人の現場職労働者をカバーしている(※5)。
図表2 TSLによる移行学習支援金の説明
(出所)TSLウェブサイト(https://www.tsl.se/privatperson/omstaellningsstudiestoed-fraan-csn/)より引用
TSLが提供する支援は幅広い。キャリアカウンセリング、これまでの職業経験や保有スキルの可視化、教育訓練の選択に関するガイダンスなどである。スキル診断では、現在の経験と市場ニーズを照らし合わせ、不足しているスキルを特定する。また、コーチとともに、再就職、起業、あるいは進学といった目標を設定し、個別のアクションプランを策定する。さらに、労働者が移行学習支援を申請する際に、その教育が雇用可能性の強化に資することを示す「意見書」をCSNに対して発行する。加えて、訓練期間中または終了後には、新たな雇用主とのマッチングを支援する。
現場職においては、現場で積み重ねてきた経験や技能が重要な意味を持つことが多い。しかし、そうした経験は、履歴書や資格としては見えにくい。TSLの支援は、本人が持っている経験を言語化し、労働市場で評価される形に変換する役割を果たしているともいえる。また、TSLは教育訓練の選択だけでなく、その後の仕事への接続も支援する。訓練期間中または終了後には、新たな雇用主とのマッチングも行う。職業移行を、本人の努力や偶然の求人情報に任せるのではなく、労使が共同で支える仕組みとして整えている点が注目される。
2024年の統計では、現場職労働者の約89%が労働協約によってこうした移行支援の対象となっており、ホワイトカラー労働者の75%を上回っている。つまり現場職のほうが、制度上はむしろ手厚くカバーされていることになる。
移行支援プログラムの実績と現場職育成に関わる課題
CSNのニュースリリース(2026年4月4日)(※6)によれば、制度導入後、移行学習支援金を受給し学ぶ人は急速に増えており、2023年の5200人、2024年の1万2400人から、2025年には2万0900人となった。受給者の7割は40歳以上であり、約半数は給付だけでなくローンも利用している。2025年には合計23億スウェーデン・クローナ、日本円で約314億円(※7)が支給された。2026年の予算はさらに大きく、前年を大幅に上回る73億スウェーデン・クローナ、日本円で約996億円に達し、約4万4000人分の予算に相当すると推定されている(※8)。
一方で、制度の拡大に運用が追いついていないという課題もある(※9)。申請数の多さに対しCSNの事務処理能力が追いついていないため、学期が始まっても支給決定の通知が届かない状況が常態化しているという。労使は政府に対し、制度の簡素化、CSNの人員増強、さらには民間団体による業務代行の検討などを求めている。
もうひとつの重要な課題は、この制度が本来重視していたはずの現場部門の労働者に十分届いていないことである(※10)。実際、この制度の初期分析を行ったFredriksson & Seim(2024)(※11)は、移行学習支援金の受給者は、すでに高い教育を受け、失業リスクが比較的低い人々に偏る傾向があると指摘している。これは、現場職労働者や低学歴層の職業移行を支えるという制度の狙いとは、必ずしも一致していないといえるだろう。
このような問題が生じる背景には、いくつかの事情がある。そのひとつが、制度自体の認知が十分に広がっていないことである。また、現場職の労働者が利用することの多い自治体の成人教育(Komvux)での職業教育は、コースの開始時期が比較的柔軟であるのに対し、移行学習支援金の申請期間は4月と10月に固定されている。そのため受講を希望する職業教育の開始時期と申請スケジュールが合わないという問題もある。このほか、貯蓄が少ない傾向にある現場職労働者にとって、CSNの審査遅延が負担となり、利用の断念や通常の学生支援への切り替えが行われるケースも指摘される。つまり、情報へのアクセス、申請時期、審査スピード、生活費の余裕といった条件が、現場職の利用の壁になっている。この点については2025年以降、審査プロセスの効率化が進むことで、現場職の労働者の受給者数が増加することが期待されている。
能力開発を通じた職業移行を、労働者任せにしない仕組み
以上見てきたように、スウェーデンでは、単に職業教育を充実するだけでなく、労使と連携し、労働市場の需要に即した能力開発機会と労働者を結びつけ、学習期間中の生活を支える制度を整えることで、人々が生活上のリスクを抱えずに、より効率的に新たな仕事に移行できる制度を導入している。
もちろん前述したように、この制度が主要なターゲットとしての現場職に届きにくい課題を抱えていることは確かである。しかし、人々の新たなスキル習得から労働移動までを確実に促していくうえでは、移行に伴う経済やキャリアの面でのリスクを個人だけに負わせず、公的な支援によって軽減していくことが重要である。日本の政策においても、労働者が現場職を希望した時の移行リスクを多面的に軽減できる仕組みを検討していくことが求められる。
(※1)移行支援パッケージに関する内容は、以下断りがない限り、TSLウェブサイト内の情報(https://www.tsl.se/other-languages/)に基づいている。
(※2)制度の説明はPTK(2025)「CSNにおける移行学習支援の審査手続きの簡素化」(PTK.(2025). “Enklare handläggning av omställningsstudiestödet hos CSN”)によっている。(https://www.ptk.se/enklare-handlaggning-av-omstallningsstudiestodet-hos-csn/)
(※3)制度の正式名称はOmställningsorganisationer。
(※4)スウェーデンには主に、ブルーカラー労働者中心のLOのほか、ホワイトカラー労働者中心のTCO、専門職・大卒者中心のSacoという3つの労働組合ナショナルセンターがある。LOは主にブルーカラー労働者を組織する13の産別労働組合を束ねている。
(※5)TSLについての説明はTSLウェブサイト(https://www.tsl.se/other-languages/)に基づいている。
(※6)CSNプレスリリース(2026)「2025年の学習支援―移行学習支援を利用する学生数が大幅に増加」(CSN.(2026). “Studiestödet 2025 – Stor ökning av antalet studerande med omställningsstudiestöd”)(https://via.tt.se/pressmeddelande/4235866/studiestodet-2025-stor-okning-av-antalet-studerande-med-omstallningsstudiestod?publisherId=3236040)
(※7)日本円換算は、日本銀行「外国為替市況」に掲載された2016年1〜3月のスウェーデン・クローナ対円相場を基に、1SEK=約13.65円として算出した。
(※8)CSNプレスリリース(2026)「開設初日の夜に移行学習支援の申請が7500件」(CSN.(2026). “7 500 ansökningar för omställningsstudiestöd under öppningskvällen”)(https://via.tt.se/pressmeddelande/4317998/7-500-ansokningar-for-omstallningsstudiestod-under-oppningskvallen?publisherId=3236040)
(※9)Jacob Hjortsberg.(2025). Omställningsstudiestödet -Bakgrund, implementering och framtidsutsikter(https://cms.ratio.se/app/uploads/2025/09/rapport-39-omstallningsstudiestodet-web.pdf)
(※10)前掲Jacob Hjortsberg.(2025)参照。
(※11)Fredriksson, P., & Seim, D. (2024). Vilka får omställningsstudiestödet? En empirisk analys av de två första ansökningsperioderna (SNS Analys No. 104). Studieförbundet Näringsliv och Samhälle (SNS).(https://www.sns.se/publikationer/sns-analys-104-vilka-far-omstallningsstudiestodet-en-empirisk-analys-av-de-tva-forsta-ansokningsperioderna)
大嶋 寧子
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる政策調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。
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