ドイツにおける現場職政策②:看護・介護分野の人材不足への対応を目指す包括的取り組み

2026年09月30日

ドイツでは、介護、建設、手工業、運輸などにおいて、職業訓練や高等教育、実務経験を通じて専門的な知識・技能を身につけた人材(Fachkräfte、以下「専門技能人材」)の不足が深刻な問題となっており、その確保に向けた政策が推進されている。

前回は、同国における専門技能人材を中心とした労働力需給見通しの仕組みと、不足する人材の確保を担う職業能力形成システムの見直しについて紹介した。今回は、人材不足の背景にある職種固有の問題に対し、ステークホルダーが連携して対応する事例として、看護・介護領域での取り組みを紹介する。

介護領域における包括的な取り組み

ドイツでは急速な高齢化に伴う介護需要の増加によって、看護・介護を担う人材の不足に直面している(※1)。こうした人材の不足は、看護・介護分野における働き方や労働条件、能力開発の仕組みなど、複数の課題が重なって生じている。そこで連邦政府は、州政府、介護分野の関係機関、労使などと協働し、看護・介護分野で働く人材の確保と定着に向けた介護・看護に関する「協調アクション・ケア」(Konzertierte Aktion Pflege:KAP)」に関わる議論を2018年7月に開始し、5つの作業部会における合意事項を2019年6月4日に公表した。

KAPの特徴は、看護・介護職の不足を多面的に捉え、対応策を示している点である。人材を育てる仕組み、働き方や健康、業務のあり方、デジタル化、海外人材の確保、賃金水準の改善といった複数の領域における課題に包括的に取り組む必要があることから、政府・州、労使だけでなく、保険者、介護事業者、職能団体、患者・当事者団体などが参加している。

このパッケージには、「看護・介護職の養成」「人事管理・労働安全・健康増進」「革新的ケアアプローチ・デジタル化」「海外人材」「報酬条件の改善」の5つの軸の下で、専門職の養成環境の充実、科学的な人員配置手法の開発と導入、電子化・デジタル化、看護・介護職が専門性を発揮しやすい業務分担や体制整備、政府ポータルの活用や行政手続きの効率化、出身国での養成体制の整備を通じた海外人材の確保、賃金改善とそれに伴う利用者負担の過重化を抑えるための財政面での対応などが盛り込まれている(※2)。

図表 「協調アクション・ケア(Konzertierte Aktion Pflege:KAP)」の5分野と主な取り組み領域
図表7 「協調アクション・ケア(Konzertierte Aktion Pflege:KAP)」の5分野と主な取り組み領域(出所)「協調アクション・ケアー 第1~第5作業部会の合意事項」(Konzertierte Aktion Pflege Vereinbarungen der Arbeitsgruppen 1 bis 5)
(注)https://www.bundesgesundheitsministerium.de/fileadmin/Dateien/3_Downloads/K/Konzertierte_Aktion_Pflege/191129_KAP_Gesamttext__Stand_11.2019_3._Auflage.pdfより作成

KAPを踏まえた取り組みの例①(看護・介護分野の賃金改善)

KAPに盛り込まれた施策は多岐にわたるが、その柱の一つが看護・介護職の報酬条件の改善である。なかでも介護分野では、ここで働く労働者の賃金底上げに向けた制度改正が進められてきた。その具体策が、2022年9月より、医療提供体制発展法(GVWG:Gesetz zur Weiterentwicklung der Gesundheitsversorgung)によって導入された「協約水準賃金規則(Tariftreueregelung)」である。

この制度の導入前、ドイツでは特に民間事業者で労働協約の適用率が低く、多くの事業者が、最低限の生活を保障する「介護最低賃金」を事実上の下限としながら、個別合意によって介護職の賃金を定めていた(※3)。労働協約に拘束されない事業者が、労働協約水準の賃金を支払うことは可能であったものの、事業者が協約水準の人件費を介護報酬に反映させるためには、その水準の賃金を支払っていることを証明し、保険者と交渉する必要があるなど、煩雑な手続きを行う必要があった(※4)。

新たな制度の導入以後は、公的介護保険の給付対象となる長期介護サービス(介護施設、介護サービス)提供者として認可され、介護保険から介護報酬の支払いが行われるためには、職員に労働協約・教会労働法規に基づく水準、または地域の一般的な賃金水準以上(※5)の賃金(以下、労働協約等に基づく賃金)を支払うことが求められるようになった(※6)。同時に、労働協約に基づく人件費については、介護報酬の交渉で「不経済」として保険者が否認できず、労働協約等に拘束されない事業者についても、地域の通常の報酬水準の+10%までであれば、原則として不経済とは扱われないことが法律で定められた(※7)。これにより、労働協約等に基づく賃金をもとにした人件費を、介護報酬に反映しやすくする仕組みが整った。

この制度の導入は、着実な効果をもたらしたと評価されている。2026年5月に公表された「協約水準賃金規則の政策評価」(※8)によれば、総賃金指数(2022年=100)は、2022〜2023年にドイツ経済全体で4.97%の上昇であったのに対し、居住型福祉施設(介護施設)は7.17%、居住型を除く社会福祉では5.98%上昇した。2023〜2024年においても、経済全体の上昇率が6.96%だったのに対し、居住型福祉施設では10.13%の上昇となった。

また、比較グループを使って、政策前後の変化から政策の純粋な効果を推定する手法を使ったより厳密な分析でも、制度導入前に労働協約等に基づく賃金を支払っていなかった事業者で、制度導入後の賃金上昇幅がより大きかったことが明らかにされている。これらのことから、新たな制度が看護・介護職の賃金底上げに関して効果を発揮したことがうかがえる。

介護職の賃金上昇に伴う人件費の上昇は、介護報酬を通じて介護保険と利用者負担に反映されている。ただし、利用者の負担が過大になることを防ぐため、2022年1月以降は、介護度2~5の施設入居者を対象に、介護そのものに関わる自己負担分の一定割合を入居期間に応じて給付する仕組みが導入された(※9)。また、介護保険全体の財政基盤強化策として、子どものいない被保険者の保険料負担が0.1%ポイント引き上げられた(※10)。2023年7月以降、子どものいない被保険者の保険料の加算は、0.6%ポイントとなっている。

KAPを踏まえた取り組みの例②(人員配置・資格構成と職種間の役割分担の見直し)

KAPを受けたその他の改革として、介護施設の人員配置の見直しが挙げられる。従来ドイツでは看護・介護職の配置について、州ごとの人材配置基準や施設ごとの決定に依存する部分が大きく、地域や施設によって人員配置には差が存在した。こうした状況を受けて、KAPでは入居者の介護ニーズに応じ、どの資格の人がどの程度必要かを科学的に算定する全国共通の仕組みを整備することが掲げられた(※11)。

その後、ブレーメン大学による研究に基づき、入居者の構成に応じて必要な人材の数と資格構成を算定する全国共通の基準が開発された。これを踏まえ、2023年7月からは、介護保険法制(SGB XI)に、入居者の要介護度と職員の資格区分に応じた全国共通の「人員算定基準」が導入された。

これは一律の義務的な最低配置基準ではなく、介護施設が介護報酬交渉で合意できる人員配置の上限を示すものである(ただし一定の場合にはこれを超える配置も可能)。これにより、介護施設は入居者の構成に応じて、算定された基準の範囲内で必要な職員を配置し、その人件費を介護報酬の交渉に反映できるようになった(※12)。ドイツ連邦保健省によれば、全国の平均的な100人規模の施設について試算すると、この基準の上限まで人員を配置した場合、従来と比べて約6人分の常勤換算職員を増やせる計算となる(※13)。

KAPによる人員配置改善の取り組みは、病院にも及んでいる。看護師の適切な人員配置とそれによる労働環境の改善に向け、2024年第4四半期から、病棟ごとの看護人員需要と実際の配置状況に関するデ-タ収集が開始されている(※14)。これにより患者のケア必要度などに応じて病棟ごとに必要な看護人員を算定し、実際の配置との乖離を把握することが目指されている。

人材不足への対応は、「何人配置するか」という人員数の問題だけではない。限られた人材のなかで、どの資格・能力を持つ人が何を担うかという役割分担の見直しも進められている。2026年には「介護における権限拡大・官僚主義削減法」が施行され、一定の資格・能力を持つ看護専門職が、一部の医療行為を、自らの責任のもとで担うための法的な枠組みの整備が行われた。具体的な行為の一覧は、関係団体が2026年12月までに定めることとされているが、糖尿病、慢性創傷、認知症などは、その代表的な領域として位置づけられている(※15)。

ドイツの現場職政策からの示唆

前回および今回のコラムで見てきたように、ドイツの現場職政策では、全国レベルの現場職政策の基礎として、職種別の労働需給予測が提供されているほか、地域別の見通しが、地域の企業、教育・訓練機関、行政の施策や政策決定における参照可能な資料として提供されている。これらの情報は、連邦政府の政策や地域レベルの施策の決定、企業の人材政策、教育機関のプログラム策定において、既存の延長線上を超えて、将来の状況を見据えた選択を取りやすくしていると考えられる。

なお日本でも、労働政策研究・研修機構による中長期の労働力需給推計に加え、経済産業省が2026年3月に公表した「2040年の就業構造推計(改訂版)」において、職種別、学歴別、地域別の需給ミスマッチが試算されている。今後は、職種別・地域別の労働市場の推計をいかに継続的に更新し、職業訓練、学校教育、地域の人材確保策へ接続していけるかが課題といえる。そのために、大学を含む複数の研究機関が参加する予測基盤を構築することも検討に値する。

また、ドイツでは、現場職の養成に関わる重要な仕組みとしてのデュアルシステムを基盤としながら、訓練企業の減少や企業と若者のミスマッチ、一社だけでは必要な訓練を提供しきれない問題への対応が進められている。とりわけ、「職業オリエンテーション・プログラム(BOP)」の対象を中等教育後期に拡大し、生徒が実践的な職業オリエンテーションの設計に関与したり、大学教育と職業教育を対等だが異なるルートとして比較・探求できるようにしていることは注目される。

日本でも、中学校の職場体験や高校におけるキャリア教育、産業界と地域の専門高校が連携して行うマイスター・ハイスクール事業など、若者が実際の仕事に触れる仕組みはすでに存在する。今後は、本人の適性や強みの理解と結びつけながら、とりわけ本人がそれまで選択肢として認識していなかった職業について主体的に探究できる機会へと発展させることも考えられる。

このほか、ドイツでは看護・介護領域において政府や地方自治体、労使、保険者、職能団体、当事者団体が連携し、横断的な解決策のとりまとめを行い、それに基づく取り組みが進められている。このように、幅広いステークホルダーの連携の下、問題を多面的に解決しようとするアプローチについても参照しうるだろう。

なかでも、ドイツの長期介護分野で、介護保険と契約する施設に対して、介護・ケア職員に少なくとも労働協約水準の賃金を支払うことを求め、賃金水準の底上げを図った点は注目される。日本においても、職種別最低賃金の設定など、現場職の賃金を底上げする具体的な方策について検討する余地がある。

(※1)ドイツ連邦雇用庁(2026)「看護・介護職における労働市場の状況」(Bundesagentur für Arbeit,Berichte: Blickpunkt Arbeitsmarkt – Arbeitsmarktsituation in Pflegeberufen)(https://statistik.arbeitsagentur.de/DE/StatischerーContent/Statistiken/ThemenーimーFokus/Berufe/GenerischeーPublikationen/ArbeitsmarktsituationーinーPflegeberufen.pdf?__blob=publicationFile&v=23&)
(※2)ドイツ連邦保健省「協調アクション・ケアー 第1~第5作業部会の合意事項」(BMG,Konzertierte Aktion Pflege Vereinbarungen der Arbeitsgruppen 1 bis 5) (https://www.bundesgesundheitsministerium.de/fileadmin/Dateien/3_Downloads/K/Konzertierte_Aktion_Pflege/191129_KAP_Gesamttext_Stand_11.2019_3._Auflage.pdf)
(※3)ドイツ連邦保健省「長期介護施設における看護・介護スタッフの報酬規則の評価」(BMG,Evaluation der Wirkungen der Regelungen zur Entlohnung nach Tarif von Pflegeー und Betreuungskräften in der Langzeitpflege)(https://www.bundesgesundheitsministerium.de/service/publikationen/details/evaluationーentlohnungーpflegeーundーbetreuungskraefteーinーderーlangzeitpflege)
(※4)同上
(※5)具体的には、介護保険のサービス提供施設として認可を受けるためには、労働協約を締結している施設はその協約賃金を、教会系の労働法規に従う施設はその賃金水準を支払うことが条件となった。労働協約を締結していない施設の場合は、地域の介護分野の労働協約または教会労働法規の水準と同等の水準の賃金を支払うことが求められる(ドイツ連邦保健省ウェブサイト「医療提供体制発展法」)。
(※6)ドイツ連邦保健省「最低でも標準料金での支払いー長期介護に関するガイドライン発効」(BMG,Bezahlung mindestens in Tarifhöhe – Richtlinien für die Langzeitpflege treten in Kraft)(https://www.bundesgesundheitsministerium.de/presse/pressemitteilungen/rlーtariflohnーlangzeitpflege)
(※7)なお、2026年の政策評価では賃金改善という政策目的が達成されたと評価されており、現在は同規制を一定期間適用停止する制度改正も進められている(https://www.bundesgesundheitsministerium.de/ministerium/meldungen/entlohnungーvonーpflegeーundーbetreuungskraeftenーdeutlichーgestiegenー08ー06ー2026)。
(※8)ドイツ連邦保健省「協約水準賃金規則の政策評価」(ドイツ語名称とリンクは前出と同じ)
(※9)ドイツ連邦保健省「医療提供体制発展法」
(※10)ドイツ連邦保健省(BMG)「医療提供体制発展法」(ドイツ語名称とリンクは前出と同じ)
(※11)ドイツ連邦保健省「協調アクション・ケア 第2次実施報告」(BMG,Konzertierte Aktion Pflege – Zweiter Bericht zum Stand der Umsetzung der Vereinbarungen der Arbeitsgruppen 1 bis 5)
(https://www.bundesgesundheitsministerium.de/fileadmin/user_upload/KAP_Zweiter_Bericht_zum_Stand_der_Umsetzung_der_Vereinbarungen_der_Arbeitsgruppen_1_bis_5.pdf)
(※12)ドイツ連邦保健省「協調アクション・ケア 第2次実施報告」(ドイツ語名称とリンクは前出と同じ)
(※13)ドイツ連邦保健省「ケア支援・救済法」(Pflegeunterstützungsー und ーentlastungsgesetz)
(※14)ドイツ連邦保健省「病院における統一的人員算定への第一歩」(BMG,Erster Schritt für einheitliche Personalbemessung im Krankenhaus)(https://www.bundesgesundheitsministerium.de/ministerium/meldungen/pflegepersonalbemessungsverordnungーinkrafttreten)
(※15)「介護における権限拡大・官僚主義削減法」(Gesetz zur Befugniserweiterung und Entbürokratisierung in der Pflege)

大嶋 寧子

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる政策調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。

関連する記事