海外の現場職政策から、日本は何を学ぶべきか
比較材料としての海外政策
現場職をいかに確保するかは、もはや日本だけの課題ではない。介護、医療、建設、物流、保育、製造、公共サービスなど、社会の基盤を支える仕事の担い手不足は、多くの国で深刻化している。高齢化、人口構造の変化、産業構造の転換、デジタル化の進展、そして働く人々の価値観の変化が重なり、各国は現場職の確保を重要な政策課題として位置づけている。
このようななか、このシリーズでは海外の現場職政策を紹介していく。
このシリーズの目的は、個別の施策を切り取って、「海外ではこうしている」と紹介することではない。労働市場の構造、職業資格制度、教育訓練の仕組み、労使関係、移民政策、社会保障制度、さらには仕事に対する価値観は国によって大きく異なる。ある国で機能している施策が、日本でも同じように機能するとは限らない。そのため、いわゆる「出羽守」的に、他国の制度をそのまま日本に当てはめることにはあまり意味がない。
むしろ大切にしたいのは、諸外国の取り組みを俯瞰した時にどのような地図が描けるのかを検討し、日本の地図を描く際の参考とすることである。さらにそれぞれの国が、現場職の不足という課題に対して、どのような価値を重視し、どのような仕組みによってそれを解決しようとしているのかを読み解くことである。つまり鳥瞰としての現場職政策の全体像を描くこと、同時に虫瞰として各国の文脈を踏まえたうえで、日本にとって参照しうる考え方や制度設計の視点を探ることに、海外事例を学ぶ意義がある。
以上を踏まえ、本コラムシリーズでは、海外の現場職政策を、単なる制度紹介ではなく、日本の現場職確保に向けた示唆を得るための比較の素材として見ていくこととしたい。その際、特に次の4つの視点を重視する。
このようななか、このシリーズでは海外の現場職政策を紹介していく。
このシリーズの目的は、個別の施策を切り取って、「海外ではこうしている」と紹介することではない。労働市場の構造、職業資格制度、教育訓練の仕組み、労使関係、移民政策、社会保障制度、さらには仕事に対する価値観は国によって大きく異なる。ある国で機能している施策が、日本でも同じように機能するとは限らない。そのため、いわゆる「出羽守」的に、他国の制度をそのまま日本に当てはめることにはあまり意味がない。
むしろ大切にしたいのは、諸外国の取り組みを俯瞰した時にどのような地図が描けるのかを検討し、日本の地図を描く際の参考とすることである。さらにそれぞれの国が、現場職の不足という課題に対して、どのような価値を重視し、どのような仕組みによってそれを解決しようとしているのかを読み解くことである。つまり鳥瞰としての現場職政策の全体像を描くこと、同時に虫瞰として各国の文脈を踏まえたうえで、日本にとって参照しうる考え方や制度設計の視点を探ることに、海外事例を学ぶ意義がある。
以上を踏まえ、本コラムシリーズでは、海外の現場職政策を、単なる制度紹介ではなく、日本の現場職確保に向けた示唆を得るための比較の素材として見ていくこととしたい。その際、特に次の4つの視点を重視する。
1. 労働市場の予測や情報共有を通じたアプローチ
現場職の不足は、ある日突然発生するものではない。人口動態、産業需要、技術変化、地域ごとの雇用構造などを見れば、中長期的に不足が見込まれる職種や地域は、ある程度予測することができる。重要なのは、そうした情報をいかに構築するか、またそれに基づいて行政、教育機関、企業、業界団体が戦略的に行動できること、働く個人が学びや職業選択に生かせることである。
そのためには、労働市場の需要を精緻に予測するだけでなく、その情報を社会に分かりやすく共有する仕組みが欠かせない。どの職種で人手不足が生じるのか。どのようなスキルが求められるのか。どの地域で雇用機会が広がるのか。こうした情報が閉じた政策文書のなかにとどまるのではなく、教育訓練の設計、企業の採用・育成、個人のキャリア選択に結びついていくことが重要である。
また個人が主体的に情報を活用できることも重要である。これらの情報やその活用は日本では遅れている分野でもあり、海外で労働市場情報をどのように収集し、予測し、社会に生かしているのかを見ることには意味がある。
そのためには、労働市場の需要を精緻に予測するだけでなく、その情報を社会に分かりやすく共有する仕組みが欠かせない。どの職種で人手不足が生じるのか。どのようなスキルが求められるのか。どの地域で雇用機会が広がるのか。こうした情報が閉じた政策文書のなかにとどまるのではなく、教育訓練の設計、企業の採用・育成、個人のキャリア選択に結びついていくことが重要である。
また個人が主体的に情報を活用できることも重要である。これらの情報やその活用は日本では遅れている分野でもあり、海外で労働市場情報をどのように収集し、予測し、社会に生かしているのかを見ることには意味がある。
2.現場職のデジタル化による効率化と、賃金・処遇改善を通じたアプローチ
現場職が不足する背景には、身体的な負荷のほか、ホワイトカラー職との賃金格差やキャリア展望の見えにくさも影響しうる。人材を確保するためには、単に「人を集める」だけでは不十分であり、仕事そのものの魅力と持続可能性を高める必要がある。採用の入り口だけを改善しても効果は薄く、現場職が、働く人にとって納得して選び、続けられる仕事になることこそが本質といえる。
その鍵のひとつとなりうるのが、デジタル技術の活用である。現場の記録業務、移動、調整、点検、在庫管理、顧客対応、作業工程の管理などには、デジタル化によって効率化できる余地が大きい。ロボット、センサー、AI、業務支援システムなどを活用することで、身体的負荷を軽減し、専門職が本来注力すべき業務に時間を使えるようにすることができる。日本においても、医療、介護をはじめとするさまざまな領域でDXやAIの普及・定着を進める必要が指摘され、そのための財政的な支援の充実も検討されている。
ただし、デジタル化は単なる省人化の手段であってはならない。現場の生産性や付加価値が高まったのであれば、それを賃金や処遇改善に還元し、現場職を「選ばれる仕事」にしていく必要がある。技術導入が働く人にとって負荷の増大ではなく、働きやすさや仕事の価値向上につながることが重要である。海外では、DXによる業務効率化と、仕事の高度化、賃金改善をどのように接続しているのか。ここを詳細に見ていくことで、日本の現場職をデジタル化の文脈で捉える際のヒントを得られる可能性がある。
その鍵のひとつとなりうるのが、デジタル技術の活用である。現場の記録業務、移動、調整、点検、在庫管理、顧客対応、作業工程の管理などには、デジタル化によって効率化できる余地が大きい。ロボット、センサー、AI、業務支援システムなどを活用することで、身体的負荷を軽減し、専門職が本来注力すべき業務に時間を使えるようにすることができる。日本においても、医療、介護をはじめとするさまざまな領域でDXやAIの普及・定着を進める必要が指摘され、そのための財政的な支援の充実も検討されている。
ただし、デジタル化は単なる省人化の手段であってはならない。現場の生産性や付加価値が高まったのであれば、それを賃金や処遇改善に還元し、現場職を「選ばれる仕事」にしていく必要がある。技術導入が働く人にとって負荷の増大ではなく、働きやすさや仕事の価値向上につながることが重要である。海外では、DXによる業務効率化と、仕事の高度化、賃金改善をどのように接続しているのか。ここを詳細に見ていくことで、日本の現場職をデジタル化の文脈で捉える際のヒントを得られる可能性がある。
3.能力供給システムの見直しと、人の移行を支える仕組みの再構築によるアプローチ
現場職のなかには、その領域での高度な専門性、経験知、判断力、対人対応力を必要とするものが多い。介護、医療、建設、保育、設備管理、物流など、社会の基盤を支える仕事では、専門知識を基盤としつつ、現場で生じる事態への即興的な判断を行っていくことが欠かせない。そのため、現場職の担い手を増やすには、労働市場のニーズに即した教育訓練や資格制度の再設計が必要になる。
さらに、人が新たな専門知識を習得し、異なる分野に移行するためには、学習にかかる費用だけでなく、学習期間中に働いていれば得られたはずの収入、すなわち機会費用の問題が発生する。いくら能力供給システムを改善したところで、学んでいる間の生活を支え、安心して新たな職業に移行できる仕組みがなければ、労働移動は現実的な選択肢にならない。
こうした課題に対し、各国では、労働市場のニーズと職業教育とどうつなぎ直しているのか、学習にかかる労働者のリスクをどう軽減しているのか、労働者が適切な職業教育プログラムを選択することをいかに支えるのか。これに向き合うことで初めて、働く個人が自らの経験や関心を生かしながら、新たな現場職へ移っていくための基盤をつくることができるといえるだろう。この点も、本シリーズで丁寧に見ていきたい。
さらに、人が新たな専門知識を習得し、異なる分野に移行するためには、学習にかかる費用だけでなく、学習期間中に働いていれば得られたはずの収入、すなわち機会費用の問題が発生する。いくら能力供給システムを改善したところで、学んでいる間の生活を支え、安心して新たな職業に移行できる仕組みがなければ、労働移動は現実的な選択肢にならない。
こうした課題に対し、各国では、労働市場のニーズと職業教育とどうつなぎ直しているのか、学習にかかる労働者のリスクをどう軽減しているのか、労働者が適切な職業教育プログラムを選択することをいかに支えるのか。これに向き合うことで初めて、働く個人が自らの経験や関心を生かしながら、新たな現場職へ移っていくための基盤をつくることができるといえるだろう。この点も、本シリーズで丁寧に見ていきたい。
4.現場職の業務分解と参入障壁の引き下げ、専門職の負荷軽減によるアプローチ
現場職の不足は、現場に残る人々の負荷を増大させ、現場職の魅力を低下させる悪循環を引き起こしかねない。人が足りないなかで、複雑で多岐にわたるタスクを全て有資格の専門職が担い続ければ、疲弊やバーンアウト、離職を招き、結果として人手不足をさらに悪化させる可能性がある。
この悪循環を断つためには、業務を細かく分解し、どの業務を高度専門職が担うべきか、どの業務を助手人材や非資格者が担えるかを整理することが有益となりうる。あわせて、一定の訓練を受けた人材が補助的業務を担えるようにすることや、高度専門職から他職種への限定的な権限移譲を進めることも重要になる。これにより、専門職が本来の専門性を発揮できる環境をつくると同時に、未経験者や資格を持たない人が現場職に参入しやすくなる。
海外では、医療、介護などの分野で、タスクシフトやタスクシェア、助手職の育成、資格制度の弾力化が進められている。また、移民を含む海外人材を現場職の担い手として受け入れる際にも、海外で得た資格や経験をどのように評価し、自国の労働市場に位置づけるかが重要な課題となっている。
この悪循環を断つためには、業務を細かく分解し、どの業務を高度専門職が担うべきか、どの業務を助手人材や非資格者が担えるかを整理することが有益となりうる。あわせて、一定の訓練を受けた人材が補助的業務を担えるようにすることや、高度専門職から他職種への限定的な権限移譲を進めることも重要になる。これにより、専門職が本来の専門性を発揮できる環境をつくると同時に、未経験者や資格を持たない人が現場職に参入しやすくなる。
海外では、医療、介護などの分野で、タスクシフトやタスクシェア、助手職の育成、資格制度の弾力化が進められている。また、移民を含む海外人材を現場職の担い手として受け入れる際にも、海外で得た資格や経験をどのように評価し、自国の労働市場に位置づけるかが重要な課題となっている。
海外の模索から日本の取り組みの課題を再検討する
現場職の不足は、日本だけが抱える特殊な問題ではない。正解がないなかで、いままさに、各国がそれぞれの制度的・社会的文脈のなかで、急ピッチで対応を模索している領域である。だからこそ、日本の課題を日本国内の事情だけで閉じて考えるのではなく、海外の政策や制度と比較しながら、行政、業界、教育機関、企業が果たすべき役割を再検討することに価値がある。
その際に見落としてはならないのは、制度や政策は最終的に、働く人の行動や選択を通じて初めて機能するという点である。現場職を確保する政策は、人をどこかに配置するための仕組みではなく、人がその仕事を選び、能力を身につけ、役割を発揮し、働き続けられる条件を整えるものでなければならない。
本コラムシリーズでは、現場職の確保に向けて特徴的な取り組みを進める国々を取り上げ、その政策の背景、制度設計、実施上の工夫、そして日本への示唆を探っていく。海外の事例を「答え」として見るのではなく、日本の現場職政策を考えるための「問い」として読み解く。その作業を通じて、これからの日本に必要な現場職政策の方向性を考えていきたい。
その際に見落としてはならないのは、制度や政策は最終的に、働く人の行動や選択を通じて初めて機能するという点である。現場職を確保する政策は、人をどこかに配置するための仕組みではなく、人がその仕事を選び、能力を身につけ、役割を発揮し、働き続けられる条件を整えるものでなければならない。
本コラムシリーズでは、現場職の確保に向けて特徴的な取り組みを進める国々を取り上げ、その政策の背景、制度設計、実施上の工夫、そして日本への示唆を探っていく。海外の事例を「答え」として見るのではなく、日本の現場職政策を考えるための「問い」として読み解く。その作業を通じて、これからの日本に必要な現場職政策の方向性を考えていきたい。
大嶋 寧子
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる政策調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。
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